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第1章-涼州編・第4話~天の御遣い~

 武威の城の大会議室。普段は文官武官が集まっての軍議が行われるこの部屋も、今日は派手な装飾が施され室内からは楽しげな声が聞こえて来ていた。馬騰の誕生日パーティーが部屋の中で行われているのである。


 そこには招待客として、近隣の都市の太守やこの地方の豪族、さらには街の有力者までいる。しかし、一刀の姿は部屋の中には無かった。


 今、一刀はパーティー会場となっている大会議室の部屋の外に居る。緊張した面持ちの一刀は、落ち着かない様子で身だしなみを確認する。その服は最近すっかり着慣れた文官服ではない。クローゼットの奥に大切にしまっておいた聖フランチェスカ学園の制服である。馬騰から制服を着るように言われた時に、一刀は全てを理解していた。


 一方、部屋の中では招待客の祝辞が終わり、馬騰が挨拶をしていた。


 「……ここで皆に1人紹介するわね。しばらく前に都で噂になり、この誕生日ぱーてぃーの発起人でもある天の御遣いよ」


 入り口に立つ2人の侍女が両側から扉を開ける。その先に居る一刀に、部屋の中の人達の視線が一斉に注がれた。


 一刀は大きく深呼吸すると、背筋をピンと伸ばして大股でゆっくりと歩き出した。


 好奇、疑い、恐れ、羨望。様々な種類の眼差しが一刀を襲う。まるで動物園の珍獣にでもなったかの様で、すこぶる居心地が悪い。それらの目を見ないように、正面に立つ馬騰を見据えて歩き続けた。


 一刀は馬騰の横で止まり、振り返る。2人の目がチラリと合った。


 「天の御遣い、北郷一刀です。どうぞよろしくお願いします」


 そう言って、一刀は頭を下げた。色々な挨拶を考えたが、結局シンプルな自己紹介になってしまった。


 しばらくの間の後、招待客から拍手が起こり、一刀はホッとした。そのまま用意されていた席に座る。馬騰を挟む様にして馬超と馬岱の席があり、一刀の席は馬超の隣だ。


 お膳の上には様々な料理が乗っている。だが、一刀には料理に手を付ける暇が無かった。招待客がひっきりなしに酒を注ぎに来たためだ。もちろん、馬騰に直接祝いの言葉を述べに来たついでなのだが、彼らの態度を見るかぎりではどちらが本命だか分からない。


