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◆第9話◆

 翌日学校へ行くと、やっぱり職員室へ呼び出されて、恭子が言った通り、放課後には古文の小テストの補習があった。

 何時もは半分も埋まらない答案用紙が今日は六割がた埋まっている。

 もう少しまじめに恭子のノートを見ておけば完璧に答案を埋める事が出来ただろうが、そんな事をしたら逆に、問題、回答を事前に知っていた事を疑われるだろう。

 僕は知っている分の答案を埋めると、窓の外に広がる青い空を眺めて時間を潰した。

 榛菜はどうしているだろう。

 漠然と彼女の事ばかりが、頭を過る。

 あの引きずる足は、いずれは治るのだろうか。そしたら、ディズニーランドにでも誘ってみようか。

 僕は、まだ何も起きていない現実を無視して、そんな事を空想してしまう。

 ガラリと音をたてて、教室のドアが開いた。

「ようし、時間だから帰っていいぞ。答案だけ置いていけ」

 僕が担任に答案用紙を渡すと

「授業サボんなよ」そう言って、彼は教室から出て行った。

 僕は、溜息混じりで鞄に筆記用具をしまい込むと、テストの問題用紙は丸めてゴミ箱へ投げ入れようとした。

「それ、明日使うってよ」

 僕は振りかぶった腕を止めて、声のした方に目を向けた。

「明日の古文で答え合わせだって」

「何だ、恭子か。帰らないのか」

 僕は仕方なく、一度丸めた紙を手で伸ばして、机の中にしまい込んだ。

「う、うん。ちょっと図書室に用事あったから」

「何で教室に戻ってきたの? 忘れ物?」

「えっ、そ、そう。忘れ物、忘れ物」

 彼女は何だか顔を紅潮させながら自分の席に来ると、机の中をごそごそやっている。

 僕は何となくそれを見ていたが、彼女の机の中は何時もきれいだ。僕たちのように教科書全てを置きっ放しにしていないから。

「あ、いけない。鞄に入ってた。なぁあんだ」

 彼女は一人でぶつぶつ言って、僕の方をチラ見していた。

「じゃあな」

 僕は、そのまま帰ろうとして、思い出した。

「これ、助かったよ。サンキュウな」

 昨日借りた彼女のノートを鞄から取り出して、恭子に返す。

「う、うん」

 彼女は眼鏡の奥から、少し上目使いで僕を見つめる。

「じゃあ」

「あ、あのさ」

 恭子は、きびずを返した僕に再び声をかけてきた。

「あのさ、一緒に帰っていい?」

「はあ?」

「だから…あたしも、今帰るところだから」

「あ、ああ。別に」

 特に断る理由も見つからない。

 僕がそう言って歩き出すと、恭子は小走りに僕の背中に着いて歩いた。



「ねえ、昨日は何で午後の授業サボったの」

 大通りを渡って、駅までの道を歩いていた。

「えっ?」

「だって、抜け出すなんて、よっぽど何か用事があったのかなって」

「別に、何となくタルかっただけ」

 僕はそう言ってごまかした。

 駅のホームには同じ制服がまばらに立っている意外は、くたびれたサラリーマンが数人。

 ベンチに腰掛けたお婆さんが二人。

 僕は何となく間が持たずに辺りの景色をなめる様に見渡していた。

 二人は沈黙したまま電車に乗り込んで、池袋には直ぐに到着する。

 池袋の構内は、次元が変わったように混み合って、地下道を行き交う異様な人の波が、二人を取り巻く。

 僕は、恭子が離れないか一応確認の意味で、時々視線を向けた。

 「一緒に」と言ったからには、一緒に歩かなければと、何だか判らない義務感みたいなものが沸き起こる。

「塾、池袋なのか?」

「えっ」

「塾だよ。お前の通ってる」

「ああ。うん、そうだよ」

「何時から?」

「今日は無いよ」

「そうか」

 雑踏の中で、時々聞き取れない言葉をお互いに訊き返しながら、短い会話が飛び交う。

「じゃあ、どっかでお茶でもする?」

「えっ?」

「いや、時間無かったらいいけど。俺、今日バイト休みなんだ」

 彼女は僕との距離をギリギリまで詰め寄って、僕の制服の肘の部分を摘む様に掴むと

「うん。いいよ」

 そう言いながら、俯き加減で僕を見つめた。

 何だか学校で見る恭子とは違う人物みたいにしおらしい。

 思わず僕自身も、何時ものペースを乱されてしまって、優しい言葉なんかを掛けてしまいそうだ。

 僕は、彼女に服の肘を摘まれたまま歩いた。




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