◆第33話◆
学校が試験休みに入った。
聡史はどうしているだろう。
恭子はどうしただろう。
榛菜は、昨日、あの後何処へ行ったのだろう。
僕は、他人の事ばかり考えて、自分はどうしたらいいのか判らないままバイクを走らせた。
心の苛立ちが、自然にアクセルを大きく開けさせた。
青梅街道は相変わらずトラックの群れが連なって中央車線を塞いでいた。
一車線分の幅が狭いこの道路では、すり抜けがやり難い。
それでも僕は、二車線の真ん中を縫う様にして、どんどん前に出た。
大型トラックの大きな車輪が目の前でアスファルトを転がっている。
トラックは中央よりの車線を走るのがこの街道のマナーで、その為に比較的左の車線に空きが出来る。
すり抜けをしては、列の空いた車線に身を置き、前に車が近づいてくると再びすり抜けて前にでる事を繰り返していた。
右側のトラックのウインカーが突然点滅した。
僕は慌てて。アクセルを開けて前にでる。
右折車両がいたのだ。それをよける為に、トラックは左に車線変更して来た。
危なくトラックと接触するところだった。
こうして走る為の思考を巡らしていれば、余計なモヤモヤは忘れられた。
僕は、どうして昨日、榛菜にあんな態度を取ってしまったんだ。
たかが、誰かといただけじゃないか……しかも、相手は車椅子に乗った障害者だ。
僕の頭の中には、再び余計な事が駆け巡った。
真正面……見ているはずなのに見えていなかった。
右折車が目の前に出てきた。
「バカやろう」
僕はフロントブレーキのレバーを強く握り、同時にリヤブレーキのペダルを命イッパイ踏みつけた。
アクセルを戻すのが遅れた。そして、ブレーキを掛けるのも。
リヤタイヤが一瞬ロックした。
もう乗用車は目の前だった。
かわせない。
避けられない。
減速力が、距離に喰われてゆく。
スローモーションでそれが近づいて来る。
僕のバイクは全然車速が落ちていない。
ドライバーの顔が見えた。スゴイ厚化粧でシワの溝を埋めた、エルメスのブラウスを着たオバチャンだ……なんで、こんな所で出てくるかな。
真っ白なメルセデスは現行型のS550か。
ハンドルにしがみ付いたまま目を見開いて僕を見つめていたオバチャンは、いきなり目をつぶった。
次の瞬間ベンツのシンボルマークは、ピントが追いつかないほどのアップで僕の目の前にあった。
ドンッと鈍い音がして全身に強い衝撃が走り、僕はバイクから投げ出された。
ボンネットに自分の頭がぶつかったのは判った。身体のあちこちが何かに擦れ、そしてぶつかった。
その瞬間、身体に痛みはない。
複雑に絡み合う音と衝撃、インパクトの瞬間は目をつぶってしまったので、一瞬記憶は途切れる。
ドシャ!
何の音? 自分は何にぶつかって停まったのか……
僕の身体はベンツのフロントガラスにめり込んで勢いを停めた。
頭がもうろうとして、何も考えられなかった。
チラリと見えた空は蒼かった。
バイクはどうなった? まだローンが十回は残っている。
暗闇に呑み込まれる意識の中で、僕はそればかり考えていた。