 少し酔いも回って来た頃、一刀は不意に肩を掴まれた。驚いて顔を上げると、目の前には1人の男性。年は30代半ばといったところか。


 いきなりの事に一刀が声も出せないでいると、相手の男性の方が口を開いた。


 「ふむ、意外といい体をしているな」


 そう言いながら一刀の肩をバンバンと叩く。お陰で杯の中の酒は全て零れてしまった。


 「叔父上、そんな事無いぜ。まだまだだよ、一刀は」


 横から馬超が口を挟む。


 「あの、叔父上、って事は、韓遂さんですか?」


 「ああ、そう言えば名乗っていなかったな。私は韓遂、天水郡の太守だ」


 一刀の予想通り、目の前の男性は韓遂と名乗る。


 韓遂、字は文約。一刀の知る歴史では、馬騰と義兄弟の契りを交わした人物である。


 「では、御遣い殿。義姉上の事を宜しく頼むぞ」


 もう一度、一刀の肩を叩くと韓遂は自分の席へと戻って行った。


 「叔父上は、あたしの亡くなった父上の弟なんだ。でも、どうして知ってたんだ?」


 もちろん、一刀は知識として知っていたのだが、未来から来た事を秘密にしているため、正直には言えない。取り敢えず、どこかで聞いたという事にして誤魔化した。


 『それにしても、韓遂は女性じゃないんだな』


 席へと戻った韓遂を見ながらそんな事を考えていると、急に横から声をかけられた。どこかで聞いた声だと思いながら振り返る。


 「あっ、君は……」


 そこにはすまなそうな顔をして立つ少女が居た。身なりは大きく違うが、間違いなく昨日一刀が助けた少女だった。少女は一刀と目が合った瞬間、頭を下げた。


 「昨日は本当に申し訳ありませんでした。助けて頂いたにもかかわらず、あの様な事を……」


 「いや、君のせいじゃないし、俺なら気にしてないから」


 一刀は顔を上げて欲しくて言ったのだが、この言葉に反応したのは、頭を下げている少女の後ろに立つ、眼鏡に三つ編みの気の強そうな女の子だった。


 「何よ? まるでボクが悪いみたいな言い方じゃない」


 明らかに不満そうな声で喧嘩腰に文句を言う。


 もちろん、一刀にそんなつもりは無い。しかし、そう言うという事は昨日の事を気にしているのだろう、と一刀は感じた。


 「ダメだよ詠ちゃん、そんな言い方したら。北郷さんは恩人なんだから」


 少女は顔を上げて、眼鏡の娘をたしなめる。


 「だって、月〜……」


 すると、それまでとは全く違う困った様な表情で、情けない声を上げた。


 中学生位の少女達の仲の良さげな微笑ましいやり取りに、一刀の頬は自然と緩んでしまった。それに気付いた眼鏡の娘が、一刀をキッ、と睨み付ける。


 「詠ちゃん……。北郷さんは恩人なだけじゃなく、御遣い様なんだよ」


 子供に言い聞かせる様な柔らかい口調だが、その中に少し怒りが混ざっている様に一刀には感じられた。そして、それは眼鏡の娘も同じだった様で、慌てて睨むのを止めた。


 「何だ、月。一刀といつの間に知り合いになったんだ?」


 今まで一刀の横で食べる事に夢中になっていた馬超が、口に物を入れたままで喋り出す。その姿を、少しは目の前の少女を見習えばいいのに、と、呆れた顔で見る一刀。一方、その少女は微笑んで返事をする。


 「はい、翠さん。昨日、北郷さんに2度も助けて頂いて……」



 そう言って昨日の事を説明し出すが、さすがにややこしくなると思ったのか、華蝶仮面については口に出さなかった。


 「そうか。ま、一刀も前よりだいぶ腕を上げたからな」


 そう言って、馬超は空になった口の中に焼売を1つ運ぶ。彼女にとっては何気ない一言だったが、一刀にはそれが凄く嬉しかった。


 一刀自身、少しずつではあるが、着実に強くなっている実感があった。だが、自分よりも何倍も強い馬超に褒められる事は自信になった。


 「そうだ、まだ君の名前を聞いてなかったよね」


 思い出した様に一刀は言う。馬超や眼鏡の娘が呼んでいる、月、というのは真名だろう。ひょっとしたら会話の中で名前が出て来るか、と思っていたのだが、そうはいかなかった。


 この一刀の言葉を聞き、少女はハッとしてまた頭を下げる。


 「ごめんなさい、うっかりしていました……。董卓、字は仲頴。隣の安定郡の太守を務めさせて頂いています」


 やっぱりか、一刀はそう思った。昨日考えた通りの結果だった。


 董卓仲頴、三国志における最大の悪役と言っても過言ではないだろう。皇帝をないがしろにし、政を自らの物とした挙句、酒色に溺れて暴虐の限りを尽くした人物。漢帝国を滅亡へと追い込んだ張本人である。


