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◆第27話◆

 その日はバイトの休憩時間に榛菜と顔を合わせても、何だか話は弾まなかった。

 と言うより、恭子が病院のベッドで呼吸器を着けているのに、僕だけが楽しくしている事が急に後ろめたい気持ちになったのだ。

 今まで榛菜といる時に恭子の事など考えた事はない。

 それなのに、昨晩のあまりにも悲惨な彼女の姿が脳裏に焼きついて離れなかった。

 彼女の口から流れ落ちるヨダレを見たとき、恐怖さえ感じた。

「今日は元気ないね」

 榛菜は何かを察して、遠慮がちにそう言った。

「友達が入院してさ」

「そう」

 僕はそれ以上話さなかった。

 榛菜もそれ以上訊こうとはしなかった。

 彼女の心配そうな視線が、何だか少しだけ痛かった。

 バイトからの帰り際、小さく手を振った榛菜の笑顔は、少しだけ寂しそうだった。



 翌日学校へ行くと、放課後職員室へ呼ばれた。

「お前、橘を見つけて救急車を呼んだんだって?」

 担任はお茶を片手に、ごく穏やかな口調で言った。

「ええ、いちお」

「何処で見つけたんだ?」

「池袋です」

「お前が見つけた時、橘はどんな状態だった?」

「どんなって?」

「救急車を呼んだくらいだから、普通じゃなかったんだろ」

「判りません。彼女気を失ってる様子だったから」

 僕は本当の事は言わなかった。教師が真相を知りたがっている様子が判ったからだ。

 担任は深く息をつくと

「池袋の何処で見つけたんだ?」

「サンシャインの近くです。ハンズの直ぐ横」

 僕はかなり近い線で真実を言ったが、やはり詳しい説明をあえて避けた。

「そうか」

 担任は再び息をついた。

 学年主任とか、上の人間から真相の追究を迫られているのかもしれない。だとすると、恭子の母親は、学校に何と言って説明したのだろう。

 それが判らない今、僕が適当な事を言うわけにもいかない。

「彼女、違法なクスリをやっていた感じは無かったか? そんな素振りとか」

 急激に痩せていった恭子の姿は教師たちも見ている。しかし、だからと言って、それがすぐにドラッグに結びつけるわけにもいかないのだろう。

「さあ、僕には何とも」

「そうか」

 担任はお茶を啜ってから名残惜しそうな目で僕を見つめると

「放課後悪かったな。帰っていいぞ」




 僕は北池の、恭子が運ばれた病院へ向かった。

 もう回復したのだろうか。あれ以来、彼女の親からも連絡は無い。

 正面玄関を抜けてロビーに入ると、この前とは全然違う明るい空間が広がって、外来の人たちで椅子は埋まっていた。

 受付カウンターで恭子の病室を訊く。

 僕はあえて階段を使って3階まで上る。病院の無機質なエレベーターはどうも好きになれない。

 彼女の部屋は一人部屋だった。

 軽くノックをすると、返事が聞こえた。

 確かに恭子の声だった。

 静かに扉を開けて部屋に入ると、点滴のチュウブを腕から伸ばした恭子がベッドに横たわっていた。

 幾分顔はふっくらとして、以前の彼女の面影を取り戻しているが、顔色はいっそう白くなったような気がした。

 僕はゆっくりと彼女のベッドへ近づいた。

「ごめんね、迷惑かけちゃったね」

 彼女はかすれた様な小さい声でそう言って、僕を見上げた。

「ぜんぜん」

 僕はそう言ってただ微笑んで見せた。

 僕を見つめる彼女の瞳はみるみる潤んで、目の端に溜まった雫は横に向かって伝った。

 僕にはその涙の理由は判らなかった。

 彼女は、ただ「ごめんなさい」と、しゃくり上げながら何度も何度も呟くように言った。

 窓から入る西日が眩しそうで、僕はそっとカーテンを半分だけ閉めると、彼女の手を握り締めてあげた。

 恭子は弱々しい力で、それでも僕の手を握り返した。




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