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◆第36話◆

 入院して四日目で、僕は歩き回っていい許可が出た。それでも、右足には簡易ギブスが着けられて膝と足首は固定されていた。

 病院内を気晴らしに散歩すると、様々な人がいる。

 僕は中庭を横切る通路の非常扉から外へ出ると、コンクリートに腰をおろした。

 夏の陽差を浴びたコンクリートは、思いの外熱かった。

 僕は松葉杖を使って歩くことで、榛菜の気持ちを少しだけ感じる事が出来た。

 でもここは病院で、松葉杖を着いて歩く僕を誰もが優先してくれる。

 誰もぶつかったりはしないし、その危険性も皆無に近い。

 僕は聡史が買ってきてくれたメンソールのタバコに火をつけて、ゆっくりと煙を吸い込んだ。

「コラッ!」

 後ろから聞こえた声に、僕は慌ててタバコを身体の陰に隠して振り返った。

 そこに立っていたのは、榛菜だった。

 僕は彼女の姿を見たとき、何だか物凄い嬉しさと安堵の思いが込み上げて来た。

 不安だった。

 彼女は見舞いに来ないかもしれないと思っていた。

 僕の入院は、ベルリネッタへ行けば必然的に知る事だろう。

 しかし、池袋ですれ違った時の僕の行動が、彼女にどう感じさせたか判らないし、そのまま過ぎてしまった時間が、二人の距離をどんどん離していくように感じていた。

「なんだ、ハルか」

 僕は感情を押し殺して、素っ気無い素振りでそう言った。

 彼女は一瞬ガッカリした顔を笑顔に戻して

「ビックリしたくせに」

 そう言って、僕の隣に「よいしょ」と腰掛けた。

 地べたに座るのは立ち上がるのも大変だから苦手なはずなのに、榛菜は臆する事なく座った。

 僕は、一度隠したタバコを再び咥えた。

「今日も暑いね」

 彼女はそう言って、陽差の注ぐ空を仰いで笑った。

「一人?」

「うん。そうだよ」

 彼女は怪訝そうな笑みを浮かべ「何で?」

「いや、ナニで来たの?」

「電車だよ」

 榛菜は当たり前のようにそう言うと、持っていたコンビニ袋からコーラを出した。

「途中のコンビニで買ってきた。差し入れ」

コーラを差し出しながら「気が利くでしょ」

 榛菜の買ってきたコーラはぬるくなっていた。

「なんか、ぬる」

「しょうがないでしょ」

 彼女はそう言って、ほっぺたを膨らました。

 僕には判っていた。

 大泉の駅からこの病院までは少し歩く。少しとは健常者レベルの話だ。

 彼女が駅前のコンビニでこれを買って、この暑さの中ここまで歩くには、冷たいコーラがぬるくなるくらいの時間がかかったと言う事だ。

 僕はそれを承知で悪態をついて彼女に甘えた。

「コーラならここの自販機にもあるぜ」

「だってさぁ」

 彼女は再びふくれっ面を見せたが

「でも、サンキュウな」

 僕の言葉に、榛菜はあっという間に笑顔に戻る。

 僕たちはお互いに松葉杖を付きながら、空いた手を繋いで院内を散歩した。

 まさしく、僕が夢の中で開き直った時に描いた風景そのものだ。

 彼女の左脚は、確かに今まで通り義足が入っている。

 僕は、何時も以上に彼女の左脚を盗み観た。

「何だか面白いね」

「何が?」

「あたしが左で、ハルくんが右だなんてさ」

 榛菜は相変わらず慣れた足取りだったが、今の僕はなれない松葉杖に足取りはギクシャクする。

 今は明らかに榛菜の歩くペースの方が僕よりも早い。

 しかし彼女はうまくスピードをコントロールして、僕の足取りに合わせていた。

 あれだけ痛々しく感じた彼女の歩く姿が、今は微塵も感じない。

 僕の方が支えられているのだから。

「あ、アイス食べたい」

 一階の小さな休憩スペースにアイスの自販機を見つけた榛菜は、途端に目を輝かせた。

「さっきジュース飲んだろ」

「でも食べたい」

 僕は彼女の些細なわがままが、何だか嬉しかった。

 何一つ彼女に勝る事が出来ない今、わがまま一つ聞いてやる事が唯一僕に出来ることだ。

 古いベンチに腰掛けて、二人でアイスを食べた。

 榛菜は子供のような笑みを浮かべていた。

 もしかして、彼女には今の僕の気持ちが判るのかもしれない。

 身体の不自由さを初めて経験した時の悲壮感。僕のそれはきっと、彼女の経験の比ではないだろう。

 回復すれば、この足は再び自由に動くのだから。治療中の不自由さの先には、確かな希望があるのだから。

 僕は彼女の笑顔を見ていると目の奥が熱くなって、喉の奥に何か窮屈なものが詰まったような気がして、アイスを飲み込むのにも苦労した。



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