前編
自分の足で、貴族の屋敷へと向かう。
一番最初の最初、エンチェルクは紹介状を持って、テイタッドレック卿の屋敷の前に立ったのだ。
次は、その子息に連れられて、イエンタラスー夫人のところへ。
だが、どちらも使用人としての訪問だった。
これは──少し違うのだと、そう肌が理解していた。
昔の自分であれば、間違いなく使用人の気持ちだっただろう。
いまのエンチェルクは、最低でも彼の雑用係くらいの気持ちはあった。
彼が命じる雑用であれば、きっとこの身の血肉になってくれる。
それを、少しずつ吸い上げて、自分を作っていけばいいのだ。
「スエルランダルバ卿に呼ばれて参りました、エンチェルクイーヌルトと申します」
ノッカーを鳴らし、ヤイクを貴族としての名で呼ぶ。
これまで、彼の名を呼ぶことはほとんどなかった。
身分に差があっても呼ぶことは出来るが、ヤイクはそれを望んでいないだろうと思っていた。
もう、そうではないと分かっている。
全てが自然に動かせるようになったわけではないが、彼の側にいたとしても窒息するようなことはない。
「万事、伺っております」
腰の刀と。着替えの入った荷物ひとつ。
そんな出で立ちのエンチェルクは、この屋敷の使用人に恭しく迎えられた。
部屋へ、案内される。
普通の客間だった。
それは、貴族にとっての客人を迎え入れるための、ごくごく普通のものだ。
使用人部屋でもいいと思いかけて、エンチェルクはそれを遠くへ追いやった。
これは、ヤイクの自分に対する正当な評価か、あるいは、この部屋に見合うだけの仕事をしろと言っているのだろう。
受けて立たねばならない。
どんな相手でも受けて立った、いい見本の側に自分はずっといたではないか。
彼女と、同じものになる必要はない。
同じ根元があれば──それでいいのだ。
※
エンチェルクが、部屋で一息ついていた頃、ノッカーが鳴った。
使用人が、ヤイクからの呼び出しを伝えに来くる。
案内されながら、微かに自分の動悸が速くなるのを、うまく抑えられない。
自分に、間違いはないだろうか。
正しい道を、通れているだろうか。
考えることは、山ほどある。
だが、もはや覚悟を決めるしかない。
彼の部屋のノッカーが鳴らされ、使用人が「お客様をお連れいたしました」という。
そう、自分はかの男の客なのだから。
扉が開くと。
ヤイクはソファに腰掛けて、こちらを見ていた。
優雅なお茶の時間かと思いきや、彼の後ろにあるデスクの上には書類が山積みだ。
悠長に、お茶をする暇もないだろう。
「スエルランダルバ卿…手紙を拝見してお伺い致しました」
本人を目の前にし、揺らぎそうになる覚悟を無理やりに踏みつけて、文句ひとつつけようのない挨拶を送る。
ヤイクは、そんな自分を目を細めるようにして見ていた。
「よく来た……座れ」
心が──跳ねる。
即座に抱え込んで抑える。
彼は、普通にねぎらっただけだ。
こんなことは、何でもないではないか。
案内してきた使用人のように、彼女を扉の側に立たせておきたいわけではないのだから。
「失礼致します」
ヤイクの、真正面に座る。
踏みつけた覚悟と、抱き込んだ心と。
エンチェルクは、身の内で手と足の両方を既に使っている。
今度違うものが暴れた時、何を持って自分を律すればいいのだろう。
自分用のお茶が、使用人により振舞われるのを、彼女はただじっと待った。
それらが全て終わり、話が出来る環境になると。
ヤイクが。
言った。
「下がれ」、と。
使用人は出て行ってしまい──二人きりになった。
※
「……」
挨拶を済ませてしまうと、エンチェルクから話しかけることを思いつかなかった。
ヤイクから、今後の話があるのだろう。
それを待っていたら、意外な一言が投げられた。
「お茶を飲むのに、許可はいらないぞ」
