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◆第12話◆

 勉強机のスタンドに灯る小さな蛍光灯だけが、部屋の中をほの暗く照らしていた。

 微かに見える見慣れない景色は、女の子の部屋にしては殺風景だと思った。

 机の上は整理整頓されて、本棚には参考書がたくさん並んでいる。

 ただ、やっぱり女の匂いと言うか、淡い化粧品の匂いというか、とにかく自分の部屋には無い、何処か甘ったるい香りがこの部屋を取り巻いている。

 それともこれは、恭子の匂いなのだろうか。

 眼鏡を外した彼女の素顔を初めて見た。

 それはまるで別人のようで、恭子は確かに女だった。

 呼吸を荒げた彼女は、肩で息をしながらタオルケットに包まるように蹲っていた。

「大丈夫?」

 向こう側を向いて目を閉じる彼女に、覗き込むようにして僕が問いかけると、恭子は小さく頷いた。

 頬には細く伝った涙の跡が見える。

 途中で痛くないかと訊いたら、彼女は「大丈夫」と言って首を振った。もしかして、本当は痛かったのかもしれない。それとも、女になった喜びで流した涙なのだろうか。

 それほど経験豊富ではない僕には、初めての時に時折流す女性の涙が、何だか未だに不可解だ

 僕は彼女の横で、黒い髪をそっと撫でる事ぐらいしか今は出来ない。

「妹さんは?」

 僕は急に、彼女には妹がいた事を思い出した。

 いくら両親が旅行で留守だと言っても、隣の部屋とかに妹がいたとしたら、取り返しはつかないが、何だか気が咎める。

「友達のところに泊まりにいった」

「そうか」

 少しホッと息をつく僕に恭子は

「妹の方が、全然進んでる」

「そんなの、人それぞれだろ」

「うん。今はそう思う」

 恭子は壁に顔を向けたままそう言った。

 彼女は、妹を見ていると、勉強ばかりしている自分が虚しくなる時があるのだと言う。

 自由に生きている感じの妹が羨ましくなる事があるそうだ。

 僕への気持ちも、もしかしたらそんなストレスの捌け口だったのかもしれない。

 僕は、恭子の家を出ると、寝静まった暗闇の中を、しばらくバイクを押して歩いた。

 住宅街を出る頃ようやくバイクに火をいれると、その音は夜気を震わせて何処までも轟く気がした。

 出来るだけエンジンを吹かさずに走り出して、家路へ向かった。





 朝の満員電車ははっきり言って苦痛だ。

 オッサンの着けるオーデコロンと女性の着ける香水、フレグランスが混ざった臭いは、悪臭以外の何モノでもない。

 練馬、池袋と駅へ着いて電車を降りる度に大きく息を吸う。

 月曜日の朝は、気のせいか何時もより人混みが慌しい。

 下板橋の駅を降りて何時ものように学校まで足早に歩く。僕と同じようにギリギリの電車を使う連中が、同じように足を速めて、中には駆けている者もいる。

 ふと僕は前方に恭子を見つけた。

 珍しい事もあるものだ。こんなギリギリの時間に登校するなんて。

 彼女は小走りと早足を繰り返しながら、どんどん僕から離れて行く。

 僕はあえて足を速めずに彼女が遠のいて行くのを静かに見つめていた。

 週末の出来事が頭を過る。

 教室へ入れば同じ空間で今日を過ごすのだ。

 彼女の狂おしく髪を乱した顔が、まだ鮮明に僕の頭に焼き付いている。そこには、強気で少し澄ました彼女はいない。

 まるで時々聡史が買ってくる成人雑誌のグラビアカットのような、悩ましげに顔を歪めながら息を荒げ、苦痛か快楽かが見分けられない表情を浮かべるのだ。

 僕は、何だか足取りが遅くなってホームルームのチャイムが鳴り終えてから教室のドアを開けた。

「あらら。里見、遅刻1な」

 担任がそう言って笑うのがチラリと見えたが、それ以外は何も目に映らなかった。

 教室を視界に捉えれば、自然に恭子が入り込んでくる。

 彼女の儚げで悩ましげな表情が頭から離れず、彼女を見る事が出来なかった。

 彼女の押し殺した吐息が今にも聞こえてきそうで、僕は、自分の席に座りながら窓の外ばかりを見ていた。

 休み時間に聡史や他の仲間と雑談で盛り上がる。しかし、僕の視線は彼らを越えて、橘恭子を見ていた。

 向こうも何人かの女子と話しながら笑い声を出したりする。

 制服ではあまり目立たない胸や、他の女子と同じように少し短めのスカートに収まった腰。 僕は彼女の顔を見れなくて、自然に視線が下へ向く。

 それは逆効果で、彼女の白い下着や、何も着けない白い肌を思い出してしまう。

 痩せ型の彼女は、アバラの跡が薄っすらと胸の下に浮き上がっていた。

「なぁ、ハル」

「はあ?」

 聡史に話を振られて、僕は慌てて頭の中に浮かぶモノをかき消した。

 一日中そんな事の繰り返しだった。

 同じクラスの娘とセックスをしたのは初めてだった。

 それは、思いの外僕に弊害を与えた。




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