 しかし、目の前の少女からはそんな雰囲気は微塵も感じられなかった。


 次いで、一刀は眼鏡の少女に目をやった。董卓と仲が良い賢そうな人物。李儒あたりだろうか、と考えた。


 一刀と眼鏡の少女の視線が合う。少し不機嫌そうな顔でそっぽを向くと、自分の名前を口に出した。


 「ボクは賈駆、字は文和。董卓軍で軍師をしているわ」


 腰に手をあて、偉そうなポーズで立つ賈駆を見ながら、一刀は予想が外れた事に少しガッカリした。と、急に馬岱が一刀と馬超の間から顔を出した。


 「ねぇ、月ちゃん。その髪止め可愛いね。どこで買ったの?」


 「えっ? こ、これですか……?」


 董卓は左手で自分の髪を触ると、頬をうっすら紅く染めてうつむき、上目遣いで一刀を見た。


 「……これは、昨日北郷さんに買って頂いたんです」


 確かに董卓の髪にあるのは、昨日一刀が贈った髪止めだった。それを聞いて一刀の周りの空気が変わるが、彼はそれに気付かず喋り出す。


 「ああ、良かった。よく似合ってるよ」


 昨日は結局着けた姿を見れなかったため、想像以上に似合っている事にホッとした。だが、それも束の間、目を釣り上げた賈駆が一刀の前に立つ。


 「ちょっとアンタ、ボクの月をたぶらかすつもり!?」


 「えっ、いや、あの……」


 ボクの、とか、たぶらかす、とかツッコミたい気持ちはあるが、あまりの剣幕に言葉が出ない。と、今度は後ろから。


 「一刀さ〜ん、たんぽぽにも何か買ってよ」


 そう言って、馬岱は一刀の首に抱き付く。


 「いや、違うんだって、馬岱。これは……」


 一刀は何とか馬岱を引き剥がそうとするが、それまで黙っていた馬騰が爆弾を投げ込んだ。


 「なぁに、一刀君。翠だけじゃ飽き足らずに、月ちゃんにまで手を出したの? 意外と手が早いのね」


 酔っているのか、赤い顔で楽しげに笑う馬騰。


 「ちょっと、何言ってるんですか! 馬超にも董卓にも手なんか出してませんよ!」


 当然、抗議する一刀。このままでは、とんでもない誤解をされかねない。しかし、馬騰は、何を言ってるの、とでも言いたげな顔をしている。


 「だって、会ったその日に翠の胸を触って、下着まで見せたんでしょ」


 確かにその通りだ。その通りだが、何もこんな時に言わなくてもいいだろう。


 「やっぱり! ダメよ、月。こんな奴に騙されたりしちゃ」


 賈駆は振り返って董卓の両肩をガシッ、とつかんだ。


 あまりの状況に、一刀は恥ずかしくなってくる。ふと横を見ると、馬超が顔を真っ赤にして何かを呟いている。


 「☆×○△□……!」


 まずい。一刀がそう思った時にはすでに遅かった。恥ずかしさに耐えられなくなった馬超の拳が一刀を襲う。


 「ゴフッ!」


 一刀の腹部に突き刺さる馬超の拳。その衝撃で一刀の体は、くの字に曲がる。


 「か、一刀さん!? 大丈夫!?」


 強烈な一撃に、馬岱や董卓だけでなく、先程まで敵意をむき出しにしていた賈駆までもが心配そうな顔をいていた。一刀は激しく痛む腹を押さえながらも、何も食べないでおいて良かった、そんな事を思っていた。






 誕生日パーティーが終わった後、一刀達は二次会の様な感じで馬騰の私室に集まっていた。


 「……ふふっ。それにしても、一刀君は災難だったわね」


 酒の注がれた杯を揺らしながら、馬騰は楽しそうに笑う。一体、誰のせいで一刀に災難が降り掛かったと思っているのか。しかし、一刀はそれを口に出さない。他に尋ねたい事があったためだ。


 その答えを聞くのは、正直少し怖い。自分の想像している答えと違っていた時の事を考えると、このまま黙っていようか、とも思う。


 だが、それでも一刀は意を決して口を開いた。


 「俺を、天の御遣いとして紹介してしまって、本当に良かったんですか?」


 字の読み書きですら、この世界に来た当初よりは出来る様になったが、胸を張って大丈夫とは言えない。


 当然、仕事にしてもそうだ。出来る事は増えたが、その1つ1つのスピードやクオリティは、周りの人を満足させられるレベルには到達していない。


 何より一刀自身、天の御遣いとして特別な力が無い事を実感している。子供の頃から習っている剣術でさえ、馬超達の足下にも及ばなかったのだから。


 そんな一刀の不安な気持ちは顔に出ていた。その表情を見て、馬騰は杯を置いて姿勢を正す。


 「……私があなたを天の御遣いと認めたのは、仕事が出来るからでも、力があるからでもないわ」


 「なら……!」


 まるで、心の中を見透かされた様で恥ずかしくなり、一刀は声を上げる。だが、馬騰はそれを手で制して話を続けた。


 「城中でも非番の時の街中でも、あなたの事は監視させてもらったわ。その上で、あなたの人となりを見て判断したの。私は、あなた自身を認めたのよ。……これでは納得できない?」