エンチェルクは、別にお茶が飲みたくてここに来たのではない。
それより大事な話があるから、呼んだのではないか。
反論したい気持ちもあったが、そこをどう言葉にするか考えていたら、無駄な時間になりそうな気がした。
言葉はどうあれ、おそらくお茶を勧めてくれているのだろう。
「いただきます」
まだ、ヤイクと付き合う感覚は、一足飛びに手に入れられるわけではない。
彼が、反論を嫌がらない人間であることは分かっているから、じっくりと自分の対応能力を上げていくしかないのだ。
小さなカップに、少量のお茶が注がれている。
一口で飲みきる程度のそれを、エンチェルクは唇に寄せた。
いれられて間もないお茶は、熱くとても甘い。
中暑季地帯の金持ちや貴族が、好んで飲む味だった。
ウメと茶の問屋に出入りしていた時、説明と共に味わったことがあったのだ。
熱いお茶を飲んでいるはずなのに、一段階体温が下がったような、そんな気がする。
ふぅと、自然に吐息が漏れた。
カップをテーブルに戻し視線を上げると、ヤイクが自分を見ているのが分かる。
「それで……私は何をすればよいでしょう」
再び、沈黙が訪れそうな気がして、エンチェルクは話を切り出した。
こうまで言えば、彼もさっさと話を進めるだろうと思ったのだ。
「明日、商人たちの会合に顔を出す。女は、情報集めに役に立つ……一緒に来い」
「分かりました」
「刀は置いていけよ」
「……分かりました」
「使用人と間違われんように……多少は着飾れ」
「……」
突然早回しで流れ出したヤイクの言葉を、次から次へと打ち返していたら、最後にとんでもないものが飛んで来た。
返答など、決まっているではないか。
「そんな衣装……持ち合わせいません」
女だろう?──返答に、ヤイクはそんな目をした後、軽く天井を仰ぎ見ていた。
※
「ウメは、お前をどんな扱いにしてたんだ」
「ウメは関係ありません」
来いと言われて、部屋を出るヤイクを追いながら、エンチェルクはウメへの非難を即座に言い返していた。
「それに、袴ならウメに縫ってもらったのがあります」
「そんな格好で、商人から何を聞き出すつもりだ。鉄の相場か?」
倍ほどの早口で、ヤイクも厳しく言い返す。
廊下の奥の部屋をバンと開け、綺麗な部屋に入る。
ノッカーも鳴らさずに、と驚きかけはしたが、中には誰の気配もなかった。
そんな部屋の衣装棚を、彼は無造作に開けた。
エンチェルクには、まったく縁のないような美しい衣装が端から端まで並んでいる。
彼は、次々と服をずらしながらそれらを見ている。
さすがにそれは、やりすぎな衣装ではないかとエンチェルクが口を開こうとした時。
「明るい色を着ろ、若く見せろ」
適当に掴んだ服を、後ろのベッドに向けて放り出す。
「色気を出せ、商人を釣れ」
商人から情報を引き出すために、女として使えるものは全部使えと。
長いこと女をどこかにやっていて、最近ようやく見つけて埃を払っているような自分に、何という難題を課すのか。
5、6着出したところで、その手は止まった。
「この辺で適当になんとかしろ。あと、髪飾りくらいつけろ……ああ、持ってないんだな、分かった。本当にウメは……」
何だか少し、ヤイクが子どもの頃の彼に戻っている気がした。
滅多に会話は成立しなかったが、あの頃の彼もまた、エンチェルクの話など聞かず、勝手に次々と言葉を積んで行く性格で。
何だか。
あの頃を、やりなおしている気がした。
ヤイクに何も答えられない、ただの使用人だった自分。
「ここは……どなたの部屋ですか?」
髪飾りを引っ張り出している彼に、語りかけて見る。
もう覚悟はじたばたしていないし、心も跳ねていない。
自然に、言葉が出た。
「母の部屋だった」
何の感慨もなく、返された言葉は──過去系だった。
※
何となく、そんな気配はしていた。
