◆第23話◆
駅を出たら家までダッシュで帰って、玄関に置いてあるヘルメットを二つ抱えて家をでる。
駅裏の通り沿いに着いたら、駅に残してきた榛菜の携帯を鳴らして呼び出す。
彼女は松葉杖を着きながら通りへ出てきた。
「早かったね」
「ウチ、すぐそこだから」
「着替えなかったの?」
「俺だけ着替えるのも悪いだろ」
榛菜は松葉杖を使って、一人でタンデムシートに跨る。だいぶ慣れた感じだ。
「よし、行こうか。松葉杖、気をつけて」
僕はそう言ってバイクのクラッチをゆっくり繋いだ。
「何食べたい?」
「うぅん…イタリアン以外がいいな」
「俺も」
二人の笑いが、風で後ろへ飛んでいく。
目白通りとの交差点を突っ切って富士街道を中村橋へ進む。しばらく行くと大きな日本食専門店が在った。
夕飯を食べ終わって店を出たのが夜の九時。
夜のバイトをする僕たちにはまだまだ宵の時間だが、もう送っていった方がいいだろう。
新目白通りを走って、彼女の住む西落合へ向かう。
道路が空いていた為、十分程で到着した榛菜の家の明かりは点いていなかった。
「まだ、誰も帰ってないんだね」
「うん」
「弟さんは?」
僕は、昼間見かけた事は言わなかった。
「友達の所に行くって、さっきメールが来てた」
「一応メールはよこすんだ」
「うん。あたしにはね」
榛菜はそう言いながらバイクを降りると
「お茶、していく?」
僕は、さっきまで何も考えていなかったが、彼女の言葉で少しだけ心臓が波打つのを感じた。
「えっ、いいの?」
「いいよ。別に」
何だか胸の鼓動が高鳴る。
僕は何を期待してるんだ。彼女はそんなつもりで誘っているわけないのに。
僕はヘルメットを脱ぎながら、七倉家の門を潜った。
「コーヒーがいい?」
リビングに通されて、ソファに腰掛ける僕に榛菜が訊いた。
「ああ」
僕はそう応えながら、彼女がキッチンを動き回る姿を見ていた。
「手伝おうか?」
「大丈夫よ。コーヒーぐらい」
彼女はコーヒーメーカーのスイッチを入れると
「よいしょ」と言って、僕の隣に腰掛けた。
ストンと腰を落とした弾みで、二の腕同士がぶつかって擦れ合う。
バイクに乗れば自然に身体が触れ合うのに、ソファで身体が触れ合う感覚は全く別物だ。
今日観た映画の話なんかをしていると、直ぐにコーヒーの香りが漂いだした。
榛菜は立ち上がってカップにコーヒーを注いで来ると、再び僕の横に座った。
何だか自分でも判らないうちに、僕は彼女の手をそっと握っていた。
触れ合う二の腕が、あまりにも彼女をリアルに感じさせた。
榛菜の吸い込まれそうな黒い瞳は、僕に近づいてブラックアウトした。
唇には柔らかく温かい感触。
服の上から榛菜の胸を触ると、カサカサと綿のブラウスが擦れる音がして、彼女は微かに吐息を漏らしながら僕のその手を掴んだ。
このまま何処迄も彼女を征服できるのだろうか。
僕は頭の隅で考えながら、それでも僕の手を掴んだ彼女の手の力具合を確認していた。
きっと、その手の力具合が彼女の開いた心のバロメーターだ。