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◆第50話◆

「どうしたの? 珍しい」

 亜貴はそう言って、池ふくろうの前にいた僕に駆け寄った。

 僕は亜貴に電話をして待ち合わせをした。

 昨日、聡史の葬儀が行われ、僕は参列した。咽るような暑さに囚われた妙に長い一日だった。

 誰かの為に涙を流すのは優しさの現われだと何かで聞いたことがある。僕は、優しい人間なのだろうか。

 恭子にも榛菜にも会う気が起きなかった。少し距離のある亜貴に会おうと思った。

 それが何故なのか自分でも解らない。

「大丈夫?」

 亜貴は、僕の顔を覗きこんでそう言った。

 聡史が死んだ事は彼女も知っている。

 榛菜に会えば、今の僕に命イッパイ気を使うだろうし、恭子は何を考えているのか判らない。今、一番一緒にいて安らぐのは、亜貴のような気がした。

「とりあえず、どっか入る?」

 亜貴は僕を促して歩き出そうとした。

「どっか行かない?」

「えっ、何処に?」

「浅草……とか」

 別に浅草に行きたいわけではなかった。日常から離れた場所に、浅草が思い浮かんだだけだ。

「うん。いいよ」

 亜貴は明るく笑うと

「じゃあ、行こう」

 そう言って歩き出した。

 浅草の雷門は昔と変わらなかった。

 花やしきに行く途中にある変な洋服屋も時間が止まったように存在していたが、花やしきその物は、小さい頃来た時とはだいぶ変わっていた。

「あ、変なお面あるよ」

 亜貴は終始明るい笑顔で僕と過ごした。

 榛菜以外の娘と一緒に歩くのは久しぶりだった。

 歩くペースを考える必要もなく、段差を気にする事も無い。人混みだって、手を繋いではぐれないようにさえすれば、いくらでも足早に通り抜けられる。

 彼女は時折さりげなく僕の手や腕を掴んで引く。その行為が男の心をくすぐる事を知っているのだろうか。

 いや、これは彼女の性格から来るごく自然なスキンシップだ。

 そう判っていたのに僕は……

 ウォークスルー方式のお化け屋敷の中で、僕は後ろから亜貴を抱きしめた。

「さ、里見くん?」

 亜貴は意外と落ち着いた声で言った。

 ラベンダーのような、ちょっぴりアーモンドのような甘い香りがした。それは、榛菜とはまた違った不思議な香りだった。

「ダメだよ。こんな事しちゃ……」

 彼女は、そっと僕の腕を掴んだ。

「今日あたしが里見くんに会うって、ハルは知ってるよ」

 僕は、思わず彼女の身体から手を離した。

「そうだよな……キミらは親友だもんな」

 僕は親友を失った。

 知らない誰かに殺された……

 聡史の顔は、全体が青あざで腫れ上がっていた。そして、最後はナイフで刺されたのだ。

 亜貴は僕の方を振り返ると

「今はあたしにもどうしていいかわからないから、彼の事お願いね。て、ハルは言ったよ。あたしは、ハルの信頼は裏切らない」

 亜貴は暗い通路の中で、僕を見つめた。

 非常口を表示する小さな明かりが、彼女の瞳に映り込んで微かに揺れていた。

「里見くんは、ハルを裏切るの?」

「俺は、彼女みたいに強くないから……」

「そんな事無いよ。あたし、里見くんみたいな人好きだよ。でもそれは、ハルを大切にする里見くんが好きなの」

 女性特有の少し冷たい手が、僕の手を強く握り締めた。

 僕は何もかもが嫌になっていたのかも知れない。現実から逃避したかっただけなのだと思う。

 亜貴は僕の手を引いて、ほの暗い中で何かの台座を見つけると、そこに座るように言った。

 僕は何だか判らないが、とりあえずそこに座って立ったままの彼女を見上げた。

「おまじないしてあげるから、目を閉じて」

「おまじない?」

「いいから、早く目を閉じて」

 僕は、亜貴に言われるまま目を閉じた。

「一度だけだよ。超サービスだかんね」

 亜貴はそう言って、僕の頭を自分の胸に抱きかかえた。

 ビックリしたと同時に、彼女の温かさに包まれた。

 ラベンダーのような甘いミントと洋服の香りが入り混じった女性の匂い。

 柔らかい胸の奥から心臓の鼓動が聞こえた。それは意外と速く叩かれて、彼女が平気でこんな事をしているのでは無いと判った。

 それでも僕は、あまりの心地よさに彼女にしがみ付いてしまった。

 彼女は僕を抱きしめたのではない。僕の弱ったこころを抱いてくれたのだ。

 女性の方が精神年齢が上だとよく言われるが、本当かもしれない。

「あの……すいません……」

「きゃっ」

 亜貴が声を上げた「な、なに?」

 僕たちがハッと振り向くと、小さなライトに照らされた骸骨姿の男が、何だか妙に遠慮気味に立っていた。

「そこ……私の待機場所なんすけど……」




 お化け屋敷から出ると、陽の光りが眩しかった。

 青い空が眩しかった。

 白い雲が眩しかった。

 僕はちょっとだけ、誰かに甘えたかったのだ。榛菜でもなく、恭子でもない誰かに……

「あっ、あたしアイス食べたいな」

 亜貴が僕の手を引いて言った。

「里見くんのオゴリね」

 彼女の笑顔は、何時も通り明るかった。

 彼女の彼氏はどんな男なんだろう。

 このキラキラした笑顔を独占している男が、僕はちょっとだけ羨ましく思ったけど、直ぐに榛菜の笑顔が浮かんでそれを掻き消した。

 僕には僕の、帰るべき素敵な笑顔が待っている。

「亜貴ちゃん、これ食べたら帰ろうか」

「えぇ? いいけど……」

 亜貴は、唇に着いたソフトクリームをペロッと舌で拭うと

「じゃあさ、ハルに会いに行こうよ」

 そう言って笑った。




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