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第1章-涼州編・第2話~馬寿成~

 武威郡。涼州の一番西、つまりは漢帝国の一番西の郡。シルクロードの漢帝国の入り口であり、辺境都市としては驚異的な繁栄を見せている。この郡の太守が馬超の母、馬騰である。


 馬岱の後ろに乗り換えてから約1時間後、一刀は武威の街の城門をくぐった。


 この時代の中国の街とは城と同義で、街の周囲を城壁が囲み、街の中にも城壁がある。その2重の城壁の内側に城、つまりは行政施設が存在する。


 内側の城門をくぐった所で3人は馬を降りる。一刀を侍女に任せると、2人は馬騰の所へ向かった。






 城の奥、馬騰の私室兼執務室の扉を開ける。その中には2人の女性が居た。


 「お帰り、翠、たんぽぽ」


 椅子に座った女性が2人に声をかけた。


 「ただいま、母様。報告書は読んでくれた?」


 そう言いながら、馬超達は座っている女性、馬騰に近づく。馬騰は視線を2人から自分の手元にある紙に移した。


 「読んだわよ。天の御遣い、ねぇ。詳しく話を聞かせてくれる?」


 馬騰の表情は、半信半疑、と言ったところだ。それを不満に思った馬岱が、一刀の事を話し始めた。


 白く輝く服を着ている事。真名を持っておらず、その存在すら知らない事。見た事もない不思議な筆を持っている事。


 それらを、馬岱は楽しそうに話す。


 「……そこら辺は報告書にも書いてあるわね。他には何かある?」


 「……そう言えば、あたしの事を、錦馬超、なんて呼んでたけど」


 馬岱が話している間、黙っていた馬超が口を開いた。それを聞いた馬騰、そして、もう1人の細身の女性の表情がピクリと動く。


 「まぁ、とりあえず会ってみましょう。2人とも、その彼を呼んで来てくれるかしら」


 馬騰の言葉に従い、馬超と馬岱は一刀を呼びに部屋から出て行った。


 「錦馬超の二つ名を知っているという事は、その彼は羌族の者でしょうか?」


 細身の女性が馬騰に尋ねる。


 「もし羌族なら名乗っているでしょ。それに、そんな技術も持っていないわ」






 羌族とは、漢帝国の西に暮らしている異民族である。以前は涼州に対して侵略行為を行っていたが、約20年前、馬騰がこの武威の太守の許に嫁いでから友好関係が築かれている。


 その理由は、馬騰の出自にある。彼女は漢民族の父と羌族の母を持つハーフであり、結婚するまで羌族の中で暮らしていた。


 そのため、馬超はクォーターと言う事になり、羌族の間で武勇と容姿を称えて錦馬超と呼ばれていたのである。






 「会ってみれば分かるわよ、鷹那。きっとね」


 そう言って、馬騰は少し笑った。






 侍女に案内され、一刀は城の中の一室に通されていた。部屋はベッドと机、椅子があるだけ、というシンプルな物だった。


 「とりあえず、綺麗にしておかないとな」


 一刀は1人呟き、上着を脱いだ。さっき馬超に馬から落とされた時に土の上を転がった為、制服はかなり汚れていた。部屋からは出ない様に言われていたため、窓を開けて上半身を外に出して制服の土をはたいて落とす。流石に完全には綺麗にならず、しょうがないと諦めて上着をベッドの脇に掛けた。


 「下もやった方がいいよな」


 ズボンも上着と同じ様に泥をはたいた。まんべんなくやった後、両手で広げて落ちたかどうか確認する。


 そこで一刀は、ズボンが裂けている事に気が付いた。それを見て、つい数時間前に死に直面していた事を思い出して身震いする。


 「……直そう」


 机の上に置いたカバンの中からソーイングセットを取り出すと、手慣れた手つきでズボンを直し始めた。


 一刀は高校から1人暮しをするにあたり、母親から家事全般をたたき込まれていたため、この程度の繕い物なら何の問題も無かった。


 ヨシッ、と呟きズボンをパンッ、と張った。


 「一刀さーん、入るよーっ」


 急に声がしたかと思うと、ノックも無しに扉が開けられた。そこには馬超と馬岱の2人が立っていた。


 「ノックくらいしろよ!」


 下着姿の下半身をズボンで隠しながら、一刀は2人に文句を言う。だが、2人から謝罪の言葉は返ってこない。


 「□△○×☆……。」


 馬超は一刀の下着姿に顔を真っ赤にし、アワアワと訳の分からない事を呟いている。一方、馬岱はそれとは逆に、興味津々といった表情で一刀の下着をまじまじと見ていた。


 「ふーん、天の国の下着って変わってるね」


 ニヒヒッ、と笑うと視線を下着から一刀の顔へと戻す。


 「じゃあ、たんぽぽ達は外で待ってるから、早くしてね」


 まだアワアワ言っている馬超の背中を押して、馬岱は部屋から出て行った。美少女2人に下着姿を見られて恥ずかしい思いをした一刀は、服を着直した後も部屋の扉を開けるのをしばらくためらった。






