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◆第10話◆

 うかつだった。恭子と二人で池袋を歩いてしまうとは……

 ただでさえ、この界隈にはウチの学校の連中がたくさんウロついている。それでも、この溢れんばかりの人の波と喧騒が、大丈夫だろうと高をくくらせた。

「ハル」

 後ろから声を掛けてきたのは聡史だった。反射的に、恭子は僕の制服を掴んだ手を離した。

「どうしたんだよ、二人で」

 聡史は、少し含んだ笑いを浮かべながら「デートか?」

「そんなわけ無いじゃん」

 僕が答える前に、恭子が慌てて言った。

「だって、今手を……」

 聡史はそう言いかけて、言葉を呑み込んだ。

 いい加減な奴だが、思いやりはある。恭子の紅潮して困ったような顔を見て、多くは訊かない事にしたのだろう。

 そして、聡史が彼女である理奈を連れていたのも幸いした。

「聡史、映画遅れるよ」

「あ、ああ。じゃあな」

 聡史はそう言って、手を上げると僕たちとは反対方向へサンシャイン通りを歩いていった。

 相変わらず含み笑いを浮かべていた。

「聡史の彼女って、かわいいんだね」

 人混みに消える二人を眺めながら、恭子が言った。

「それだけが、とりえらしいけど」

「とりえ?」

 彼女は少し怪訝な顔で微笑んでいたが、僕たちも歩き出した。




 豊島園の駅を降りて通りへ出ると、街灯の明かりが辺りを照らし出していた。

「じゃあな」

 僕は、そのまま立ち止まらずに恭子に言った。

「ねえ、バレンタイン」

 彼女はそんな僕を呼び止めるかのように言った。

「バレンタイン?」

「チョコレート入ってたでしょ。机の中に」

「えっ? ああ。でも何で」

 僕はそこまで言って、自分で気がついた。

「えっ? あれって、恭子なの?」

「そうだよ」

 彼女はそれだけ言うと走り出した。

 少し離れたところで立ち止まると、呆然と立ち尽くす僕に振り返って

「バイバイ」

 と、手を大きく振った。

 周囲にいた帰宅途中のサラリーマンたちが、一斉に振り返った。




 今年のバレンタインの日、僕は学校でチョコレートを5つ貰った。二つは後輩からだった。そして、二つは義理と言うか、まあ教室でもよく喋る女子二人。

 そして、もう一つ……

 これは、学校へ行って、一時間目の授業が始まってから気がついた。

 教科書を取り出そうと机の中に手を入れたら、指先に何かが当たった。教科書でもノートでもない事は、手触りでわかった。

 誰かに恨みを買われる覚えは無いが、一応警戒しながら静かにそれを周りから見えないように取り出してみる。

 白地に赤い英文字が総柄にプリントされ、金色のリボンが掛けてあるそれが何なのかは直ぐに判った。

 しかし、誰が入れたのか判らなかった。

 放課後、後輩二人にチョコレートを貰った僕は、机の中に入れたのも誰か後輩かも知れないと勝手に納得していた。

 それがまさか、橘恭子だったとは。二月はまだ二年生で、彼女とは別のクラスだった。

 いったい、どれだけ朝早く来て、違うクラスの僕の机の中にあれを入れたのだろう。

 それ以前に、僕の机の位置を知っていた事自体が驚かされた。

 それを意味するものは……

 そういう事なのか。でも、何で僕なのだろう。

 いったい、何時から彼女は……




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