 「……分かりました。」


 そう言ったものの、一刀の表情はスッキリしていない。そんな重い空気を吹き飛ばす様に、馬超は明るく喋り出した。


 「じゃあ、母様。あたしからの誕生日の贈り物。……ほら」


 馬超は自分の後ろから木箱を取り出すと、押し付ける様にして馬騰に渡す。


 「開けてもいいかしら?」


 もちろん、という返事を聞いてから、馬騰は少しワクワクした表情で木箱の蓋を開ける。その中に入っていたのは、一組の手甲だった。


 馬騰は木箱から手甲を持ち上げながら、贈り主を見る。


 「母様の使ってる手甲はだいぶ年季が入ってきてるだろ。だから、そろそろ替えた方がいいかと思ってさ」


 母親へのプレゼントなどした事の無い馬超は恥ずかしいのか、馬騰とは目を合わせようとはしなかった。その様子を見て、馬騰は微笑みながら、ありがとう、と、感謝の気持ちを伝える。


 そんな親子のホンワカとした空気を馬岱が切り裂く。


 「ちょっと、お姉様。せっかくの贈り物に武具を選ぶなんて何を考えてるのよ、もう!」


 「なっ! ……じゃあ、たんぽぽは何を贈るんだよ?」


 馬岱は自信有りげに笑うと、皆に背を向けてゴソゴソとやる。数秒後、その手に服を持って振り返った。


 「こ、これ……?」


 馬騰は馬岱の差し出した服を見て、完全に引いていた。だが、それに気付かない馬岱は満面の笑みで勧める。


 「うん、可愛いでしょ? 叔母様、若いんだからきっと似合うよ」


 確かに馬騰は若く見える。彼女が40歳だと聞けば、10人中9人までが驚くだろう。20代後半でも通じる程だ。それでもこの服は厳しい。


 デザインとしては、普通のミニのワンピース。しかし、ピンクを基調として黄色などのビビッドな色を配したその服には、大量のフリルが付けられている。


 「あ、ありがとう……。いつか機会が有ったら着させてもらうわね」


 引きつった笑顔で受け取ると、背後にあるベッドの上に置いた。


 「では、琥珀様。私からはこちらを」


 鳳徳は小さな桐の箱を取り出し渡す。蓋を開けると、中には1冊の本。それは馬騰が探していた本だった。先日、武威の街を訪れた行商人が扱っているのを、たまたま見付けたのだ。


 「ありがとう、鷹那。後で読ませてもらうわね」


 蓋を戻した箱は机の上に置かれた。


 「じゃあ、後は一刀だけだな」


 4人が一斉に一刀を見る。その目には期待の色が浮かんでいる。


 それはそうだろう。今回の誕生日パーティーや誕生日プレゼントの言い出しっぺは一刀なのだから。


 「馬騰さん、おめでとうございます」


 制服のポケットから小さな箱を取り出して馬騰に手渡す。


 「ありがとう、一刀君。開けさせてもらうわよ」


 蓋を外すと、箱の中には髪飾りが入っていた。両手でそれを取り出した馬騰は、髪飾りに宝石が付いている事に気が付いた。


 「これは、琥珀ね。……綺麗な色だわ」


 自分の目線より高い位置に持ち上げ、見上げる様にして見る。半透明の黄色、まさしく琥珀色である。


 「……気に入って、もらえましたか?」


 おそるおそる、といった雰囲気で尋ねる一刀。


 「ええ、とても素敵だわ」


 そう言うと、早速着けようと手を頭の後ろに回す。


 一刀はホッとした。馬騰の真名と同じ名前の物をプレゼントする事は、果たして許されるのか、という不安があったためだ。一応、昨日の段階で董卓に確認は取っていたが、それでも不安はゼロでは無かった。


