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◆第24話◆

 僕は榛菜のブラウスのボタンを上から順に外した。

 榛菜は何かを言いたそうにしているが、僕は彼女の唇を塞いだまま行動を続ける。

 ボタンを四つ外し、手探りでその隙間に手を忍ばせると、指先が肌に触れて彼女の体温を直に感じた。

 上体をねじっているせいか、胸と下着のカップの間には隙間が出来ていた。

 僕は指先をゆっくりと滑り込ませる。

 榛菜は僕の手を掴んだまま、されるがままだったが、直に胸の先に指が触れた瞬間、小さな声と共に力強く僕の手を引いた。

 そして、強引に僕から唇を離すと

「ご、ごめん…… あたしまだ」

 そう言いながら、開いた胸元を閉じている。

「いや……俺の方こそ……ごめん」

「あたし、純情ぶってるわけじゃないんだけど……」

「大丈夫。無理にする気はないし……ハルを傷つけたくはない」

「ごめんなさい。勇気がなくて」

「そんな事ないよ」

 僕は、榛菜の入れたコーヒーをブラックのまま一口飲んで

「で、でも、キスはいいの?」

 榛菜はコクリと頷いて

「その先も、嫌ってわけじゃ…… でも」

 その先とは、何処迄の事を言うのだろうか。

 彼女は最後までを指しているのだろうか。もしそうだとしたなら、やはり気になるのは左脚の事だろうか。

 彼女はコーヒーに砂糖とミルクを入れながら

「この脚、その時どうしたらいいかわからないし。全部を見られるのは、やっぱりまだ恥ずかしい……」

 榛菜はコーヒーカップの中に視線を落したまま言った。

 僕は彼女が拒む事よりも、拒む自分を責めるような榛菜に対し、そんな気持ちを与えてしまった僕自身が恨めしかった。

「本当はね、もっと人肌に近い材質の義足も、今はあるんだ」

 榛菜は、コーヒーを一口飲んで言った。

「どうしてそれにしないの?」

「足首がね、あまり動かないの。階段とかも歩きにくいのよ。だから、あたしは機能優先」

 榛菜は小さく笑った。

 シリコンで覆われた人肌に近い義足は、関節の可動が小さい。かと言って、ハイテクのダンパーを備えた義足はそれを妨げない為に表皮で覆う事が出来ない。

 どちらも一長一短というわけだ。

 パラリンピックで陸上をする人などを対象にしたスポーツ義足というものもあるそうだ。もちろん、百パーセント機能重視だ。

 榛菜は、初めて義足の事についていろいろ話してくれた。

 普通の高校生カップルがする話ではない。それでも、榛菜が少しづつ自分の事を話してくれるのが、僕は嬉しかった。



「ただいまあ」

 突然玄関のドアが開く音と共に声が聞こえた。彼女の母親が帰って来たのだ。

「おかえり」

 榛菜はリビングから声だけを返す。

 僕は急にあたふたして、榛菜を見つめた。

「ドウドウ」彼女は馬を宥めるように笑顔で僕の肩を叩くと

「大丈夫よ。落ち着いて」

「でも、やばくない?」

 そんなやり取りをしている内に、彼女の母親はリビングに顔を出した。

「あら、お客さんだとは思ったけど」

「こ、こんにち… こんばんは」

 僕は慌てるようにソファから立ち上がった。

「こんばんは」

 榛菜の母親はそう言って笑った後

「確か、ミツルさんとこで働いてる」

 ミツルとは、ベルリネッタのマスター高峰ミツルの事だ。

「里見陽彦です」

「あら、あなたもハルなの?」

「そうよ、ハルが二つで縁起がいいでしょ」

 榛菜が母親にそう言って笑った。

「何それ」

 母親は少し首を傾げながら笑う。

「ミツル叔父さんが言ったんだよ」

「あの人らしいわね」

「じゃあ俺、そろそろ」

「あら、来たばっかりじゃないの?」

「いいえ、もうコーヒーご馳走になったし」

 僕は『もうかえるよ』と榛菜に視線を送る。

「じゃあ、外まであたし送るから」

「いや、大丈夫」

「いいから」

 榛菜はそう言って、僕の腕を取った。

 母親の前で彼女に腕を掴まれて、僕は異常に緊張した。



「大丈夫?」

 玄関を出てから、僕は小声で榛菜に言った。

「何が?」

「だって、男連れ込んだりして」

 彼女の何処と無く清楚な感じは、箱入りのイメージがある。

「お母さんの顔見たでしょ。嬉しそうだったじゃない」

「そうだったか?」

「あたしが男の子連れて来るなんて、初めてだからね」

「そうなんだ」

 僕はふと気がついて

「そう言えば、お父さんは?」

「今日、明日と出張よ。だからお母さんも羽を伸ばしてたのよ」

「そ、そうか」

 僕は、もし今帰ってきたのが父親だったらと思うとゾッとした。

「あ、胸のボタン開いたままだった」

 突然彼女が言った言葉に、僕はギョッとして視線を下げた。

「ウッソだよ。さっき閉めたじゃん」

「おいおい、マジで焦るよ……」

 彼女は悪戯っぽく笑うと、目を細めて急に小声になり

「でもよかったね。最後までしてたら、ヤッてる最中に出くわしてたもんね」

「そ、そうだな……」

 僕は再びゾッとして、苦笑しながら額の汗を拭ってヘルメットを被った。

「またねぇ」

 榛菜は、バイクで走り出す僕に向かって無邪気に笑って手を振っていた。その姿には、身障者も健常者もない。




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