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第6章-荊州編・第1話~美周と鳳雛~

 大陸の西部で漢中を巡る劉備軍と曹操軍の戦いに決着がついた頃、東部では徐州の地を賭けた曹操と孫策の戦いも終局を迎えていた。


 「報告します! 中央、黄蓋隊の被害が大きく押さえきれません!」


 「報告します! 左翼、呂蒙隊、敵遊軍による攻撃を受け被害甚大!」


 孫策軍本陣に次々と飛び込んでくる伝令が伝えるのは、どれも自軍の不利を報せる物ばかりだった。それらの報告を聞き終え、孫策軍筆頭軍師である周瑜は自らの主であり親友でもある孫策へと体ごと向き直った。


 「すまない、雪蓮。やはりこの戦、勝ちの目はなかったようだ」


 神妙な面持ちで謝罪する。それを受ける孫策の両隣には、彼女の妹達の姿が見える。孫策の右側に3姉妹の次女である孫権が、左側には末妹の孫尚香がやはり思い詰めた表情で、長姉に真っ直ぐ視線を注いでいた。


 重苦しい雰囲気が場を包んでいる。そんな中、孫策のあっけらかんとした声が響いた。


 「仕方がないわね」


 そう言った彼女の顔は、ほんの少し自嘲気味に笑っていた。戦況が不利な事への焦りも見せず、負け戦となる事への悔しさも滲ませず、ただ普段と変わらない様子だった。


 「冥琳、予定通りに各部隊へ撤退指示をお願い。蓮華、シャオ、私達も下がるわよ」


 周瑜は早速、伝令を飛ばすために天幕を後にした。


 今回の戦は負け戦になる、と開戦前から予想が出来ていた。孫策軍が投入した兵力はおよそ四万。一方、曹操軍の兵力は十万超。単純な兵力差だけでも勝ち目は薄かった。


 涼州連合軍と戦った後であるにもかかわらず、曹操がこれだけの大軍を動かす事が出来たのは、袁紹の将兵を積極的に取り入れる方策をとった事が大きかった。これにより、曹操軍はその兵力を爆発的に増やしたのである。この戦に投入された兵の約7割が、元は袁紹軍に属していた者達だった。


 あの時、呂布と戦闘になっていなければ、と孫策は思っていた。袁術に反旗をひるがえした時、予定では徐州を落とした余勢を駆って青州まで侵攻する事になっていた。それが当時、袁術の客将だった呂布とぶつかり、かなりの痛手を受けた事で断念せざるを得なくなった。


 青州を手に入れていれば曹操領の後方を窺う事が出来、それだけでも牽制にはなった。少なくとも、徐州にこれだけの兵力を集中される事はなかっただろう。それだけに悔やまれた。


 しかし、いつまでたらればの話を考えていても仕方がなかった。勝ち目が薄いと判断された時点で孫策軍は、いかに損害を抑えて揚州に撤退するか、という事に主眼を置いた。ここでいたずらに兵を損なうのは得策ではない。兵力を温存し、反撃の機会を待つ事に決めたのだ。すでに兵站の一部は揚州へと運び出してある。後は、本隊が撤退するだけだ。


 もちろん、ただで撤退するつもりはない。追撃部隊に対する逆撃の準備も出来ている。


 「この借りは必ず返してあげるわ。覚えておきなさい、曹操」


 曹操がいるであろう西の空を睨みながら、孫策はそう呟いた。






 漢中を制圧した劉備軍は一通りの戦後処理を終えると、曹操の侵攻に備えるための兵を残し、大部分は成都へと引き上げた。


 ただし、将の全てが成都へ戻った訳ではない。翠と鷹那、恋、音々音の姿は成都へ引き揚げる一団の中には見られなかった。彼女達は成都へは戻らず、漢中から西、羌族が暮らす地へと向かったのである。


 曹操との全面対決は避けられない。その前に、まずはしっかりと足場を固めるべき。それが一刀も含めた軍師達の総意だった。内側はしっかりとしている。問題は外側、つまりは異民族への対応だ。


 西に羌族、南に南蛮族と、益州は2つの異民族からの脅威にさらされている。そこで、羌族に対してはその血を引き、錦馬超と呼ばれ敬われている翠を使者として送る事で友好的な関係を築こうとした。また、羌族の中にまで勇名を轟かせている恋も同行させた方がいい、というのは詠の判断だった。しかし、さすがにこの2人だけに任せるのは不安なため、鷹那と音々音がお目付け役として供する事となったのである。


 こうして4人と別れた桃香達は成都に戻った後、もう一方の異民族である南蛮族の討伐準備に取り掛かった。実質的な被害を受けていない羌族とは違い、南蛮族からは度々国境を侵されている。人的な被害はほとんどないが、毎回食料を中心に略奪行為をされている。これを放置しておけば、桃香は自身の求心力を失いかねない。劉備軍にとって南蛮征伐は急務であった。