 馬超と馬岱の2人に連れられて、城の奥へと入って行く。しばらく歩くと1つの部屋の前で止まった。


 「母様、入るぞ」


 馬超は扉を開けて中に入る。それに続いて一刀が入り、最後に馬岱が入って扉を閉めた。


 一刀と机を挟んで1人の女性が座り、その横に細身の女性が立つ。馬超と馬岱もその横に並んだ。


 「私がこの武威の太守の馬騰よ」


 椅子に腰掛けた女性が、座ったままで名乗る。一刀も直立不動で名乗った。それを聞いて馬騰は少し微笑んだ。


 「よろしく、一刀君。……私は回りくどいのは苦手だから、単刀直入に聞くわね。あなた、天の御遣いなの?」


 余りにもストレートな聞き方に、馬超と馬岱は少し驚いた顔をした。


 「……たぶん、違うと思います」


 一刀の返答を聞いた馬岱は、エーッ、と思い切り不満の声を上げた。その横で馬超は、ほらな、とでも言いたそうな顔をしている。だが、馬騰と細身の女性は一刀の言葉にひっかかった。


 「たぶん、とはどういう事かしら?あなたの事でしょう?」


 そう言った馬騰の表情には、先程までのにこやかな感じは無かった。しばらくの沈黙の後、一刀は口を開く。


 「……俺は、この世界の人間じゃありませんから。だから、もし俺のいた国をあなた達が天の国と呼ぶのなら、そういう事になるのかもしれません。でも、俺にはそんな力も知識もありませんけど」


 馬岱の馬の背に乗っている時から、一刀はどこまで自分の事を話すか、と言う事を考えていた。


 この世界の人間ではない事を完全に隠す事は無理だと考えている。そんな事をすれば、信用してもらえないだろう。だが、自分が未来から来た事だけは隠しておいた方が良い、そう一刀は考えていた。


 これからの歴史を知っている、それは一刀の切り札になると同時に、最も危険なカードになりかねない。敵対する勢力から見れば、これ程厄介な存在は無いからだ。


 馬騰は一刀の目をじっと見つめる。一刀は、まるで心の奥底まで見抜かれる様な感覚に襲われていたが、それでも目を逸らす事はしなかった。


 どれ程の時間そうしていただろうか。不意に馬騰は視線を外して微笑んだ。それを見て、一刀の緊張も緩む。


 「ところで、これからどうするつもりなの? 天の国から来た、と言う事は、何かしらの目的なり理由なりがあるのでしょう?」


 「それが、寝て起きたらこの世界にいて……。正直、どうやってここに来たのかも分からないんです。だから、どうする、と聞かれても……」


 一刀は少し俯きながら言った。


 「……なら、うちで働いてみる? お金も無いんでしょう。あなたが元の世界に戻る術を探すにしても、そうでないにしても、この世界の知識も必要でしょうし」


 確かに、馬騰の言う通りだった。それは一刀も十分に分かっていた。本来なら、一刀の方から言いたかった事を相手の方から言ってくれた。渡りに船とばかりに返事をする。


 「はい。よろしくお願いします」


 だが、その言葉を言い切らないうちに、馬超が声をあげた。


 「あたしは反対だ、母様。こんな得体の知れない奴」


 「翠、彼は私の民を助けてくれたのよ。その恩人が困っているのに、あなたは見捨てると言うの?」


 「そうじゃないけど、でも、そいつはあたしの……」


 馬超の言葉はだんだんと小さくなり、聞き取れなくなる。その横では、馬岱がニヤニヤしていた。


 「とにかく、あたしは認めないからな!」


 赤く染まった顔で叫ぶ様に言うと、馬超は大股で歩いて部屋から出て行ってしまった。その様子を見て、馬騰は少し笑いながらため息をついた。


 「まあ、あの子の事は置いておくとして……。改めて、私は馬騰、字は寿成。よろしくね、一刀君」


 馬騰は柔らかく微笑み、改めて名乗った。馬超や馬岱と同じ明るい茶色の髪を背中でまとめた馬騰の容姿は若く、とても自分と同い年位の娘がいる様には見えない。


 続けて、今まで黙っていた細身の女性が口を開く。


 「鳳徳、字は令明です。よろしくお願いします、一刀さん」


 鳳徳は、馬騰とは対照的に無表情で名乗った。馬騰達とは異なり、黒髪のショートヘアー。身長は一刀より少し低い位のスレンダーな美女。と言うよりも、馬岱と比べても残念な胸をしていた。


