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2.私の前世は伝説の守護者


「長きにわたる旅路を得て、ついに故郷へと戻られたこの日を何と祝福したら良いか……。お帰りなさいませ」


 目の前の壮麗な外国人は仰々しく頭を垂れた。


「た、ただいま……って、故郷?え、私、ここが故郷だっけ?あれ?」


 何が何だか、まるでついていけない。見るからに外国風な装飾に溢れたこの部屋ですら、全く記憶にない。


 ケシーニャと名乗った女性は顔を上げると、同情するような眼差しを向けた。


「混乱なさるお気持ち、よくわかります。ここは、プリザヴェーラです。あなた様は伝説の守護者様として、女王陛下によりこの国の危機を救うため、異世界より召喚されたのです」


 彼女の言葉が右耳から左耳へと抜けていくのが分かる。聞いたこともないカタカナ語を出されて、何といえば良いのか分からない。


 一呼吸置いた後に、ぐるぐると頭の中を渦巻く言葉をぽつりと呟いてみた。


「……召喚、された。私が」


「はい」


 ケシーニャさんは当然という顔で頷いた。


「プ、プリ何とかに私が…守護者って、え、人違いじゃないですか」


「プリザヴェーラです。聖なる力に守られた清き魔法がはびこるこの世界をプリザヴェーラと呼び、我々は親愛なる女王陛下に仕える民として暮らしています。ここまでは宜しいですか」


 ケシーニャさんは淡々とした口調で言った。宜しくはないが、とりあえず先を促してみる。


「そして、あなた様はアナスタシア女王陛下により、このプリザヴェーラを悪しき者達の手から守るべく、異世界から召喚されました。女王陛下がお間違えになることは、決してっ……そう、決してありませんっ」


 女王陛下が、という下りをやけに強調しながら、ケシーニャさんは私の顔を見つめた。理解しているかどうかを確かめているのだろうか。


「……わ、分かったような分からないような…」


 私は目を泳がせた。ケシーニャさんが浅く息を吐く。


「すべてを今この場で理解しようとなさるのは難しいでしょう。けれども、あなた様は、確かにこのプリザヴェーラを守って下さる伝説のお方であらせられます。……守護者様が目覚める前におられた世界は、もう此方からは遥か彼方にあるのです。今はこのプリザヴェーラが現実なのです。どうか、それをお忘れなきよう」


「な……なんか、ちょっと、私には到底ついていけないお話なんですけれど……っていうか、私、普通の女子高生ですよ。花も恥じらうってそれはちょっと古いかもしれないけれど、恋に青春にとまだまだやり残したことがたくさんあって、あ、名前は柊桜子と言います。ですから、忘れるとか何とかって言われても」


「異世界でのことはお忘れください」


 ケシーニャさんがさらりと言った。


「わ、私にとってはこのプリ何とかが異世界なんですってば……?」


 私のむなしい抗議の声は、その場に響いたノックの音で掻き消えた。

 返事を待たずに開けられた扉から、現れたその人を目にするや否や、ケシーニャさんが即座に姿勢を正した。


「女王陛下っ!」


 次いで発せられた言葉に我が耳を疑う。


「……やはり、まだ、混乱の最中にいるようですね」


 その声は柔らかな春の陽だまりのような温かさを感じさせる音色だった。どこかで聞いたことがあるような、と思いかけてはっとする。割れんばかりの耳鳴りの際に頭の中に聞こえていたあの声にそっくりだった。


「他の守護者の方も動揺していらっしゃるご様子です。しばらくはそっとしておいた方が良いでしょう」


 細かなレースが前面にあしらわれた薄水色のドレスを身にまとい、流れるような金の髪を垂らして、その頭上に宝石の散りばめられた小さな王冠を被り、片手に細長いステッキを持つ姿は、まさしくおとぎ話に出てくる妖精の女王様そのものだった。


