◆第14話◆
僕は、榛菜に頼まれ事をしているが、連絡先を訊くのを忘れた。そう言ってマスターから榛菜の携帯番号を聞き出した。
携帯番号はすんなりと教えてくれた。
仕事仲間なのだから、考えてみれば連絡先を訊くぐらいどうと言う事は無いのかもしれない。
やたらにおどおどしていた自分が、バカみたいだ。しかし、僕は今、自分の部屋で携帯電話を見つめたまま、かれこれ三十分もベッドにもたれかかっている。
毎週観ている深夜のバラエティーも、点いたままのテレビの中で何時の間にか勝手に終わっていた。
彼女に何て電話したらいいのか判らない。
もともと僕は電話をかけるのが苦手だ。
彼女は、脚が無い事を僕に見られて怒ったのだろうか。知られた事でショックを受けただろうか。
脚を引きずっているだけで気の毒に思えたのに、それが義足だったなんて。
明らかに、ショックを受けたのは僕の方だった。
いったいあの左脚は、どの部分からないのだろうか。
確か制服の時、包帯は膝下に巻かれていた。スカートからのぞいた太ももは生脚だったと記憶している。と言う事は、あの脚は膝下が義足なのだ。
ギソク……義足…… 僕の頭の中には、その言葉が何度も何度も勝手に繰り返されて、どうしても消し去る事が出来なかった。
彼女はいままでどんな思いで生活してきたのだろう。再び僕は考えた。
彼女は何時から、飛んだり跳ねたり走ったり出来ないで過ごしているのだろう。
時計の針は深夜一時を過ぎて、両親はとっくに眠っている。
テレビから流れる通販ショッピングの番組がこっけいに映し出されているのを、僕は無関心なまま眺めていた。
空に浮かぶ雲がどんどん広がって、朝見えていた青空はいつの間か重く沈んだそれに呑み込まれていた。
僕は相変わらずぼんやりと窓の外を眺めて授業時間を過ごす。
風が出てきたのか、校庭の隅に植えられた草木が、バサバサと大きく横に揺らめいていた。
窓ガラスに水滴の細い線が着き出したかと思うと、あっという間に見えていた外の景色は降り注ぐ雨に呑み込まれていった。
僕は窓を叩きながら流れる雨水を眺めていた。
今日、橘恭子は風邪で休んでいる。
少しだけホッとして、少しだけ物足りない気持ちだ。
「ねぇねぇ、里見って恭子と付き合ってんの?」
昼休みにモナミが声をかけてきた。
今日は雨が降り出したから、屋上へは行けない。
「はあ? なんで?」
「この前、一緒に歩いてんの見たから」
おそらく、池袋を歩いていた時の事だろう。
「用事に付き合っただけさ」
「そうなんだ。でも、何だか恭子が男と歩いてるのって、不思議に見えた」
「どうして?」
「だってあの娘、男に興味なさそうじゃん」
そうか、彼女は女同士でいても、男の話はしないのだ。
僕は、彼女の白く浮き出たアバラを思い出しながら
「へぇ、そうなの」と言って受け流す。
この女こそ、自分は男に興味津々かも知れないが、肝心の男から興味の対象にされていない事を知らないのか。
抜いたか剃ったか知らないが、描かないと殆ど無い青白い眉を何とかしろ。
椅子に腰掛けた僕の前に立つモナミの下っ腹が、ポッコリと少し出ている。
僕はそれを指で軽く突いた。
「きゃあ。やだ、もう」
彼女は後ろに半歩下がりながら、僕の腕を叩いた。
じゃれたいわけじゃない。早くどっか行け。腹筋でもしろ。
「里見エロいよ」
モナミは、まるで自分が性の対象にされたような、それを恰も喜んでいるかのように笑いながらそう言って、僕の前から離れた。
僕が視線を動かすと、すぐ横にいた聡史が笑いを堪えながらこっちを見ていた。
付き合いの長い彼は、僕がウザくてとった行動だと見抜いているのだろう。
それを勘違いしているモナミを笑っていたのだ。
僕は聡史に肩をすくめてみせると、雨に煙る外の景色を眺めた。