 「……何か失礼な事を考えていませんか?」


 頭の中を見透かされ、一刀は慌ててごまかす。


 「とりあえず、今日は休みなさい。詳しい事は、明日話しましょう」


 一刀は1つお辞儀をし、馬岱に連れられて部屋を出た。その後で、鳳徳は馬騰に話し掛ける。


 「よろしいのですか、琥珀様」


 「あら、鷹那も反対?」


 そう言って、馬騰は鳳徳を見上げる。


 「いえ、琥珀様が決められた事ですから。ですが、信用出来ないのは確かです」


 鳳徳は未だ表情も姿勢も崩さずに答えた。それに対し、馬騰は先程一刀が出て行った扉を見ながら、


 「信用なんて物は、自分の力で勝ち取る物でしょ。彼が本物ならそれでよし。違っていたら違っていたで、まぁ、その時考えましょう」


 と言って笑った。






 「ん〜っ!」


 今日の仕事を終えた一刀は、渡り廊下の真ん中で大きく伸びをした。


 彼がこの世界に来てからすでに1週間。その間、毎日が仕事だった。とはいえ、この国の文字の読み書きが出来ない一刀にこなせる仕事など、たかが知れている。よって、仕事時間の実に9割が、読み書きの勉強に充てられていた。


 ちなみに、彼が今着ている服は学園の制服ではない。馬騰からの指示で、制服は部屋のクローゼットの中に大切にしまってあり、今現在は支給された文官用の服を着ている。


 これからどうしようか、と一刀は考えていた。晩御飯まではまだ1時間程ある。街への外出が許可されていない一刀は、暇な時に城内の探索をしていたが、昨日まででそれもほぼ終わった。


 部屋に戻ってのんびりしようか、そう思った矢先、一刀は自分の名前を呼ばれた。辺りを見回すと、中庭に馬騰の姿が見えた。手招きされるままに近付いて行く。


 「お帰りなさい、馬騰さん。いつ戻ったんですか?」


 芝生に座る馬騰の横に立ち、一刀は尋ねた。


 「今日の昼過ぎよ。久しぶりの遠征は疲れるわ」


 馬騰は一刀が来た翌日から、馬超と馬岱を伴って国境を侵した異民族、匈奴の討伐に遠征に出ていた。その遠征から、やっと帰って来たのである。


 「ご苦労様です。でも、こんな所で何やってるんですか?」


 馬騰は無言で前方を指差した。そこでは馬超と馬岱が槍を持ち、鍛練を行っていた。馬超の華麗な槍捌きに一刀は見惚れてしまう。


 「ところで、一刀君。たんぽぽから聞いたんだけど、翠の胸を触ったんですって?それに、自分の下着姿も見せ付けたそうね」


 馬騰の言葉に一刀の意識は現実へと引き戻された。


 「……いや、触ったのは不可抗力だし、見せ付けたんじゃなくて、むしろ見られたんですから」


 怒られる、と思った一刀は言い訳をするが、馬騰は一刀の予想とは違う事を口にする。


 「で、どうかしら。うちの娘は」


 「え? どう、って……?」


 そんな疑問の声を無視して馬騰は話を続ける。


 「母親の私が言うのも何だけど、あの子可愛いでしょ。でも、ガサツな性格のせいか、男の子に縁が無くてね。一刀君さえ良ければ、貰ってくれない?」


 あまりに唐突な話に、思わず一刀は吹き出した。


 「あ、もちろん婿に来てくれるのなら、それに越した事は無いけど」


 「いや、あの……」


 当然、馬騰は冗談で言ったのだが、一刀はどもってしまう。その様子を見て、馬騰は楽しそうに微笑んでいた。


 「イタッ!」


 2人は急に響いた声の方に顔を向ける。そこには頭を押さえてうずくまる馬岱と、その馬岱に向けて槍を構える馬超の姿があった。


 「う〜、痛〜い……」


 頭をさすりながら、馬岱は立ち上がる。馬超は構えを解くと、馬岱と共に馬騰達の方に歩き出した。


 楽しげに談笑しながら歩く2人。その2人の姿を見ていた一刀と馬超の視線が不意に合う。と、馬超の表情は一見して不機嫌と分かる物に変わり、プイッ、とそっぽを向いてしまった。