 だが、桃香達が成都に戻って数日後の事。彼女の下へと訪れた使者によって状況は変わる事となった。




 「それじゃあ、どうしようか?」


 大会議室に主だった将を集め、桃香は全員を見回しながら言った。どうしようか、というのは、現在別室で歓待している使者に対しての返事の事だ。


 こうして尋ねてはいるが、桃香の中では答えは決まっているんだろうな。彼女の真っ直ぐな瞳を見ながら、一刀はそんな事を思っていた。


 やって来たのは劉表からの使者だった。内容は、荊州南部への出兵要請。その見返りとして、荊州南部にある4郡の譲渡を提示してきた。


 「これは、蔡夫人一派による謀略ではないのか?」


 開口一番、関羽が尋ねる。それは、今回の話を聞いた時に誰もが考えた事だった。


 自分の領地を攻めるように頼み、その土地を差し出すと言うのだから訳が分からない。だが、だからこそ罠の可能性は低い。朱里はそう答えた。はかりごとを巡らす人間は、いかにバレない様にするか、という事に気を使うものである。今回の話はあからさまに怪しく、それだけに、逆に裏はないと考えたのだ。


 「それに、こうして益州に地盤を固めてから、わざわざ呼び出して討とうとは考えないと思います。そのつもりがあったなら暗殺などという真似はせず、桃香様が新野城にいた頃に兵を動かしていたんじゃないかと……」


 朱里に続いて雛里も発言する。いつも通り自信なさ気な喋り方だが、その内容に関羽も頷く。


 「確かに、普通では考えられないお話です。しかし、今の状況を整理してみると、あり得ない話ではないと思います」


 朱里は机の上に大きな地図を広げると、椅子に乗り、小さな体を目一杯伸ばしながら説明を始めた。




 荊州は中央を西から東に流れる大河、長江によって南北に分けられている。その北側に、州牧である劉表によって政が行われている襄陽の街はあった。襄陽から距離が離れているためか、荊州南部にある4郡は、以前より半ば独立状態となっていた。それでも、今までは長江北岸にある荊州最大の軍備拠点、江陵から睨みを効かせておく事で、好き勝手な振る舞いを出来ない様にしていたのである。


 そんな危うくも何とか均衡を保っていた荊州南部の状況は、孫策の侵攻によって変化する事となった。


 徐州を失いはしたものの、兵力をほとんど損なう事のなかった孫策軍は直ぐ様、荊州への侵攻を開始した。そして、荊州と揚州の州境にある江夏の地を一気に攻め落としてしまったのだ。


 元々、孫策の母である孫堅が荊州攻めの際に命を落とした経緯があり、両者の関係は最悪だった。当然、劉表は孫策に対して警戒し、防備もそれなりに整えてはいた。だが、それでも防ぐ事は出来なかった。さらなる進攻を阻止すべく、劉表は孫策に対して戦力を傾ける。


 と同時に、北への備えも増強しなければならなかった。中原から河北、そして涼州を支配した曹操が南下を始めるのは時間の問題だからだ。


 こうして孫策と曹操へ意識を向ければ、どうしても荊州南部への注意が緩んでしまう。これを待っていたかの様に、荊州南部4郡の太守達はそれぞれの領地を争い始めた。


 劉表にこれを放っておく事は出来なかった。荊州南部での争いが北部にまで飛び火しないとも限らない。孫策にしろ曹操にしろ、事を構えている状況で、それに呼応する様に背後で動かれては敗北は必至だ。荊州南部の争いは早急に収めなければならないが、しかし、劉表にはその余裕がなかった。そのため、劉表は信頼している桃香に荊州南部を任せようと考えたのである。


 劉表がこの考えに至ったのは、自身の体調の悪化も理由にあった。高齢なせいか、元々体調はあまり優れていなかったのだが、ここ最近は寝台から降りる事もほとんどなくなっていた。そのため、後継者に、と考えていた桃香に荊州の一部でも譲ろうとしたのである。


 もちろん、これには蔡夫人の弟である蔡瑁を初めとした一派が反対した。劉宗に跡を継がせ、荊州を手に入れるつもりの彼等には、桃香の存在は邪魔でしかない。せっかく消えた邪魔者に、この地を一片たりとも与えるつもりはない。


 だが、劉表からこの局面をどうやって切り抜けるのかと聞かれても、蔡瑁は答えを持ち合わせていなかった。荊州の軍事権を劉表から預かる彼には、今がどれだけ余裕のない状況か、誰よりも分かっていた。劉備と距離を取る事にこだわり、荊州を失う訳にはいかない。最終的には、蔡瑁も劉表の命に従うほかはなかった。




 「……という訳です」


 説明を終え、朱里は椅子の上から飛び降りた。スカートの裾がふわりと揺れる。軍師という立場もあってか、大人びた言動が多い彼女にしては珍しい姿だ。


 「私としては、劉表さんからの要請は受けるべきだと考えます。桃香様がこうして益州の地を治める事が出来たのも、徐州を追われ、行き場のない私達を劉表さんが援助してくれたからに他なりません。その恩に報いるためにも、荊州に派兵すべきです」


