◆第34話◆
足が無い……僕の右足。
「俺の右足は何処だ」
右足は膝の上辺りで丸い肉の塊となって終わっている。まるで、初めからその先が無かったかのように。
僕は驚愕と絶望の中で考えた。
まあ、いいか。これで榛菜と対等だ。知らず知らずのうちに、彼女を哀れんで、同情してしまう事も無い。お互い、片脚が無いもの同士、同じ立場で付き合っていける。
僕も義足を着けて、榛菜とお互いを支えあいながら生きていける。
お袋、悲しむかな……オヤジは怒るだろうか。
恭子はこれで僕を解放してくれるだろうか。
しかし、見舞いに来た榛菜は軽やかに歩いてベッドの横に立った。ミニスカートから覗く左脚にも包帯などは巻いていない。
「ハル、左脚……」
「うん。移植がうまくいって、元通りの身体になったの。これで、あたしも健常者だわ」
榛菜はそう言って笑うと
「これからデートなんだ。じゃあね」
そう言って跳ねるように歩いて病室から出て行く。
「榛菜」
僕の声はもう届かない。
廊下に男が立っているのが見えた。
爽やかな笑みで榛菜を促すそいつは、あの時の車椅子の男。彼も自分の脚で立っていた。
「榛菜、行くな」
僕は立ち上がろうとして右足を踏み出すが、短い太ももだけが空を切る。
無いはずの右足が痛んだ。
「ううっ……」
僕はベッドの上で目を見開いた。
勢いよく布団を跳ね除けて状態を起こすと、目の前の若い看護師が「キャッ」と、小さな悲鳴を上げた。
「びっくりしたぁ。大丈夫?」
看護師は直ぐに笑みを浮かべて僕に言った。
僕は状況が呑み込めずに辺りを見渡すが、半分以上閉められたベッドサイドのカーテンが視界を塞いでいた。
僕は我に帰って、自分の右足に視線を落す。
「ある……」
「事故の事覚えてる?」
呆然と自分の脚を見つめる僕に、看護師は訊いた。
僕が小さく頷くと
「脛にヒビが入ってるから、しばらく安静ね」
看護師はそう言って、病室を出て行った。
脛にヒビ? それだけ……
僕は急に全身が軋むように痛い事に気づいて
「イテテテテ」と、身体を横たえた。
* * * *
翌日、見覚えのあるオバサンが、小奇麗なスーツの男性と一緒に僕の病室を訪れた。
手には大きな菓子折りとバスケットに入った果物のお見舞いセットを持っている。
僕は、そのオバサンを何処で見たのか思い出せずに見ていた。
「お怪我は大丈夫ですか?」
ベッドの傍まで来たそのオバサンは、凄い化粧の臭いがした。
「ああ」
僕は思わず声を上げた。
僕がバイクでぶつかったあの時、フロントガラス越しに見えた顔だ。
「保障の方は、私どもで全て賄いますのでご安心下さい」
スーツの男性が、作ったような営業スマイルでそう言った。
「はあ……」
僕は、何となく頷いて、そして自分にとって一番気にかかることを聞いた。
「あの、俺のバイクはどうなりました?」
「全損と言う事です」
スーツの男は相変わらず笑顔を崩さずに
「こちらで同じものをご用意させていただきますのでご安心ください」
僕は再び
「はあ……」と返事をした。