衣服の趣味から、そこまで年若い女性でないのはすぐに理解出来たし、人の気配の薄さから、この部屋が長らく使われていないことも分かる。
あの鼻っぱしらの強かった頃の彼を、育てた女性がここにいたのだ。
「足りないものがあったら、ここから持っていけ。化粧のうまい使用人も、一人つけてやる」
エンチェルクの感慨など、興味はないのだろう。
握ってきた髪飾りを、彼女に無理矢理渡しながら、ヤイクは引っ張り出したドレスを抱え込んだ。
ドレスを抱えるヤイクというシュールな光景は、おそらくウメでさえ見たことがないに違いない。
とんでもない状態に、エンチェルクは使用人までつけるという彼の言葉に、反論することも忘れてしまった。
「まだ、何か足りないのか?」
動けないでいる彼女に、ヤイクが険しい表情を浮かべる。
彼にとって、この状況は何らおかしいことではないらしい。
「いえ、多すぎるほどです」
「話にならん……ロジアを参考にしろ、男を手玉に取れ」
エンチェルクの答えは、彼を軽くいらだたせただけだった。
挙句、色気の見本を出して来る。
どれほどの火傷の跡があろうとも、あの女性には匂い立つ色香があった。
いまでこそ、ジロウに愛を捧げているので、無駄な色香は発してはいないようだが。
いきなりの難易度の高さに、エンチェルクはため息をつきそうになった。
だが、これも彼女の仕事の内だ。
ロジアは、貴族の出ではない。
ある意味、平民でさえなかった人だ。
だが、彼女はあの港町で、貴族の愛人にまでなり、一番輝く女性に昇りつめたのだ。
正攻法ばかりが、法ではない。
ヤイクは、それを知っている。
学ぶのだ。
それに、自分の女が必要であるというのならば、使うのだ。
清も濁も飲み込んだ先にヤイクの道があり、その先にはテルがいる。
「手玉に……取ってみます」
真面目に、そう言葉にしてみたら。
ドレスを抱えたままのヤイクに、不敵に笑われてしまった。
※
翌朝。
エンチェルクは、快適に朝早く目が覚めた。
いつも通りの朝だ──寝ているところが、いままでと違うだけで。
道場へ稽古に出る時間でもあるが、勝手にこの屋敷を出て行く訳にもいかないだろう。
刀を腰に差し、外に出ると裏庭の方へと向かった。
そこで、素振りくらいはしようと思ったのだ。
自分の呑気さが、おかしいくらいだった。
本当ならば、今頃、起き上がるのもつらい状況だったはず。
昨夜、途中まで彼女は、ヤイクの書類の手伝いをしていたのだから。
惜しげもなく灯され続ける燭台の灯りの中で、エンチェルクは書類の分類をしていたのだが、真夜中前に『部屋に戻れ』と言われてしまったのだ。
大丈夫だと答えたのだが、『目の下にクマを作ったまま、商人が釣れるのか?』という、素晴らしい切り返しに、彼女はあっさりと斬られた。
この書類の整理より、明日の仕事の方が重要であると、ヤイクは言っているのだろう。
そして。
彼に、おそらく生まれて初めて、『おやすみなさい』という言葉を伝えた。
返事は、書類を見ながらの、『ああ』という上の空のものだったが。
本当に、当たり前に会話が出来ている。
昔の彼の方が、いまとなっては不自然に思えるほどだ。
使用人の顔をしているエンチェルクに、話をするということは、使用人であることを認めることである。
彼は、おそらくそうしたくなかったのだ。
いまは、あの頃とは違う自分だから、しゃべるに値する──そういうことなのか。
キクに見られたら、雑念でいっぱいの素振りを注意されそうだと思いながらも、彼女は無心になれないまま真剣を振る。
この刀を持つ意味も、変わった。
もう、ウメのためだけのものではない。
ふと。
視線を感じて、屋敷の方を見る。
二階の窓に、一瞬ヤイクが見えた気がした。
もし、あれが彼だというのならば、おそらく徹夜をしたのだろう。