 桃香は大きく頷きながら耳を傾けている。他の者からも反対意見は出ない。朱里の意見はそのまま劉備軍の方針となった。


 朱里や雛里、詠といった軍師達は今回の件を、荊州に拠点を得るための好機、ととらえていた。


 曹操軍の南下が秦嶺山脈によって阻まれている代わりに、劉備軍の北上もまた、山脈を越えなければならないために困難となっている。北への進出が難しい以上、後は東へと進むしかないのだが、桃香の性格から考えて劉表領への侵攻を認める訳がない。このままでは荊州を孫策か曹操に押さえられ、手詰まりになるだけ。そう思っていたところへ劉表からの出兵要請だ。この機を逃す事は出来なかった。


 「では、当初の予定通りに南蛮征伐に向かう部隊と荊州に向かう部隊、軍を2つに分けます。まず南蛮へは、桃香様にご出陣いただきます」


 副将に鈴々と星が、軍師には朱里が就く。南方の地理に詳しい桔梗が案内役として同行し、蒲公英と魏延、公孫賛も南蛮への部隊に組み込まれた。他の将は関羽を大将とした荊州への部隊に属する事となった。


 と、ここで朱里の部隊分けに対し、関羽が口を挟む。


 「劉表殿からの要請なのだ。桃香様が行かぬのは、礼を失する事にならぬか?」


 「確かに、本来であれば桃香様に行っていただきたいところではあります。しかし、南蛮征伐は桃香様でなければならないんです。異民族を力で征伐して得られる平和は一時の物でしかありません。真に平和を求めるのならば、力ではなく心を使って異民族にあたる必要がありますから」


 「俺の知っている歴史だと、七縦七禽、って言って、南蛮族の王を生け捕りにして解き放つのを7回繰り返してやっと心服させたんだ。その後は反乱を起こさなかったみたいだし、桃香に任せた方がいいと思う」


 朱里と一刀に理由を説明され、関羽はまだ何か言いたそうにしながらも、この場ではそれ以上の反対はしなかった。






 成都を発った一刀達は永安から船に乗り、長江を下って荊州を目指していた。季節は春の終わり。日差しはすでに夏の強さを誇っている。そんな中、川面を滑ってくる風はひんやりとして心地よかった。


 航程はすでに半分を過ぎていた。迎撃を受ける事もなく、船旅は順調であった。しかし、全てが全て、順調な訳ではなかった。


 舳先に立ち、その身に風を存分に受けた一刀は軽い足取りで甲板へと戻る。


 「どうだ? 少しはよくなったか?」


 一刀は甲板に横たわっている少女達に向かって尋ねた。


 「あかん、何にも変わらへんわ……」


 「月、大丈夫……?」


 「……う、うん。詠ちゃんこそ、顔が真っ青だよ……」


 力ない返事が返ってくるだけで、彼女達はその身を起こす事も出来ない。見事なまでの船酔いだった。


 元々、漢の北方では南方ほどに水運が発達していない。ましてや、涼州ではほとんど船に乗る機会がなく、波の揺れへの耐性が全くと言っていいほどなかった。涼州勢で元気なのは一刀ともう1人、清夜だけだった。


 「月様や詠は仕方ないとしても、霞、貴様は情けないとは思わんのか? たかが船酔い、気合で何とかしろ。神速の張遼の二つ名が泣くぞ」


 「……うっさい、ボケェ。お前はアホやから、酔うとる事に気付かんだけやろが……」


 霞は血の気の引いた顔だけを清夜の方へと向け、気だるそうに悪態を吐いた。


 「な、何だと!? 私が心配してやっているというのに、何だ、それは!」


 「ちょ、ちょっと! 落ち着けって、清夜! 皆、気分が悪くて苦しいんだから」


 いきり立つ清夜を後ろから羽交い絞めにし、何とか引きとどめる。どこが心配してるんだ、という言葉は取り敢えず飲み込んでおく。正面に回った紫苑と2人掛かりで、何とか清夜を宥めた。


 「予定より早いですが、どこかで先に下船して陸路を進んでもらった方がいいと思います。このままでは、いざ戦になった時、戦力としては計算出来ませんし……」


 確かに雛里の言う通りだった。ここまで酷い状態では、戦闘になっても足手まといにしかならない。ならば、適当なところで船から降りて、別ルートを進ませた方がよい。船酔いであれば、船から降りれば回復するはずだ。


 その案を船酔いに苦しむ霞達が反対するはずもなかった。程なくして船は接岸し、騎馬隊を中心とした船酔いの酷い将兵を船から降ろした。


 「じゃあ、清夜、皆の事は頼むぞ!」


 離岸を始めた船の上から一刀が叫ぶ。唯一元気な清夜は、戦斧を大きく振ってそれに答えた。


 別ルートを進むといっても、大きく河岸から離れる訳ではない。いざと言う時には互いを援護出来る距離だ。別段、何の心配もいらない状況ではあった。






 霞達を船から降ろして数日。関羽達は荊州南部にある4郡のうち、最も益州に近い位置にある武陵郡へと迫っていた。彼等が接岸しようとしている港の側には、武陵郡の太守である金旋自ら率いる部隊がすでに陣を張っていた。


