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◆第35話◆

 夕方になって聡史が見舞いに来た。

 僕の携帯が繋がらない為、家に電話をしたら事故の事を聞いたらしい。

「事故って聞いてビックリしたぜ」

 聡史はそう言いながら、あのオバサンが持ってきた洋菓子セットを物色していた。

 僕は、その遠慮の無い彼の仕草にホッとしていた。


「信雄が東工の連中と喧嘩してさ」

「東工と?」

 東工ひがしこうとは、かなり高派な工業高校で、僕らの中では何かと敬遠している。

「で? どうした」

「ボコボコにやられて、逃げたって」

 聡史は人事ながら、そう言って笑った。

「何だか、東工の奴の女に手を出したらしい」

「そりゃ、やばいよ」

 僕も思わず笑った。

 夕方とは言え、窓の外はまだ陽差でいっぱいだった。

 聡史は、少しだけ真顔を作ると

「そう言えば昨日、新宿でハルちゃんに会ったぞ」

「そうか」

 僕は素っ気無く言った。

「何だか、元気なかったなあ」

「彼女、新宿で何を?」

「ああ、病院の帰りだって言ってたな」

 おそらく、義足のメンテナンスだろう。

 聡史は真面目な顔のまま

「彼女、義足なんだってな」

「誰がそれを?」

「ハルちゃんさ。昨日会った時、そのメンテナンスだって」

 聡史は自分が買って来たミネラルウォーターを口にしながら

「俺も、お前に聞いて知ってると思ってたらしい……俺、ビックリしてさ」

「ああ、彼女に無断で他の人に言っていいものか考えてたんだ」

「そうだよな……」

 聡史はそう言って少しだけ笑ったが、直ぐに表情を曇らせて

「左脚、まったく無いのか?」

「いや、膝下なんだ」

「そうか……」

 彼は息をついて窓の外に視線を向けると

「お前、案外偉いよな」

「なんで?」

「だって、障害持った娘と真剣に付き合えるなんて……やっぱ偉いよ」

 僕は偉くなんか無い。その娘が誰か他の男と一緒なだけでヤキモチを焼いてシカトする程度の男だ。

 黙りこくった僕に、聡史は

「黙っててくれたんだねって、彼女喜んでたぞ」

「そうか」

「それでも、なんか元気なかったんだよな。彼女」

 聡史はそう言って一人で首を傾げながら、再びボトルに入った水を飲んだ。

「入院の事、ハルちゃんは知ってるんだろ」

「たぶんな」

「見舞い来たのか?」

「いや、昨日の今日だしな」

「そうだよな。俺が会ったのは、午前中だからまだ知らなかっただろうし」

 聡史は冗談交じりで

「ちょうど、お前がベンツに喧嘩売ってる時かもな」

 聡史はその後もたわいのない話題を次々と出して僕を笑わせたが、恭子の話は出てこなかった。



 ふと目を覚ますと窓にはカーテンがかかり、隙間から覗く外の風景はほの暗く変わっていた。

 辺りには病院食独特の匂いが立ち込めている。

 時計を見ると六時半を過ぎたところだ。

 廊下では食事のコンテナが運ばれてくる音がして、歩ける者はそれを取りに動き回っている。

 そして僕のベッドには、突っ伏して眠っている聡史がいた。

 帰ればいいのに、何時の間にか眠ってしまった僕に付き合って、聡史は自分も眠ってしまったのだ。

 そう言えば、僕も聡史の部屋に入り浸って、思わず寝てしまう事がある。

 そんな僕たちは、親友なのだろうか。

 何をするでもなく、会話の途中で居眠りして、そのまま一緒に眠ってしまうのは、それだけお互いに気を許している証拠なのだろう。

 僕はティッシュペーパーを丸めて、聡史の顔にぶつけた。

 三個目が命中した時に、彼はようやく目を覚まして、寝ぼけ眼で辺りを見回した。

「もうすぐ七時だぞ」

 僕の声に聡史は大きく伸びをしながら

「お前が寝ちゃったから、俺までつい寝ちゃったよ」

「帰ればよかったろ」

「黙って帰ったら悪いかと思ってさ」

 僕は、恭子がどうしてるか訊こうとしたが、やっぱりやめた。

 間も無く僕に食事が運ばれて来たので、聡史は椅子から立ち上がった。

「ハルちゃんに連絡しておこうか?」

「いや、入院の事はバイト先で聞いてるだろうから」

「そうか」

 彼はさりげない笑みを浮かべると

「じゃあ、またな」

 そう言って、病室を出て行った。




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