「じょ、女王様……?」


 女王陛下と呼ばれたその人は優雅に微笑み、ドレスの裾をつまんでお辞儀をした。


「ごきげんよう。私はプリザヴェーラを統べる女王アナスタシア。遠いところをよくぞいらっしゃいました。守護者様」


 アナスタシア女王は呆然とする私に、高貴そうな佇まいのまま優しく微笑みかけた。


「こ、此方こそ……」


 圧倒的な相手の気品あふれるオーラに気圧されるようにしながら、かろうじて返事をする。横にいるケシーニャさんはまるで心酔するようにアナスタシア女王を見つめていた。


 この場の雰囲気に呑まれそうになりながらも頭を振って何とか阻止すると、今しがた聞いたばかりの女王様の言葉に妙な引っ掛かりを覚えた。


「え、ええと、今、他の守護者って……仰いませんでした?」


「ええ。守護者様はおひとりではありませんから」


 アナスタシア女王はにこやかな笑みを崩さず、答えた。


「じゃ、じゃあ私みたいなのが他に何人もいるってことですか?」


 驚きの事実に身を乗り出して問いかける。


「はい。仰る通りです」


 アナスタシア女王は顎を引いた。こんな不幸な境遇に落とされた人間が私以外にもいるとは驚きだ。


「この世界に…私みたいに来ちゃった人がいるんですね。ゆ、夢じゃないんだ……本当に、私、しょ、召喚されちゃったんですね……」


 改めて、自分の立場というものを認識すると、その途方もないスケールの大きさの話に愕然とした。


 ケシーニャさんと話しているときはまだ何となく夢でも見ているような気がしたが、女王様まで現れて、しかも自分以外にも同じような人間がいると聞かされて、これが夢ではないと思うのにそれほど時間はかからなかった。


ようやく事の重大さに気が付き始めた私に、アナスタシア女王は静かに語り始めた。


「……その昔、我がプリザヴェーラが悪しき力によって脅かされようとしたときのことです。母なる大地は恐ろしい暗闇の前に打つ手をなくし、民を守るべき女王は自らの力が闇に及ばないことを知り、涙を流しました……」


 その場面を思い出すかのようにアナスタシア女王が嘆息した。


「……その涙の滴が地面に落ちたとき、7人の守護者が聖なる光の中に突如現れました。守護者はそれぞれ太陽、月、空、海、風、大地、時、と7つの精霊の加護をその身に受けて、闇に覆われようとしていたこのプリザヴェーラを強大な力により救って下さいました。彼らは悪の王オヴェロンを滅ぼし、プリザヴェーラに平和をもたらした後、異世界へと旅立ったと言われています。……そして、今。古のときと同じように、復活を果たしたオヴェロンが再び我がプリザヴェーラを恐ろしい闇に包もうとしているのです」


 語られた物語の壮大さに瞬きを繰り返す。


「その、守護者が……私……達だと?」


 アナスタシア女王は返事の代わりに微笑んでみせた。


「そして、ここからが問題なのですが、このプリザヴェーラが危機に瀕したとき、プリザヴェーラを守護する女王はその力を蓄える為、眠りにつきます。……女王である私にもその眠りが迫っています」


「陛下……」


 ケシーニャさんが酷く悲しそうな顔をして、アナスタシア女王を見つめた。


「ええっ。眠っちゃうんですか?」


「これは私の意志ではどうしようもないことなのです。私が眠りについた後、このプリザヴェーラを守り、悪を滅ぼす守護者が必要なのです。そして、女王である私だけが異世界から守護者を呼び戻すことができるのです」


「じゃあ、あのときの声は女王様の……!」


「ええ」


 アナスタシア女王は悠然と微笑んだ。


「そして、私が呼びかけたのはあなただけではありません。同じように、7人の守護者へと呼びかけたのですが……この城に現れたのは、あなたともう一人の守護者だけ。どういうわけか、他の守護者の姿が見当たらないのです。プリザヴェーラには正しく召喚がなされたはずなのですが……」


「え、じゃあ、あとの5人はお城じゃないどこかに不時着したってことですか」


「残念ですが、その可能性が高いでしょう」


 アナスタシア女王は神妙そうな顔で頷いた。気の毒に、と思わずにはいられない。


「オヴェロンの手に落ちていなければ、良いのですが……」


 片手を頬に添えて、アナスタシア女王が不穏なことを呟いた。


「そんな……もしも、お、落ちていたら、どうなるんですか?」


「そうなっていたら……守護者であるあなた方の強い絆によって、恐怖を取り除き、目を覚まさせるのです」


 アナスタシア女王の発言に、ケシーニャさんが真横で力強く何度も頷いている。


「な、なるほど……。ええと、つまり、守護者である私は、もともとこの世界出身で、何やら特別な力を持っていて、悪を倒さなければならない、と」


 今まで説明されたことを一つずつ整理しながら、述べていく。声に出してみたところで、非現実すぎる内容にこれが自分に起きたこととは到底思えないのだが、今は受け入れるしかない。


「その通りです。ただ、7つの精霊のどの加護を受けているかまでは、私にもわかりません。伝説によると、その力を使うとき、守護者様の額に守護を受けた精霊の紋章が現れるとのことです」


「へ、へえ……」


 他人事感丸出しの相槌が口から出ていく。大体の事情は今の説明で分かったような分からないような気がするが、呑み込む以外に余地はない。


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