 「どうやら、こちらが接岸し、上陸する際の隙を狙うつもりみたいです」


 陣の前に部隊を展開させている金旋軍の姿で、雛里は敵の狙いを見抜いた。


 船から降りる時には、どうしても行動が制限されてしまう。兵の数や質が上回っていても、自由に動けない状況では力を存分に発揮出来ない。金旋軍がそこを狙ってくるのは当然と言えた。


 それだけに、今回の行動は読み易かったとも言える。


 「武陵郡太守、金旋よ! 我等は荊州牧、劉表殿の要請によりこの地へ参った。貴公は太守の任にありながらその本分を果たそうとせず、あまつさえ、私欲に溺れて領地争いを繰り返す始末! 大人しく降伏し、劉表殿にその身を委ねられよ!」


 船の甲板上から関羽が叫ぶ。


 「ええい、うるさいっ! この土地は私の物だ! 誰にも渡さんぞ!」


 金旋も負けじと反論する。威風堂々とした関羽とは対照的に、小太りの中年が感情的に叫んでいる様は滑稽ですらある。関羽の迫力に気圧されているのが遠目にもはっきりと分かった。


 降伏するなら命は取らん。そう思っていた関羽であったが、相手が抗戦の構えを見せるのであれば仕方がない。


 「船を港に接岸させろ! 上陸し、金旋軍を叩く!」


 関羽の命令で激しく銅鑼が打ち鳴らされた。川面にその身をただ浮かべていた船が、徐々に陸地へと近付いていく。それに合わせ、金旋軍も戦闘体勢をとり始める。部隊の最前列で弩兵が矢をつがえているのが見えた。


 フッ、と関羽の口元が緩む。次の瞬間、関羽達から見て右手、小高い丘の向こうから喚声と共に一団が姿を現した。先に下船し、陸路を行っていた騎馬隊だ。


 「奴等の脇腹に、強烈な一撃をぶちかましたれーっ!」


 霞はすっかり船酔いから回復したらしい。騎馬隊の先頭で檄を飛ばしている。


 緩やかな斜面を勢いよく駆け下りてくる一団に側面を突かれ、正面に意識を集中させていた金旋軍は対応が出来ず、大混乱に陥った。さらに、上陸してきた劉備軍本隊からも追い討ちを受けた。金旋が命辛々逃げ出した時には、わずか数10騎が付き従うのみ、という始末だった。


 勝てる可能性がないのは誰の目にも明らかだ。唯1人、金旋だけがそれに気付いていない。彼は籠城戦をするつもりで城へと馬を走らせる。


 本来、籠城戦は、堪えれば救援が来る、という状況で行うものである。今の荊州南部の様に、周囲が敵だらけの状況ではほとんど意味がない。遠征軍の弱点となりやすい兵糧を攻めるにしても、劉備軍が劉表からの要請で来ている以上、補給も容易い。金旋の取ろうとしている行動は、愚策以外の何物でもなかった。


 「開門しろ!」


 城へと戻った金旋は、固く閉ざされた城門の前で叫んだ。その声は城内にいる兵士に届いたはずである。しかし、城門は開く気配すら見せない。


 「何をしている! 早く門を開けろ!」


 もう一度、先程よりも大きな声で感情的に叫んだ。すると、ようやく動きを見せる。城壁の上から1人の女性が顔を出した。


 「鞏志、とっとと城門を開けろ!」


 顔を真っ赤にして怒鳴る金旋を、鞏志と呼ばれた女性は冷ややかな目で見下ろしている。


 哀れみか、それとも蔑みか。とにかく、それは主君に対して決して向けられるはずのない視線だった。


 「金旋様……。いえ、金旋。己の責務を忘れ、私欲に走った貴方にこれ以上ついていく事は出来ません。これは私だけでなく、この城にいる者の総意です。この城は劉備様に治めていただきます!」


 「な、何だと!?」


 突然の宣言に激しく狼狽する金旋。次の瞬間、怒りで紅潮した顔は血の気を失い、蒼白となる。城壁の上で、鞏志が部下から弓を受け取っている姿が見えた。


 「何をする気だ、鞏志。や、止めろ……!」


 「裏切り者、主君殺し。民を救うためならば、それらの汚名も喜んで被りましょう!」


 鞏志は腕に力を込め、大きく弓を引く。彼女の手から放たれた矢は、金旋の胸目掛けて真っ直ぐに飛んだ。


 馬上にある金旋の体がわずかに傾ぐ。そのまま重力に逆らう事なく、金旋はゆっくりと馬の背から崩れ落ちる。地面へと落ちたその体には深々と矢が突き刺さっており、カッと目を見開いたまま、金旋は絶命していた。


