◆第11話◆
健全なお話と安心していた方すみません。若干の濡れ場はあります…逆に何もない恋愛って、何だか展開が繋がらなくて…ご了承下さい。
「おいハル、お前一緒の約束してるんじゃないのか?」
学校帰りの駅で、聡史がそう言いながら視線を向けた先には、恭子がいた。
「いや、そんな約束ないし。それに、アイツ塾だろ」
「ふうん」
聡史は、再び含み笑いを見せた。
「何だよ」
「俺、おかしいと思ってたんだよな。恭子って、やたらハルに絡むじゃん」
「しらねぇよ」
僕はそう言って、恭子の方は見ないようにした。
その夜僕は、バイト中に再び驚愕してしまった。
恭子が一人で店にやってきたのだ。
「おい、何やってんだよ」
オーダーを取りに行った僕は、思わず小声で彼女に言った。
「両親が旅行に行ったのよ」
「飯食う所なんて、他にいくらでもあるだろう。お前ン家の近くにロイホあるじゃん」
「いいじゃない。ここおいしいし。そんな高いわけでもないし。それに、女一人でロイホなんて寂しいじゃん」
「そうだけどさ……」
僕は、彼女が何を考えているのか判らなかった。
「カルボラーナと海老のサラダ。あと、赤ワイン」
「いや、ワインは駄目だろう」
「何で?」
恭子は普段見せないような、少しわがままな笑みを浮かべた。
「判ったよ」
僕はそう言いながら、アップルジュースにチェックを入れる。
「どうした、お前の女か?」
オーダーを届けに厨房へ行くと、マスターが興味津々の笑顔で言った。
「違いますよ」
今日は、本当は入るはずだった祐介が、急用との事で休んでいる。
金曜日という事もあり、遅い時間にも関わらず、店内の席は埋まってゆく。
「ちょっと、ワインは?」
僕が恭子のテーブルにアップルジュースを運ぶと、彼女は不服そうに言った。
「これにしとけって」
「今夜暇?」
「はあ?」
「ここ終わってから、遊ぼうよ」
「どうしたんだよ、おまえ」
恭子は少しムッとしたかと思うと
「ここ客のオーダー無視して…」
彼女は急に大きな声を出したので
「判ったよ。ここ終わったら。な」
僕が宥めるようにそう言うと、彼女は眼鏡の奥で目を細めて笑った。
よく見ると、マスカラを着けているのか、何時もより睫毛が多いような気がした。
いったいどういう事なのだろう。
ここに来るのはいいとして、あの妙なわがままぶり。
何かあったのだろうか。
結局彼女は僕が帰る時間まで店内にいて、おかげでこっちは終始落ち着かない中で、週末の混みあう店内を動き回った。
* * * *
店を出ると恭子が僕のバイクの所にいた。
仕方なくバイクの後ろに乗せると、彼女は必要以上に僕の身体にしがみついた。
僕はバイクを走らせ、光が丘の公園へ向かった。バイクを買ったばかりの頃、よく一人でぶらっと走ると、光が丘を抜けて環八へ出たものだ。
高層団地の光りの丘が暗闇に立ち並ぶ中を走ると、大通りは殆ど誰もいない。
公園沿いにバイクを止めた。
既に眠りに着いたようなこの一帯の空気は静まり返って、辺りには人の気配はまったく無かった。
「光が丘に来たのは初めて」
恭子はそう言いいながらバイクを降りて
「よく来るの?」
「いや、最近来ないな」
僕たちは街灯に照らされたベンチに座って、夜更けの団地を眺めていた。
「ねえ、キスした事ある?」
「はあ?」
「二回も言わせないで。あるの? 無いの?」
「そりゃ、あるけど」
「そう……」
恭子は少し俯いて
「やっぱ、みんなあるのかな」
「どうしたの、急に」
「あたしは無い…… まだ一度も」
彼女は俯いていた顔を、夜空に向けたかと思うと、今度は僕を見つめて
「ねぇ、この前のテスト、あたし教えたよね」
「はぁ? あ、ああ」
「助かったって言ったよね」
「ああ、助かった」
なんだ? 恭子は何がしたいんだ。
「じゃあ、今度はあたしに教えて」
「な、何を」
彼女は黙って瞳を閉じた。
そんなのありか? なんで、急にこんな積極的になったんだ?
僕はそんな事を思いながらも、今日はちょっぴり可愛く見える恭子の唇に自分の唇を重ねた。
誰でもいいと言うわけでもないが、青春真っ盛り。チャンスは貰っておこう。
「ん、んん」
恭子は僕の顔を押しのけて
「ちょっと、舌入れないでよ」
「そういうもんだって」
「うそ」
「ほんとだよ」
彼女は一瞬戸惑いの表情を見せたが、不安な顔をしたまま再び目を閉じると
「ゆっくりね」
彼女の唇は柔らかかった。そして、温かい舌は唾液を充分に含んで滑らかだった。
彼女はどうしていいのか判らないようで、舌先が口の中でさ迷っていた。
長いキスの後に出た彼女の吐息は、教室にいる時には考えられないほど色っぽく、可愛らしいものだった。