早朝から、悠長に刀を振っているものだと、呆れているのかもしれない。
この刀は──ヤイクを守るためのものでもあるのだから、そこは譲歩してもらわなければならなかった。
※
朝食の後、しばらくしてから、ノッカーが鳴った。
「失礼致します、エンチェルク様」
入って来た若い女性は、屋敷付の使用人にしておくには惜しいほど美しい。
元がいい上に、綺麗に化粧も施している。
彼女が、化粧のうまい使用人だろうか。
「様は、結構です。よろしくお願いします」
エンチェルクは、自然にそう答えていた。
「お客様を、軽くお呼びするわけにはまいりません」
だが、彼女には受け入れられなかったようだ。
「では、足元を失礼致します」
柔らかな布尺を持って、女性はエンチェルクの足元へとひざまずく。
手早く足のサイズを計るや、彼女は立ち上がり、一度部屋を出て行った。
次に現れた時、その腕にはみっつほどの箱を抱えていて。
「奥様の靴で、おそらく合うと思いましたので、いくつかお持ちしました」
使用人である彼女が、自分の判断でこんなことをするはずはない。
間違いなく、ヤイクの手回しだ。
商人の前に、履きつぶした靴で出れば、付け焼刃の女の化けの皮がはがされてしまうと踏んだのか。
「衣装の見立ても言い付かっております。エンチェルク様は、由緒正しき肌の色をなさってらっしゃるので、この明るい紫か、こちらの白の多い赤などいかがでしょうか」
丁寧すぎる扱いと、彼女の言葉の裏に潜むヤイクの気配に、エンチェルクは困ってしまった。
この調子で、細かいことを次々と聞かれて、それを考えなければならないかと思うと頭が痛くなる。
明らかに、自分より彼女の方が専門家だ。
「全てお任せします……今より若く見えて、色気のあるようにして下さい」
だから、その専門家に全て託すことにして、それまでの自分ならば、決して口にも出さないような言葉まで並べた。
仕事を前に、恥だの年だの言ってはいられないからだ。
ヤイクの希望は、非常に高い要求なのだから。
「分かりました……最善を尽くさせていただきます」
彼がそう望むのか──使用人であるにも関わらず、しっかり言葉を返してくる女性だった。
※
毎日、最低限の髪の手入れはしていた。
それでも、安物ではない髪油と、結い上げる技術の違いは明らかだ。
そこに、更に貴族の女性が使っていた髪飾りが留められる。
エンチェルクは、生まれて初めて自分の髪を美しいと思った。
年頃になる頃には、父親の商売はダメになっていて、こんな贅沢とは無縁になっていたのだ。
彼女が選んだ衣装は、紫。
ヤイクの望む、若々しい色とは違ったが、艶やかに褐色の肌の上を這う。
ただ、胸元が深くあいていて、締め付ける下着までつけられ、あまり大きくもない胸が無理やり寄せられている。
その開いた胸元を、白い宝石の首飾りが光る。
化粧が施され、ドレスと同じ紫の色が瞼を彩っていた。
化ければ化けるものだ。
昔、キクが暴漢を捕らえるために、カツラまでかぶったことを思い出す。
いまの自分も、あれと同じ。
着飾った女というよりは、ただの仮装。
あの時のキクと、同じなのだ。
いまの自分にとって、この格好はただの手段。
目的は、別のところだ。
そのためなら、どんな馬鹿馬鹿しい格好だってする。
「いかがでしょうか」
全てを終わらせ、彼女はすっと一歩下がる。
「ありがとうございます……これなら文句を言われないでしょう」
そのまま、彼女を解放しかけて、ふと思うことがあった。
「すみません、もしあるようでしたら…扇子をお願いできますか?」
ロジアの真似を、するわけではない。
ただ、エンチェルクは素人の女だ。
言葉に詰まったり、うまく受け答えできずに、表情が曇ることもあるかもしれない。
その時に、役に立つのではないかと思った。
「すぐ、お持ちします」