 主君の死に、彼に従っていた兵達は激しく動揺する。そこへ、城壁の上から声が降った。


 「無意味な抵抗は止めなさい。今、武器を捨れば、貴方達の命は私が保証します」


 元々、金旋にそこまでの忠誠を誓っていた訳ではない。兵達は武器を手放し、1人残らず降伏する事を選んだ。


 太守の責務を果たさず、領民に過度の負担を強いる金旋に対し、鞏志は以前より反抗心を抱いていた。間者の報告からその事を聞いた雛里は、彼女に対して内通を持ち掛けた。劉表からの要請を受けて侵攻を始めた事を聞くと、鞏志はあっさりと協力する事を決めたのである。


 こうして、劉備軍は大した損害もなく、武陵へと進出したのだった。





 劉備軍が武陵を制圧する数日前、江夏にいる孫策の下に、劉備軍が長江を下る、との報告が届けられた。直ぐ様、主だった将が集められ、軍議が開かれる。


 「……という事だ。以上を聞いて、亞莎、お前はどう思う?」


 間者からの報告を簡潔にまとめて述べた後、孫策軍筆頭軍師である周瑜はある少女に尋ねた。


 「えっ……? あの……、その……」


 「落ち着きなさい、亞莎。ほら、深呼吸して」


 いきなり話を振られて慌てる少女に向け、孫権は安心させる様に微笑みを見せる。はい、と返事をしてから少女は2回、大きく深呼吸をした。


 少女の名は呂蒙、字は子明。以前は武官として甘寧の下で親衛隊に所属していたのだが、孫権によって才を見出だされ、現在は軍師見習いの様な立場にいる。片眼鏡と、地面に付きそうな長い袖の服が特徴的だ。


 深呼吸で落ち着いたらしく、呂蒙は口元に当てていた手を下げ、机に落としていた視線を上げた。


 「劉備さんは以前、劉表から援助を受けていた恩があります。両者の関係は蜜月であったと以前の報告にありましたし、劉備さんがその関係を壊してまで荊州に攻め込むとは考えにくいと思います。となれば、劉備軍の目的はここです」


 視線を再び落とす。それは自信のなさや恥ずかしさから来る行動ではない。今の彼女の立ち振舞いは、実に堂々としている。彼女は机の上の地図に目を遣ったのだ。


 地図の一点を指差す。といっても、長い袖で隠れて指先はおろか、手のひらすら見えてはいないが。


 「情勢の安定しない荊州南部。ここをこのまま放置しておくよりは、劉備軍に統治させてしまった方が安定する。そう考えた劉表が荊南の平定を依頼したのだと思います」


 己の推論を述べ終わると、部屋の中は静まり返った。誰も一言も発さない。


 ああ、やっぱり間違ってたんだ。恥ずかしくて真っ赤になった顔を両手で隠し、俯く。情けなくて周囲を見る事も出来ず、強くまぶたを閉じる。そんな彼女の頭を誰かが優しく撫でてくれた。


 「お見事ですね~。大正解ですよ、亞莎ちゃん」


 のんびりゆったりとした声が頭上から聞こえた。目を開けると、眼前には2つの大きな胸が揺れている。そのまま視線を上げる。そこには、呂蒙の教育係でもある陸遜が柔らかな笑みを浮かべて立っていた。


 「……穏様、あ、ありがとうございます!」


 喜びで顔をほころばせ、呂蒙は深く頭を下げた。その光景に、場の空気は陸遜のまとう雰囲気の様に緩みかけた。だが、周瑜が咳払い1つで締め直す。


 「確かに、情報分析とそこから導き出した答えに間違いはないだろう。ならば、我々はこれから、どう行動すべきなのだ?」


 「え、ええと……、それは……」


 みるみる呂蒙の顔が強張っていく。


 「……荊州の地を手に入れるのは、文台様の代からの悲願。でも、これから先の事を考えれば、劉備軍と事を構える訳にはいかないし……」


 しばらく1人でぶつぶつと呟いた後、申し訳なさそうな表情で頭を下げる。


 「……申し訳ないです、冥琳様。私には、どうすべきか分かりません……」


 「軍師がやらなければならないのは、得られた情報を元に相手の行動を予測し、それに抗する手段を練る事だ。まだまだ勉強不足だぞ」


 周瑜の辛辣な言葉に、呂蒙はさらに小さくなって萎れてしまう。深いため息が聞こえる。さらに小言を言われる、と彼女はより一層、肩を竦めた。


 「……しかし、軍師として学び始めてから3ヶ月足らずなら、合格点はくれられる。これからも研鑽するようにな」


 怒られると思っていたところに励ましの言葉をもらい、驚いて顔を上げる。先程の陸遜の様な笑顔ではないが、周瑜の口元は少しだけ笑っていた。涙が溢れそうになり、呂蒙は思わず顔を隠した。