 しかし、そんな想いは髪飾りを着けて似合うかどうか尋ねてきた馬騰の笑顔で全て払拭された。


 「あなた達、本当にありがとう。特に一刀君。あなたのおかげで、今までで一番の誕生日だったわ」


 いえ、と首を横に振る。


 「で、あなたにも誕生日の贈り物があるの」


 それは、あまりにも予想外の言葉だった。自分の誕生日はまだまだ先だし、何よりそんな話をした覚えが無い。


 不思議そうな顔をする一刀に対し、馬騰は話を続ける。


 「天の御遣いとしてのあなたの誕生日は、今日だと言っても間違いではないでしょ」


 一刀は、そういう事か、と納得した。そんな一刀に、鳳徳が大きな木箱を渡す。


 大きさの割には軽い箱。一刀は一旦床に置いてから蓋を開ける。その中に入っていたのは、白い服だった。


 「これは……」


 箱の中から1着を手に取る。それは、今一刀が着ている服とほぼ同じデザインだった。そんな服が4着も入っている。


 「これからは、あなたは仕事非番関係なく、この服を着る事。誰にも天の御遣いだと分かる様にね。それから、今あなたが着ている本物は、大事な時のためにしまっておきなさい」


 デザインは確かによく似ている。一刀なら違いが分かるが、普通に見る分には分からないだろう。


 しかし、材質だけはそうはいかない。化学繊維であるポリエステルの光沢までは真似が出来なかった。


 一刀は礼を言いながら手に取った服をたたむ。だが、馬騰からのプレゼントというのは、これだけではなかった。


 「それと、もう1つ。あなたに、私達の真名の預けるわ」


 突然の事に、えっ、と声が漏れ、服をしまいかけていた手が止まる。一瞬の間の後、一刀は慌てた様子で口を開いた。


 「ちょ、ちょっと待って下さい! 真名って、家族みたいに親しい人か、よっぽど信頼した人じゃないと呼ばせないんでしょ? それなのに、俺なんかに……」


 一刀のこの反応は当然と言えるだろう。最初に馬岱の真名を呼んでしまって殺されかけた時から、真名に対して必要以上に過敏になっているのだ。


 だが、そんな一刀に馬騰はため息をつきながら返す。


 「……さっき言った事を、もう忘れたの? 私達はあなた自身を認めた、と言ったわよ。少なくとも、あなたは真名を預けるに足るだけのものを、私達に示してくれた。そういう事よ」


 「だいたい、もう3ヶ月も一緒に暮らしてるんだぜ。十分家族みたいなもんだろ」


 何を当たり前の事を、とでも言いたそうな顔で馬超が続けた。


 「あら翠、いい事言うわね。確かに、家族と言っても過言ではないわ。私からしてみれば、急に大きな息子が出来た様なものだもの」


 そう言うと、馬騰は一刀に向かってにこやかに微笑み掛けた。そこで一刀はハッとする。


 その微笑みは馬超達に向けられる物と同じ。そして、自分に対しても、しばらく前から優しさに満ち溢れた微笑みを向けていてくれた。


 「そうだったんだ……」


 そう呟いた一刀の目から、自分でも気付く事無く涙がこぼれた。


 そんな涙溢れる瞳を、馬騰は真っ直ぐに見つめる。一刀も涙を拭って見つめ返した。


 「私の真名は琥珀よ。一刀君、あなたに私の真名を預けましょう」


 続けて馬超。


 「あたしの真名は翠だ。よろしくな、一刀」


 馬岱と鳳徳も続く。


 「たんぽぽの真名は蒲公英だよ。改めてよろしくね、一刀さん」


 「私の真名は鷹那です。我が真名、一刀さんに預けます」


 4人から真名を受け取った一刀は、背筋をピンと伸ばして姿勢を正す。


 「北郷一刀です。天の御遣いの名に恥じない様、精一杯努力していきますので、これからもよろしくお願いします!」


 深々と頭を下げる一刀。涙で濡れたその顔は、どこまでも澄み渡る青空の様に晴れやかだった。

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