 「あっ! 一刀さん、久しぶりーっ!」


 馬超とは対照的に、馬岱はにこやかな表情で一刀に駆け寄る。


 「お帰り、馬岱。相変わらず元気そうだね」


 もちろん、と馬岱は元気に返事をする。


 「何やってるんだよ。仕事は終わったのか?」


 ぶっきらぼうに話し掛ける馬超。気まずい一刀はそれに対して、うん、とだけ返した。その2人の雰囲気を見兼ねてか、馬騰が一刀に尋ねる。


 「一刀君は、何か武術の心得はあるの? 槍術でも弓術でも、何でもいいんだけど」


 「小さい頃から剣術は習ってましたけど……」


 でも、そんなに強くないですよ。そう言うより早く、馬騰が喋り出す。


 「じゃあ一刀君。翠と勝負しなさい」


 「えぇっ!?」


 突然の事に、2人の声が重なる。


 「ちょっと! 無理ですよ、そんなの!」


 だが、一刀のそんな抗議を無視して馬騰は続ける。


 「翠、小さい頃から私が言ってきた事、忘れた訳じゃないわよね」


 その言葉に馬超の表情は引き締まる。その表情のまま一刀を一瞥すると、振り返って中庭の真ん中の方へと歩いていってしまった。


 自分と相手の力量を計る事ができるぐらいの実力は、一刀にもある。逆立ちをしても、自分では馬超に適わない事は分かっている。しかし、先程の馬超の表情は一刀から逃げの気持ちを捨てさせた。


 「どうぞ」


 その声と共に、一刀の目の前に剣が差し出される。つい数十分前まで一緒に仕事をしていた鳳徳が、いつの間にか側に来ていた。


 それを受け取る一刀。竹刀はもちろん、使い慣れた木刀よりもズシリと重い。両手で剣を持ち、目線の高さまで上げると刀身を鞘から抜いた。刃引きした訓練用の剣である事に安心した一刀は、鞘を鳳徳に返して馬超の方へと歩いていく。


 「じゃあいくぜ、一刀」


 2人は互いに武器を構える。馬超は左足を引いて半身の状態。一方、一刀は剣を正眼で構えた。


 『すごい…。全く隙が無い』


 一刀の目には、馬超の構えは無駄な力の入っていない自然体に映る。その隙の無さに一刀は動けない。


 「来ないのか? なら、こっちから!」


 右足を踏み込むのと同時に、猛烈な速さの突きが放たれた。


 「うわっ!」


 一刀は体を大きく振ってなんとかかわす。続けて繰り出される無数の突きを、剣で打ち払い、体を振って下がりながら回避していく。


 「少しはやるみたいだな」


 突きを繰り出しながら馬超は呟く。表情からも余裕がうかがえる馬超に対し、一刀は突きをかわす事に精一杯で、馬超の呟きにも気が付かなかった。


 「はあぁっ!」


 気合いと共に、さらに強烈な一撃を放つ。一刀はそれを、ギリギリのところで自分の左へと打ち払う。


 それに対し、馬超は左足を大きく踏み込んだ。槍の穂先を引き、その反動を使って一刀の脇腹に柄を打ち込む。


 「ぐっ!」


 激しい痛みと衝撃で2、3歩よろける一刀。痛みにその顔が歪む。


 「どうした、一刀。もう、やめるのか?」


 馬超は未だ構えたまま、一刀を見据える。


 左手で痛む右脇腹を押さえたまま、一刀は顔を上げ、真っ直ぐに馬超を見返した。


 結局、一刀も漢であり、武人であった。このまま何もせずに終わるつもりは毛頭無い。せめて一太刀、その気概で痛みに耐え、無理矢理に上体を起こす。左手を脇腹から離し、一刀は構え直した。しかし、先程の様に正眼には構えない。両手を添えた剣を頭上に掲げ、上段に構え直した。