 「で、亞莎にかっこいい事を言った冥琳には、何か秘策があるんでしょ? 何と言っても、うちの筆頭軍師様なんだから」


 「秘策、と呼べる程の物ではないがな。今の状況での最善手は打ってみせるさ」


 周瑜は右手で眼鏡を押し上げながら、孫策の問いにそう答えた。






 武陵へと入った劉備軍はしばらくの間、この地で待機する事となった。損害自体は軽微だったが船に慣れていないせいか、兵達の疲労が予想以上に大きかったためだ。


 とはいえ、ただ単に休んでいられるものでもない。街や住人を調査し、暮らしの改善や治安維持を行わなければならない。今後の進軍に備え、部隊の再編も必要だ。


 軍事に関しては雛里と詠が、政務に関しては紫苑と月が中心になってあたっているが、関羽の仕事量はそれでも多い。報告書に目を通し、決裁していくだけの日が何日か続いていた。


 過酷な重税によって逼迫した民の生活を救うため、城の倉を開ける。元々は金旋が過剰に搾取した分だ。あるべきところに戻したにすぎない。


 一方、部隊の再編に関しては、予想以上に武陵攻略による被害が少なかったおかげでかなり順調だった。大した問題もなく、部隊を4つに分ける事が出来た。


 今の状況で一番厄介なのは、3郡の太守が協力体制を取り、連携して抵抗される事だ。そのため、残りの3郡に対しては同時に攻撃を仕掛ける事になる。武陵の東、長沙には関羽と雛里、南の零陵には紫苑と一刀、東南にある桂陽には霞と詠がそれぞれ攻め込む事に決まった。清夜と月は武陵の守備のために残しておく事となった。


 「ふぅ……」


 関羽は大きく伸びをした後、深く息を吐き出した。ようやく雑多な物事の処理が一段落し、多少の暇が出来た彼女は街へと出ていた。実際の街の様子を見ていなかった事に、今更ながら気付いたからだ。それにいい加減、机に向かっている事に気が滅入ったのもある。普段は怠けがちな桃香を監視し、尻を叩く立場だが、今日ばかりは義姉の気持ちが分かる気がした。


 街の様子は寂れているものの、人々の顔には笑顔が多く見える。報告書にあった様に、好意的に受け入れられたらしい。これなら様々な政策も実行しやすいか。関羽は通りをゆっくりと歩きながら、そんな事を思っていた。


 脇道から子供達のはしゃぐ声が聞こえた。ふと、そちらに目を遣る。元気に走り回る子供達と、その中に混じっている青年が1人。一刀だと分かった瞬間、関羽は物陰に隠れていた。


 「……な、何をやっているのだ、私は。これではまるで、覗きではないか。しかし……」


 そう独り言を呟く関羽の脳裏には、成都での桃香とのやり取りが思い出されていた。




 「桃香様、よろしいのですか? せっかく……」


 軍を2つに分ける事が決まった後、関羽は桃香の自室を訪れていた。ここには今、2人しかいない。


 「何が?」


 桃香は聞き返した。純粋に、何の事を言っているのか分からない、そんな表情をしていた。


 「……ですから、せっかく翠がいない今、北郷殿と、その……」


 しばらく言い辛そうにした後で、関羽はようやく口を開く。が、最後の方は、はっきりとは聞き取れなくなっていた。それでも、桃香は関羽の言わんとしている事が分かったらしい。ふふっ、と声を漏らして笑う。


 「な、何が可笑しいのですか!」


 思わず怒鳴ったその顔には、わずかに朱が差していた。


 「え~? 愛紗ちゃんでもそういう事考えるんだな~、って思ったの」


 楽しそうに笑う桃香の姿に、関羽の顔には益々赤みが増す。本心を見抜かれた様な気がして、いたたまたれなくなって俯いた。


 翠がいない今の状況を、関羽は桃香の想いを叶えさせる絶好の機会だと考えていた。だからこそ、朱里の案に反対し、桃香と一刀が荊州に行ける様にしようとしたのだ。


 自分らしくない事は分かっている。馬鹿な事を言ったとも思っている。だが、あの場では思わず口に出ていた。そして今も。これが義姉のためなのだ、という思いは消えていない。


 「ねえ、愛紗ちゃんは一刀さんの事、どう思っているの?」


 「ど、どうと言われても、私は別に……」


 「愛紗ちゃん、誤魔化さないで」


 関羽は顔を上げてハッとした。桃香の顔からは、いつの間にか笑みが消えていた。問い詰める眼差しと言葉に気圧され、視線を外す。しばらく黙った後、ゆっくりと言葉を選びながら口を開いた。


 「第一印象は最悪でした。ですが、恋に殺されかけた私を心配してくれたその姿に、桃香様と同じものを感じたのです。桃香様と同じで、打算のない優しさを持った人なのだ、と。……正直、私は自分の気持ちがよく分かりません。もちろん、桃香様の想いが成就し、北郷殿との仲が上手くいけばいいと思っています。ですが……、それを考えると胸が苦しくなるのも事実なのです。私は、私は……」