出て行った彼女を目で追いながら、エンチェルクは小さくため息をついた。
下着が、苦しかった。
※
時間となって、エンチェルクはヤイクの部屋へと向かった。
困惑気味の、化粧の上手な使用人を引き連れて。
帰ろうとした彼女を、引き止めることにしたのだ。
この、立派な仮装を作り上げた彼女は、ヤイクにほめられて然るべきだと思っていた。
何が、技術なのか。
おしゃれ好きな女性にとっては、それはただ単なる趣味に過ぎない、遊びの領域なのかもしれない。
だが、何が技術になるか分かりはしない。
クセのあるヤイクにとっては、特に、だ。
彼は、この使用人のことを個として知っていた。
彼女の普段の化粧を見て、そう思っていたのか、どこからか噂話を聞いたのかは分からない。
しかし、彼女の長所をよく見抜いていて、適材適所でエンチェルクへと会わせてくれたのだ。
ノッカーが鳴らされ、部屋に入る。
ヤイクは、貴族然とした正装だった。
エンチェルクより薄い肌の色に、濃紺の衣装が鮮やかだ。
視線はこちらに向いていたが、その手にはまだ書類を掴んでいた。
「……」
しばらくの間、彼女はヤイクの見世物になる。
予想はしていたので、そのまま立っていた。
そして。
「いい腕だ」
彼は、エンチェルクの少し後方に畏まっていた彼女を労う。
ほら。
ヤイクは、こういう男なのだ。
世の女性を、ちゃんと理解している。
「別途に報酬を出す。今日はこの後、休んでいい」
言葉以外の労いまで付け足され、彼女の息をのむ小さな音が聞こえてきた。
驚いているのか、喜んでいるのか、もしくは両方か。
「よくやったな、下がっていい」
「ありがとうございます、失礼致します」
振り返らずとも、彼女が軽やかな足取りで出て行ったのは、エンチェルクにもよく分かる。
改めて視線を彼へと向けると、ヤイクはもう手元の書類へと視線を落としていた。
※
荷馬車の準備が、まだなのだろう。
エンチェルクも、昨夜途中だった書類の分類の続きをやろうと、デスクの方へと近づく。
「インクで汚れる……今はいい」
彼女のやろうとしたことなど、すぐに気づかれてしまったようだ。
「もう、インクは乾いています」
「後から私が書き足した分もある。爪の先ひとつ汚すな」
書類を読んでいるせいか、声は淡々としているが、内容は命令形だ。
しかし、そうなるとすることがない。
ただ、ここに突っ立って時間が過ぎるのを待てばいいのか。
「今日の会合だが……」
幸い、会話くらいは交わしてくれるようだ。
「第一港に、異国の勢力の後釜に座られては困るからな。いろいろ手は打っているが、裏で何かが動いているかもしれん。海関係の噂話を、拾い集めろ。貿易関係の話も振れ。凱旋の祭りのついでに、遠くの商人も数多く参加している。北部の話も聞けるようなら聞いておけ」
あの港町に、北の地。
それが、ヤイクのいま気になるところのようだ。
港は分かるのだが、北とは一体何だろう。
エンチェルクは、思考を深く深くに沈める。
彼がもし、太陽と敵対する勢力を心配しているというのならば──北にあるのは、雪国でひっそりと隠遁する魔法の血。
昔、ウメにそんな話を聞いたことがあった。
異国の勢力が、彼らに目をつけていないとは限らない。
そう、考えているのだろうか。
ありえない話ではない。
まだ、異国の人間の中で、確認していない名はあるし、彼らはイデアメリトスの反逆にまで加担していたのだから。
一瞬、レチの顔が頭を掠めた。
彼女は、北部の人間だ。
今度、一度話を聞いてみよう。
「酒は出されるが、ほどほどにしろ」
「はい」
「適当に、食事などしているふりはしていろよ。ガツガツ聞いて回るな、怪しまれる」
「はい」
「後、お前は私の愛人ということになっているから、それを考えて立ち回れ」
「……」
ため息を、つくべきだっただろうか。
酔狂なことだ、と。