 馬超は一刀のその構えを見て槍を握り直す。彼の瞳に諦めや脅えの色が見えなかったからだ。


 地面を強く蹴り、馬超に迫る。この試合、初めて一刀から攻めた。


 「はあーっ!」


 気合を乗せた剣が上段から振り下ろされる。間合いで劣る槍に対抗するため、少し遠間から、左手1本での打ち込みだ。


 だが、全力で放ったその一撃は呆気なくかわされてしまった。剣を大地に叩き付けた衝撃が一刀の左腕を伝う。一瞬、一刀の動きが止まった。


 次の瞬間、首筋に強い力がかかり、一刀は大地に押し倒された。彼が目を開けると、目の前には布巻きの穂先が突き付けられていた。


 「……参りました」


 一刀はうなだれて負けを認める。それを受けて、馬超は構えを解いた。


 「……ほら」


 その声で一刀が顔を上げると、馬超の手が差し出されていた。その手を掴み立ち上がる。女性らしい柔らかさに、一刀の心臓が跳ねた。


 「まぁ、悪い奴じゃないみたいだし、認めてやる」


 馬超は少し頬を赤らめ、一刀と視線を外して言った。


 「あ、ありがとう。でも、どうして……?」


 「あたしと打ち合っていた時のお前の目を見れば分かるよ。相手の目を見れば、そいつがやましい事を考えているかどうかは分かる。追い込まれた時ならなおさら。そう母様には教わって来たし。まあ、信用してやるさ」


 一刀は離れた所にいる馬騰を見た。彼女は笑顔で2人を見ていた。






 翌日、初めての休日を貰った一刀は、同じく休みとなった馬超と馬岱の2人に武威の街を案内してもらっていた。城を出て一旦正門まで向かった後、改めて中央通りを歩く。


 この武威の街を見るのはこれが2回目だ。最初の時は考え事をしていたために殆ど街の様子を見なかったが、こうして改めて見てみると、非常に活気付いている様に見えた。


 中央通りを端から端まで歩いた後、いくつかの脇道も覗く。中央通り程ではないが、店舗も人も多く賑わっている。そうして歩いているうちに、いつの間にか日が高くなっていた。


 「じゃあ、そろそろ昼飯にするか」


 空を見上げた馬超は、そう言うと角を曲がって1本隣の通りに入った。そこから少し歩き、1軒の食堂の暖簾をくぐる。


 一刀には正確な時間は分からないが、太陽の位置からすればまだ正午前だろう。にもかかわらず、店の中は客で一杯だった。


 「おう、いらっしゃい、馬超様!」


 厨房で中華鍋を振る主人が、馬超の姿を見て威勢の良い声をかける。どうやら、顔馴染みらしい。馬超は挨拶を返すと、空いている席に腰掛けた。一刀と馬岱もそれに倣う。


 しばらく待っていると、ウェイトレスがやって来てメニューを3人に手渡した。一刀はメニューを開いて見てみる。分かる単語は存在しなかったが、いくつかの文字は読めた。一刀は勉強の成果を実感すると共に、明日からも頑張ろうと心に決めたのだった。


 ともかく、メニューの読めない一刀は注文を馬超に一任する。メニューを閉じ、いつもの、とだけ伝えるとウェイトレスは下がった。


 「で、どうだ、この街は。良い街だろ?」


 「そうだな。人は多いし、物も店も一杯だし。特に、街の人達の顔が明るいな」


 そうだろ、と言って、馬超は満足そうに頷く。


 「でも、何か意外だな。2人とも太守の血縁者なのに、みんな心安く話し掛けてくるからさ」


 この店に来るまでに、何人に声を掛けられたか分からない。それも、面白い商品が入荷したから見ていけだの、知り合いが出産しただの、世間話ばかり。しかし、それが2人と街の人達の近さを物語っていた。


 「お姉様もたんぽぽも、気取ったりとか苦手だしね」


 馬岱がそう言ったところで料理が運ばれて来る。1人に1皿ずつの炒飯と大皿に盛られた酢豚。美味しそうな匂いに食欲をそそられて箸を付けようとすると、続けて料理が運ばれて来た。


 回鍋肉、青椒肉絲といった一刀にも馴染みのある物から、全く見た事もない様な料理まで、大量の皿が8人掛けのテーブルの上に所狭しと並べられる。あまりの量に唖然とする一刀を尻目に、馬超は猛烈な勢いで食べ始めた。


 「何だ、食べないのか?」


 まだ、口の中に残っている状態で喋る馬超に、一刀は少し引きつった笑みで曖昧な返事をした。再び目の前の料理に夢中になる馬超を横目に、普通に食事をしている馬岱に小声で話し掛ける。


 「なあ、いつもこんな量食べるのか?」


 そうだよ、と、ちゃんと咀嚼してから喋る馬岱。


 一心不乱に食事をする馬超を見て、


 『アイドルよりも、フードファイターの方が人気が出そうだな』


 等と考えながら、一刀は目の前の酢豚に手を伸ばした。

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