 口に出し、自分の本心を再確認する。私も彼が好きなのだ、と。それでも、その想いは心の中に押しとどめた。それが義姉のためだ。そう自分自身に言い聞かせて。


 だが、桃香はそれを良しとしない。尚も本心を吐露しない義妹に対し、彼女は言葉を続けた。


 「私は一刀さんの事、好きだよ。それと同じくらい愛紗ちゃんの事は好きだし、大事に思ってる。だから、分かるの。愛紗ちゃんが、どれ程強く一刀さんの事を想っているのか。……一刀さんと翠ちゃんが戦った時、私は2人を止める事しか考えてなかった。それは、一刀さんを失いたくない、私の勝手な思い。でも、愛紗ちゃんは止めたい気持ちを堪えて、一刀さんの戦いを見守っていた。一刀さんの思いを酌み、一刀さんを信じたからこそ出来た事」


 「ち、違います! あれは、武人として一騎討ちの邪魔は出来ないと……」


 反駁し、顔を上げる。いつの間にか、桃香は関羽の目の前に立っていた。


 「違わないよ。だって、私が愛紗ちゃんくらい強かったら、絶対に止めに入っているもの。……だから、あの時に気付いたの。私の想いは愛紗ちゃんの想いに遠く及ばないんだ、って。……優しいね、愛紗ちゃんは。私の気持ちを知っているから、自分の気持ちを言わないでいてくれているんでしょ? でも、はっきり言ってくれていいんだよ。私はお姉ちゃんなんだから、ね?」


 そう言って桃香は笑った。しかし、普段見せる春の陽だまりの様な笑顔ではない。どこか寂しげで影がある笑顔だ。


 「違います。私は優しくなんかない。私はただ、卑怯なだけです。自分に自信がないくせにそれを認めず、桃香様のためだと自分の想いをを誤魔化した。だって、そうではありませんか! 女として、私が桃香様に勝てるはずもないのに……!」


 義姉には知られたくなかった。義姉思いの、出来た義妹でいたかった。彼への想いを断ち切っていれば。そもそも、そんな想いを抱かずにいれば。


 だが、もう遅かった。あふれ出た感情は嗚咽となり止まらない。頬を伝う涙は拭われる事もなく、ただただ床を濡らす。


 桃香はそんな義妹を優しく包む様に抱き締める。彼女の頬にも涙が伝うが、その顔はわずかに笑っていた。


 しばらくして泣き止み、桃香の胸から離れた後で、関羽は初めて正直に自分の気持ちを口にした。


 「……桃香様、私は北郷殿の事が好きです」


 何だか少し、心が軽くなった気がする。


 「……うん。じゃあ、荊州にいる間に、一刀さんに真名を預けないとね」


 関羽は男性に真名を預けた事がない。軽くなった心に、新たな重しを乗せられた様な感じだった。




 「はぁ……。まったく、桃香様も難しい事を言ってくれる」


 ため息を吐くと、文句も一緒に口からこぼれた。


 一刀に真名を預ける事が嫌な訳はない。むしろ、今では真名で呼んでもらいたいと思う。難しいのは真名を預ける切っ掛けだ。


 恋に殺されかけたところを介抱してもらった時。成都を月と共に訪ねてきた時。漢中で紫苑や桔梗が真名を預けた時。


 今、思い返してみれば、機会は何度もあった。どこかの時に預けてしまえていれば。そう考えても後の祭りだ。関羽はもう一度、深いため息を吐いた。


 「何やってるんだ、こんなところで?」


 「ひゃっ……!?」


 いきなり傍で声を掛けられ、悲鳴ともつかない間抜けな声を上げてしまった。関羽のすぐ脇には、いつの間にか一刀が立っていた。慌てて路地の奥を見る。ついさっき、彼と一緒に遊んでいた子供達の姿は1人もなかった。


 激しく動揺した気恥ずかしさを誤魔化す様に、1つ大きな咳払いをする。


 「北郷殿こそ、今日は街の警邏だったはず。それが、子供達と一緒になって遊んでいるとは、一体どういう事か?」


 言わなければならないのはこんな事ではない。それは分かっているのに、言葉は止まらない。大切な事には口下手なくせに、嫌われる様な事にだけ饒舌になる自分の癖を恨めしく思った。


