◆第6話◆
聡史の促しで僕たちは駅前のファーストフードの店に入った。
「えっ、二年生?」
僕は思わず声を上げてしまった。
七倉榛菜は高校二年生だった。
確かに、店に来るのとは違い、殆ど顔に何も塗っていない彼女は幼く見え、夜の店で弾き語りをするのには不釣合いだった。
「マスターってお母さんの従兄なの」
「従兄?」
「そうじゃなかったら、あたしなんか雇わないよ」
「ピアノが弾けるなんて、それだけで尊敬しちゃうよ」
ハンバーガーを口の中でモゴモゴさせながら聡史が言った。
「あなた達って、この辺で何してたの?」
西岡亜貴と紹介された榛菜の友達が、ケーキをホークで突きながら訊いてきた。
「何って、買い物」
聡史の答えに、亜貴は笑いながら
「本当は、ナンパでしょ」
榛菜の事が少しだけ判った。
彼女は高峰さんの、つまりベルリネッタのマスターの従兄妹の娘。そして、バリバリの高校二年生。
化粧をしない彼女は、まるで中学生のように無垢でキラキラした目で笑いかける。
二つに束ねたお下げが、余計に幼さをかもし出していたのだろうか。
僕たちに手を振った彼女達二人は、ゆっくりと歩きながら駅の構内へと入って行った。
西岡亜貴という娘は、ごく自然に彼女のペースに合わせて歩いていた。おそらく、付き合いが長いのだろう。
再び何かを話しながら笑い合う二人の後ろ姿は、麗らかな春の風に吹かれながらちょっぴり切ない香りを漂わせて、僕のこころをくすぐった。
「おはようございます」
裏口から入った榛菜は、笑顔でマスターに声をかけると
「おはようございます」
何時もと同じように、僕の方にも声をかける。
「おはようございます」
僕も軽く挨拶をする。
「新しい人?」
大学生の小嶋祐介が、テーブルを拭きながら僕に訊いて来た。五日ぶりに来た彼は榛菜と会うのが初めてなのだ。
「弾き語りの娘だよ」
「足、悪いの?」
「そうらしいけど、俺もよくは判らない」
祐介は僕と話をしながら、榛菜が入って行ったスタッフルームの扉の方を覗き込んでいる。
祐介は、自分を意外とカッコイイと思っているらしく、時折ナルシストぶりを見せる。
少し長めの髪は、今流行り風に毛先が外側に跳ねて踊っている。
僕よりも背は高く、ここの黒いエプロンも確かに様になっている。
弾き語りの合間の榛菜に、やたらと話しかけて何やら楽しそうでもある。
僕は、そんな二人を横目で見ながら、料理を運び、食器を洗う。
祐介が特に仕事をサボっているわけではないのだが、手の空いた隙の時間の使い方が上手いのかもしれない。
「里見、ちょろっと休憩いいぞ」
祐介がいる事もあって、八時半頃に僕は休憩を貰って、厨房から自分でコーヒーを注いだカップを持ってスタッフルームに入った。
「あら、休憩?」
「ああ、今日は祐介さんがいるからね」
そこには、ちょうど休憩中の榛菜がいた。
「あの人、大学生? 何か面白いね」
榛菜はそう言って笑っていた。
化粧を施した榛菜の顔は、もうお下げの高校生ではない。後ろで纏ねた髪を止める緋色のバレッタが、何故か妙に大人っぽい。
ふと僕は、聡史が言った「恭子も化粧をすれば……」という言葉を思い出した。
女性は化粧でこんなに変わるものなのだ。
「里見さんは、どうしてこのバイトに?」
榛菜は紅茶を飲みながら訊いた。
「ハルでいいよ。みんなそう呼ぶから」
僕がそう言うと、フッと彼女は笑った。
「あたしも、ハルって呼ばれてる」
「えっ…… そ、そうか。じゃあ、ややこしいな」
僕は苦笑しながら
「あ、ここで働いてるのは、家が近いのと、建物の外観が気に入ったから。かな」
「何だか、この建物だけ外国みたいだもんね。何時から?」
「去年の夏から。そっちは?」
「あたしはほら、こんな足だから普通のバイトは出来ないし。でも、バイトしたくて。そしたらマスターがちょうど弾き語りを探してるってお母さんが聞いてきて、それで」
彼女はカップの紅茶を飲み干すと
「じゃあ、もうひとがんばりしようかな」
そう言ってスタッフルームを出て行った。
僕はまかないのパスタをほお張りながらコーヒーを啜った。
こんな脚って、どういう事なんだろう。当分、あの脚は治らないのだろうか。
フロアからは再び、流れる水音のような澄んだ音色が聞こえてきた。