◆第15話◆
放課後も雨は続いていた。横殴りの雨に打たれながら駅まで走った。
「うわあ、びしょ濡れだよ」
一緒に駆けて来て、駅へ入り込んだ聡史が言った。
今日の天気予報ははずれたのか、そこかしこに濡れ鼠と化した人たちが、ハンカチやタオルで頭や顔を拭いている。
それでも、東上線に揺られながら窓の外を眺めていると、西の空に陽が差してきて、池袋に着く頃には雨は上がっていた。
「ちきしょう、もう少し後に出てくれば濡れなくて済んだな」
「まったくだ」
僕と聡史はぶつくさ言いながら地下道を抜けた。
聡史と別れて西武線へ抜ける階段の手前まで来た時、松葉杖を手にした娘が目に留まった。
榛菜だった。
僕は、何となく気まずい気持ちで、それでも軽く手を上げて見せる。
僕は包帯を巻いた左脚を見ないように気をつけながら
「今帰り?」
「うん」
「里見くんも西武線?」
隣にいた亜貴が言った。
「ああ、豊島園なんだ」
「うわあ、マジ?」
僕たちは榛菜のペースに合わせながら歩いた。雑踏はいとも簡単に僕たちを追い抜いて行く。
そんな中で、亜貴の肩に誰かがぶつかった。
「痛ったい。気をつけろバカ」
彼女は相手に聞こえる声でそう言った。
「何だよ。タラタラ歩ってるからだろ」
スーツを着た若いサラリーマン風の男が振り返り、そして戻って来た。
「おい、やめろって」
僕は亜貴の肩を叩いた。
「何だよ、両手に花で浮かれてんのか」
その男は、何故か僕に突っかかって来た。
「何だそりゃ」
「タラタラしてんなっつんだよ」
僕は男がそれ以上近づいて来たら、怖くて先に手を出してしまいそうだった。
しかし、その男は本当に急いでいるのか、直ぐにきびずを返して歩き去っていった。
「……おい、勘弁しろよ」
僕は亜貴の肩を掴んで言った。
彼女はフンッと軽く鼻を鳴らすようにして
「いいのよ、道徳に欠けた大人なんて」
確かに、僕らが松葉杖を着いた娘と一緒な事は一目で判りそうなものだ。その連中の足取りが遅いからと言って、誰に文句を言われる筋合いもない。
誤って肩がぶつかったのなら、「すまん」の一言で済むのに。
あの男は、追い越し際にわざとぶつかって行ったのは明らかだった。足取りの遅い僕らにイライラしていた腹いせだろうか。
彼女は、榛菜と一緒に歩く事によって、頻繁にこんな仕打ちを受けるのだろうか。
榛菜は、ただ黙って黙々と改札口へ向かって歩いていた。
「ねぇねぇ、定期見せて」
亜貴はさっきの事など既に気にしていない様子で、自動改札を抜けた僕の定期を見たがった。
「ほんとだ。豊島園から下板橋だって」
亜貴はそう言いながら、榛菜に見せている。
「何だか遊園地に住んでるみたいだね」
榛菜が言った。
「しょうがないだろ。駅名がそうなんだから」
「ねえねえ、豊島園て、なんで豊島園って言うか知ってる?」
亜貴が急に切り出した。
「豊島区に在るから…… いや、あそこは練馬区か……」
「何で練馬区にあるのに豊島園なんだろ。昔は豊島区に在ったとか?」
榛菜が少し上を見つめて、口元に指を当てながら言った。
「二人共、ブー」
亜貴が楽しそうな声で言うと、少し勝ち誇った笑みをして
「創業者の名前が豊島なのよ」
「へえ」
榛菜は素直に感心してる。
「本当かよ」
僕は半信半疑で言った。
「あんた、木馬の会に入ってないの」
「しらねえよそんなの」
そんな話をしているうちに走り出した電車は、間も無く椎名町に着いて、榛菜と亜貴は電車を降りていった。
亜貴は何だかとても賑やかな娘だ。そして、彼女と一緒の時の榛菜も、何時もより明るく感じるのは気のせいなのか。
きっと、それだけ榛菜にとって、亜貴は心強い存在なのかもしれない。