 「何だ、見てたのか。だったら声を掛けてくれればよかったのに。遊びながら、色々と街の様子を聞いていたんだ」


 「べ、別に、覗いてなど……。街の事に関する報告は、北郷殿のところにも行っているはずでは?」


 一刀に別段気にした様子は見えない。その事に安堵したせいか、口を滑らせかけてしまう。何とか取り繕えたか、と一刀の様子を窺う。やはり、気にした風ではなかった。


 むしろ、初めから自分の存在に気付いていたのではないか。そんな穿った考えが首をもたげる様にもなる程、一刀の態度は自然だ。


 「確かに報告書はもらっているけど、それとは違う話が聞けるかな、って思って。子供目線じゃないと気付けない事もあるし」


 そう言うと、一刀は悶々としている関羽を置いて歩き出そうとした。どこへ、という言葉が反射的に関羽の口を突く。


 「さっきの子から聞いた場所に行ってみようと思って」


 当たり前の返事だった。話を真面目に聞いていなかった、と自白したも同然である。あまりの空回り振りに、情けなくて笑いがこぼれそうになった。


 「特に用がないなら、一緒に行くか?」


 思いがけない言葉に関羽は顔を上げる。


 暗闇に差し込んだ一筋の光明。


 この好機を逃す訳にはいかない。恥ずかしさに尻込みする惰弱な心を奮い立たせ、光の筋へと手を伸ばす。


 「……そ、そうだな。北郷殿を1人にして、また、どこぞで遊びに呆けられても困るからな」


 足を数歩前に出し、一刀の隣に立つ。


 手は届いたはずだった。しかし、つかんだ瞬間、光の筋はパッとかき消された。


 「関羽様ーっ!」


 遠くから叫ぶ様な大声が聞こえてきた。呼ばれている本人は振り返ろうとはしない。せっかく、という思いが彼女を縛る。


 声はどんどんと近づいてくる。先に振り返ったのは一刀の方だった。


 「……なあ。呼んでるけど……」


 「分かっている。……何事だ!」


 うなだれながら返事をすると、振り向き様、やけくそ気味に叫んだ。大気を震わす絶叫に辺りにいた動物達は逃げ出し、街を行く人々も遠巻きに眺めるだけだった。




 「すまない、遅くなった。概要は連絡にきた兵から聞いたが、詳しい話を頼む」


 城へと戻った一刀と関羽は、そのまま軍議室へと直行した。息を切らせて部屋へと飛び込むと、普段通りの席に腰を下ろす。2人以外、すでに全員揃っていた。


 「はい。江陵より援軍の要請がありました。孫策軍が江夏を発ち、進軍を開始したためです。これについてはついさっき、我が軍の斥候からも同様の報告が入っています。その数はおよそ三万。江陵の守備兵とおおよそ同じです」


 そこで雛里は一同の顔を見回した。江陵に対して援軍を送るべきか否か。少女の瞳は意見を求めていた。


 劉備軍が荊州へと進出したのは荊州南部を治め、劉表が曹操や孫策と戦うのを支援するためだ。そこから考えれば、援軍を出す事に反対の余地はない。


 しかし、彼女達には別の思惑があった。それは、孫策との良好な形での接触である。


 現在、曹操は漢という広大な国の7割近くを領土としている。そして、残りの3割を桃香、劉表、孫策とで分けあっている格好だ。当然、国力の差は歴然としている。漢中争奪戦の様に局地戦であればともかく、正面から総力戦を行えば桃香達に勝ち目はない。曹操に対抗するためには、それ以外の勢力が協力し、連携して当たらなければならないのだ。そのためにも孫策との接触を図り、最終的には同盟関係を築きたいとも考えていた。


 とはいえ、現実は中々厳しい。一番の問題は、孫策と劉表の関係が最悪な状態にある事だ。劉表に味方すれば孫策と敵対する事になり、孫策との関係を優先すれば劉表の恩義に背く事になる。


 そして、今が正にそうだった。劉表と孫策、どちらを優先するのか。二者択一の選択を迫られている。


 そう簡単に答えの出せる問題ではなく、場の空気は重い。そんな中、詠がおもむろに立ち上がり自分の意見を述べ始めた。


 「ボクは劉表の援軍要請は無視し、このまま荊南の制圧を続行すべきだと思うわ。劉表の体調が優れないのは相変わらずなんでしょ? 後継者問題もはっきりしていない状況で、劉表を信用し過ぎるのは危険よ。下手をしたら、曹操に帰順される可能性だってある。なら、曹操との対決姿勢を打ち出している孫策の方が、味方として当てになるから」


 義理よりも実利を優先する考えだ。当然、義理堅い関羽の考えとは異なる。


 「劉表殿からは大恩を受けているのだぞ。貴様は桃香様を不忠者にするつもりか!」


 「そうは言ってないでしょ! なら、考えてみなさいよ。長男の劉奇じゃなく、次男の劉宗が跡継ぎになったらどうなるか。蔡瑁は桃香様の事をよく思ってない。このまま良好な関係を保てるかどうかすら、分かったもんじゃないのよ!」


 「詠ちゃん、少し落ち着いて……」


 月が詠を宥める。一刀はそれを横目に見ながら、状況説明をした後は一切口を開いていない雛里の事が気になっていた。


 「なあ、雛里はどう考えているんだ?」


 「……私は江陵に援軍を出すべきだと思います」


 しばらく悩む様に黙った後、詠とは反対の意見を述べた。


 「じゃあ、雛里は孫策と敵対するつもりなの?」


 「いえ。恐らく……、絶対と言ってもいいかもしれませんが、孫策軍とは戦闘になる事はありませんから」


 軍略には覚えがある詠だが、雛里の実力は自分よりも上だと自覚している。その雛里が珍しく自信満々に断言している。詠もこれ以上、異を唱える事は止めた。

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