◆第17話◆
「ずいぶん、いきなり言うんだな」
「最初に知っておいた方がいいと思って」
彼女は、少し俯いたままアイスティーのグラスを指で撫でていた。
「彼女の欠点をバラしてどうすんの」
彼女は僕の言葉に素早く反応すると、視線を起こして僕を見つめた。
「欠点なんかじゃないよ……」
亜貴の視線は真剣だった。
「ハルの脚は欠点じゃない。そう思うのは、何時も男の方だよ」
僕は、欠点という言葉を出した事を、一瞬で後悔した。
しかし、彼女が脚を引きずっていたのを初めて見たとき、そして彼女の左脚が無い事を知ったとき、確かに僕はガッカリした。
そして、そんな彼女を哀れに思った。
「知ってるよ」
「えっ?」
「榛菜の左脚が義足なのは、もう知ってる」
「そうなんだ」
彼女は、少し気の抜けた表情で僕を見つめると、再び視線を下へ向けた。
「そんな事をわざわざ俺に言うために待ってたの?」
「そんな事って……」
亜貴は唇をかみ締めるように僕を見つめると
「ハルは、ちっちゃくてカワイイから、結構男が声をかけるんだ。でも、彼女の左脚が無いって判ると、みんな急用を思い出すのよ」
中三の時だって、自分から言い寄ってきたくせにその男、榛菜はただ脚を骨折でもしてると思ってたらしくて。
彼女の片脚が無いって判ったら
『キミもいろいろ大変だろうから、もう会うのよそう』って言った。
大変なのは、そいつの都合。自分の都合だけよ。
あたしは、ハルと一緒いて大変だなんて思った事ないし、そんな風に考えた事も無い。
言い寄る男がみんな勝手に思って、勝手に面倒くさがって……
亜貴は、溢れ出る気持ちを抑えられないかのように一気に喋った。
「だから、里見くんはどうなのかなって。早いうちに確かめておきたかったの」
亜貴はそう言って、再び俯くと
「ごめんなさい。こんな事いきなり」
彼女は、僕が榛菜を気に掛けていると感じ取ったのか、それとも明日、彼女と出かける事を知っているのかもしれない。
そして、僕が榛菜の脚の事をいろいろ考えていると思ったのか。
でも僕は、今のところ彼女の身体に対して面倒だなんて思ってはいない。
それとも、これからそんな気持ちになるのだろうか……
小学校からの付き合いだと言う亜貴は、今まで榛菜の世知辛い姿を何度も見て来たに違いない。
そして、その度に立ち直る彼女の姿も、亜貴は目の当たりにしてきたのだ。
「亜貴ちゃんは、彼氏はいないの?」
「えっ?」
窓の外に視線を向けていた彼女は、僕の不意な質問に驚いた表情でこちらを見た。
「彼氏だよ」
「いない……」
「どうして? 好みがうるさいとか」
僕は冗談交じりで言った。
榛菜よりはずっと短い茶色い髪と睫毛の長い目、そして一見無邪気だが真っ直ぐ相手を見つめる瞳は、他から声がかからないわけがないだろう。
「あたしだけ、彼氏作れないよ」
彼女はそう言って視線を落した。
「そっか」
亜貴にだって彼氏を作って遊ぶ権利がある。
彼女が榛菜の為にずっとそうしていれば、きっと榛菜自身が責任を感じる事になるだろう。
榛菜はおそらくそう言う性格だ。
亜貴は亜貴で自由にするべきだ。
「でもそれじゃあ、俺がもし榛菜と付き合ったら、キミあぶれちゃうジャン」
僕は少し照れながら、わざとそんなセリフを言った。
「脚の事知ってて、ハルと付き合う気あるの?」
亜貴は、見開いた瞳で僕を見つめた。
確信はない。でも僕の中にそう言う気持ちがあるのは本当だ。
「俺はね。でも、俺が彼女のタイプじゃないかもな。どうなるかは、彼女次第だな……」
僕はそう言って笑うと、アイスティーのグラスを空にした。
「榛菜は里見君のこと好きだよ。きっと」
「おいおい、適当な事言うなよ」
「本当だって、あたしには判るよ」
亜貴は少しだけ安堵の笑顔を浮かべると
「あたしの心配はいらないよ。キープがいっぱいいるからさ」