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◆第29話◆

 あなたは、自分が知らない間に誰かを傷つけている事を気に掛けた事はありますか?


 自分の言葉や態度が、誰かを傷つけたのでは……そんな事を感じた事はありますか?



 *  *  *



 入院から3週間、間も無く期末試験が始まる頃、恭子は学校へ来た。

 僕はあれ以来彼女の病院へは行かなかった。

 恭子は停学などの処分を受ける事はなかった。両親がうまくごまかしたのか、それとも学校側が世間に知れることを恐れて隠蔽したのか。

 そんな事は、僕には判らなかった。

 学校へ復帰した恭子は、完全に孤立していた。

 朝学校へ来て帰りの時間まで、自分の机で文庫本を読んでいる。席を立つのはトイレに行く時ぐらいだ。

 彼女に話しかける者はこの教室には誰もいなかった。

 昼休み、僕は聡史と共に、何時ものように屋上へ向かう途中だった。


「あんた、ヤク中で、男とヤリまくったんでしょ」

「中だししまくって入院したの?」

 女子トイレの前を通りかかった時、複数の声が中から聞こえていた。

 僕は何事かと思いながらも、そのまま通り過ぎようとしていた。

 しかし、ふと横を見ると聡史がいない。

 振り返ると、彼は女子トイレの前で立ち止まっていた。

「どうした?」

 僕の声に聡史は応えなかった。

 奥ばったトイレの入り口に立って、中の様子を覗うのに夢中だ。

「ねぇ、何人とヤッタの?」

「同時にヤッタんでしょ?」

「今まで我慢してた分、イッキってカンジ」

 トイレの中では相変わらず何人かの声が、そして笑い声が響いて聞こえた。

 それが、誰に向かって言っている事なのか、僕は察しがついていた。おそらく聡史も同じだったのだろう。

 彼は不意に女子トイレの中に足を踏み入れた。

 この学校のトイレは、入り口を入って洗面台と鏡がある場所にはドアはない。

 直角に折れ曲がって、観音開きのゲート式の扉があり、さらに反対に曲がってトイレが並ぶ。これは、男子も女子も変わらない。

 聡史は、扉の前に立つと、無言で扉を押した。

 中には三人の女生徒の姿があった。

「ちょっと、女子トイレだよ。何やってんの?」

 一人が聡史を睨みつけた。

 他のクラスの娘たちで、僕は誰とも面式は無かったが、聡史はその睨んできた娘と面式がある。

 彼女たちは、無言で聡史の横を通り抜けて、トイレから出てきた。

「ヘンタイ」

 通り際に、聡史に向かって誰かが言った。

 聡史が押し開いたドアの向こうには恭子の姿が見えた。

 僕たちに気づいた彼女も、足早に聡史の横をすり抜けて廊下へ出てきた。

 恭子は僕と目を合わせないように、わざとソッポを向いたまま通り過ぎた。

 聡史は無言で肩をすくめると、何も言わないまま廊下を歩き出した。

「おい、何やってんだよ」

「何って?」

「女子トイレのドア開けんのはヤバイだろう」

「あの状況なら、誰もなんも言わないよ」

 聡史は少し機嫌が悪そうだったので、僕はそれ以上何も言わなかった。

 屋上へ出ると、岩崎瑞穂の姿を見かけた。

 彼女は、恭子と一番仲の良かった娘だ。

「岩崎」

 僕は、聡史の代わりのつもりで彼女に尋ねた。

「何で恭子の事、いろんな噂が出てるんだ」

 瑞穂は僕の顔をチラリと見て

「そんなの知らないよ」

 大きな雲が陽差を遮ってゆっくりと動いているのが、陰として足元に映った。

「お前も、恭子をハブるのか?」

「なんであたしに言うの?」

「だって、お前、恭子と仲良かったじゃん」

 瑞穂は途端に僕を見上げた。

「だいたい、こうなったのは、あんたが恭子をヤリ逃げしたりしたからじゃん」

「や、ヤリニゲ?」

「恭子はあんたと付き合えると思ってたんだよ」

「だって、あいつ勉強が忙しいって……」

「その気がなかったら、恭子みたいな娘がヤラせるわけないでしょ。あの娘は一年の時からあんたに惚れてたんだよ。それなのに、あんたはホイホイ他に女作って」

「ホイホイって……」

 僕は自分が考えていた以上に、恭子を傷つけていたのだ。

 僕は目に映る、自分が興味を持つ娘に夢中で、誰かを傷つけている事を考えなかった。

 恭子には悪いとは思っていた。

 彼女の処女を奪った挙句に、結局僕は榛菜に惹かれたのだから。

 「ヤリニゲ」 瑞穂から発せられたその言葉は、複数の矢のように僕の心にグサグサと突き刺さった。

 それは、心臓のずっと奥の方で痛みとして僕の内側をえぐった。

 それまで、そんな風には考えなかった。

 あの時、キスをしてきたのは彼女の方だったし、その後起こった出来事も、それから先の事を約束した行為ではなかったのだから。

 しかし、恭子からしてみれば、僕は明らかにヤルだけヤッて逃げたも同然なのだ。

 それが、彼女を変える引き金になったと言うのか……

 瑞穂は、僕の身体を押しのけるようにして足早に屋上を後にした。

 困惑した表情で彼女の姿を見つめる僕を、聡史は同情とも哀れみともつかない、さらに複雑な表情で眺めていた。




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