◆第43話◆
久しぶりの朝の駅。到着した電車からは、物凄い人の波が溢れ出てくる。
としまえんのプールに開園一番に駆けつけた連中たちだ。
何処の学校も今日が登校日というわけではないようで、大学生風の連中が多い中、家族連れも混ざっている。
駅から柵越しに見える蒼く聳えるオブジェ。それを朝の陽光が眩しく照らし出す。
榛菜とは、あそこへは行けないだろう。
夏の海、それどころかプールさえも、彼女と一緒に堪能する事は難しい。
ウォータースライダーのチューブに涼しげに流れる水流の影を見上げて、僕は思った。
終業式の日、恭子は学校へ来なかった。
僕は聡史に恭子の事を訊こうと思ったが、何だか切り出しにくくて訊けなかった。
彼の方から恭子の事を何か話してくれればいいのだが、聡史はあまり話したがらない。
何時も一見冷めたような、一歩引いたところから女性を眺めるような、そんな聡史は、あまりにも本気剥き出しの感情は表に出さない。
何時ものふざけたような発言は、意外と本心を隠す為なのかもしれない。
それは恭子に対しても同じで、以前練馬駅で会った時にやっと本心を打ち明けてくれたものの、それ以外は僕から訊かなければ特に彼女の話をしない。
彼が本気で恭子を追いかければ、それだけ僕には話さないかもしれない。
そして恭子が聡史をどう思っているのか、いまだ検討もつかない。
見守るしかないのか……
僕はそう考えるように努力した。
学校を終えて、何人かとカラオケに行き、とりあえずこれから始まる夏休みを祝って盛り上がる。
しかし、大検を予定している連中は予備校の夏期講習が大変だとぼやいていた。
聡史は専門学校へ行くらしいので心置きなく平然と盛り上がりに溶け込んでいる。
僕は将来の事よりも、今現在の事で頭がイッパイで、先の事を深く考える余裕はない。
とりあえず、専門にでも行けば何とかなるだろう。
カラオケBOXから出ると、僕たちはチリジリになった。
聡史と二人になった時、彼が呟くように言った。
「俺、突き止めたよ」
僕は恭子の所在だと思った。
「何を?」
「恭子に酷い事をした連中さ」
僕は正直驚いた。
恭子が被害者と考えれば当然加害者がいる。
そう、最初にクスリを売った連中、そして彼女を薬漬けにして乱暴したあげく、路上に放置した連中だ。
僕はいままでその事を考えなかった。
恭子自身の変貌に困惑し、引き金になったのが自分だと聞いてさらにショックを受けた。
しかし、考えてみれば彼女を闇に引きずり込んだのはクスリを売った連中なのだ。
聡史は僕を責めるよりも、恭子を直接闇に引きずり込んだ方を詮索していたのか。
「お前、どうやって?」
「小、中学ん時の知り合いが、Sの売買に関わった事があるって聞いて、辿ったんだ」
「小学って、俺も知ってる奴か?」
「悪りいな。それは言えない」
聡史はそう言ってから、真剣な顔で続けた。
「ブクロを仕切ってるのは二つ。そこから枝分かれして末端では六組の売人がいるらしい」
「お前まさか……」
聡史は財布から透明で小さなビニール袋に入ったものを僕に見せた。
中身はオレンジ色の錠剤だった。
「お前、これ」
「心配すんなよ、本物じゃない。て言うか、ちょっと前までその辺の裏路地に在るチンケな店でも売ってたやつさ」
「合法ドラッグか?」
「ま、今は非合法らしいけど」
「何処で?」
「こいつら、エクスタシーもコカインも売ってるらしいんだ」
「そいつらに会ったのか?」
聡史は、何も言わずにフッと笑った。
魂がゆらりと飛んで行きそうな笑いだった。
「お前、そんな事調べてどうするんだ?」
僕は不安に押し出されるように訊いた。
「さあ、今はわからない」
そう言い残した聡史と駅で別れた。
僕は立ち止まったけれど、彼は止まらなかった。
そのまま人波へ消える聡史の姿を、僕は追いかけなかった。