◆第62話◆
月曜日から榛菜は修学旅行に出かけた。五泊六日で九州長崎まで、行きは飛行機を使い帰りはバスで広島経由だそうだ。
「ハルくん、お土産何がいい?」
「えっ、いいよ別に」
僕がそんな応え方をすると、彼女はしつこく何度も訊いてきた。
「ハルくんの時は何処行ったの?」
「北海道。何にも無かったぜ」
僕たちは去年の春に北海道へ修学旅行に行っている。春の北海道は、高校生にとって特に楽しい場所ではない。
「でも、友達と寝泊りするのって楽しいじゃん」
そう言って直ぐ、彼女は「ご、ごめん……」
僕の友人が減った事を気にしているのだろう。
「別にいいさ。思い出は変わらないんだし」
僕はそう言って榛菜の頭にポンッと手のひらを乗せると、少しだけ無理に笑った。
得るものがあれば失うものがある。
「人生って、うまく出来てるよな」
僕が思わず呟いた言葉に榛菜は
「なんで?」
「いや、別に」
僕はそう言ってから
「あっ、博多ラーメン」
「えっ、ラーメン?」
「お土産だよ。今はお土産用があるんだろ」
「えぇぇ、それ生ものじゃん」
学校帰りの池袋。榛菜が修学旅行へ出発して二日が経ち、バイトが休みの今日、久しぶりに一人で街をぶらついてみたりする。
最近は何時も榛菜が横にいたから、自分の右側が少々淋しい。駅ビルの通路では、知らず知らずのウチに右側にスペースを作っている自分がいたりして、それに気がついて一人薄ら笑いを浮かべ肩をすくめる。
習慣とは恐ろしいものだ。
「里見くん」
誰かに呼ばれて振り返った。
「あ、ヒカリさん」
「今帰り?」
「ええ、暇だったもんでぶらぶら」
彼女は僕と榛菜が付き合っている事は知らない。そう言えば、祐介も結局は知らないままだったか……それとも、気付いていて知らぬふりをしていたのか。
「あ、そうか。今日はお店休みだね」
彼女は黒い大きなバックと釣竿を入れるような丸い筒を肩にかけていた。おそらく、筒はデザイン画などを入れるケースだろう。
「ヒカリさんも、今帰り?」
「うん」
彼女はそう言って笑うと「何処かでお茶でもする?」
僕たちは小さなビルの二階にあるカフェに入った。夜はバーとして営業しているそこは、通りに面した壁面が全てガラス張りになっている。
ガラスは薄いスモークで日光を遮り、店内は全て間接照明の為、外に比べるとほの暗い演出になっている。
「ラッセン、好きなの?」
「えっ、どうして?」
「いや、部屋に飾ってあったから」
「ああ、あれね」
彼女はそう言って一瞬視線を窓の外に向けると
「うん。もらい物だけど」
ちょっぴり意味深な言い方に、僕は密かに勘ぐっていた。それもきっと、あの夜聞いた彼女の言葉と果敢なげに零れた涙のせいだと思う。
「彼氏?」
「昔のね」
「そう」
僕はさりげない相づちで切り抜けた。
彼女は、昔の彼氏を今でも忘れられないでいるのだろうか。
「誰かのモノって、欲しくなっちゃうよね」
「えっ?」
「ううん。何でもない」
ヒカリはそう言って微笑むと、アイスカプチーノに口を着けた。