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第2章-洛陽編・第5話~忠将華雄~

 軍議の翌日、連合軍は野営地を引き払い、氾水関へ向けて進軍を開始した。とはいえ、氾水関まで大した距離がある訳でもない。朝に野営地を発って、夕方には目的地に新たな陣を設営していた。


 次の日の昼過ぎになって、ようやく袁紹から諸侯の配置が通達された。前曲中央に袁紹軍、その両翼には曹操軍と劉表軍を配置する。袁紹軍の兵数が多いため、両翼は直接関攻めには参加せず、援護が主な役目になってくる。


 袁紹軍に次いで兵数の多い袁術軍は、本陣の守備へと回された。客将である孫策達もここだった。


 その袁術軍の前、袁紹軍の後方に劉備軍や他の諸侯が配置される。また、ほぼ騎兵のみで編成される馬騰軍と公孫賛軍は、劉備達の両翼をそれぞれ割り当てられた。






 「おーっほっほっ!」


 氾水関に向けて進む袁紹軍の中軍に高笑いが響く。その笑い声の主である袁紹は、屈強な男達が担ぐ輿の上にいた。何がそんなに楽しいのか、非常に満足気な表情で笑い続けている。


 そんな彼女の元に、前方から報告が届いた。内容は、董卓軍が氾水関の城門前に部隊を展開させている、という物だった。報告を聞いた袁紹は、ため息を吐きながら首を横に数回振った。


 「まったく、董卓さんという方はおバカさんですわね。わざわざ有利な場所を捨てるなど……」


 守備側は拠点に拠って戦う方が有利、その位の知識は彼女にもある様だ。


 袁紹が言った通り、兵力差の大きいこの状況では、普通に考えれば籠城以外に手は無い。そうして少しずつ戦力を削り、大兵力を擁した遠征の際に問題になりやすい兵糧を攻めるのが常道だろう。それをしてこない、となれば、何らかの計略がある、と見るべきだ。


 しかし、そこまでの頭は彼女には無かった。前線を預かる顔良・文醜両将軍に突撃命令を出すと、輿の上で再び高笑いを始めた。






 「よし、やっと暴れられるな」


 袁紹からの突撃命令を受けた文醜は、早く戦いたい、と言わんばかりに腕を回している。一方、袁紹軍唯一の常識人である顔良は、董卓軍の動きに不安を感じていた。


 「ねえ、文ちゃん。やっぱりちゃんと調べた方がいいよ」


 「何言ってんだよ、斗詩。相手は多く見積もっても五千人位だろ。何があっても負けっこないって」


 顔良の心配などまったく気にする様子の無い文醜。尚も不安そうにしている顔良に対し、言葉を続ける。


 「あんまりのんびりしてると、麗羽様に怒られるだろ?」


 「う~……。じゃあ、文ちゃんは前線で指揮をお願い。私は少し下がって、何かあった時に対応出来る様にするから」


 心配性だな、と返したものの、文醜には反対するつもりは無かった。剣を振るえるのであれば、それでよかった。


 結論から言えば、顔良の心配は取り越し苦労だった。董卓軍の狙いは、何かあるのではないか、と思わせて、行軍を遅らせる事だったからだ。






 「どうやら、見抜かれた様だな」


 氾水関の前に展開している部隊を率いる華雄は、馬上でそう呟いた。実際には見抜かれた訳では無いのだが、結果から見れば一緒だった。


 袁紹軍は砂塵を上げながら氾水関に向かって来る。華雄達はこのまま関へと後退すれば無傷で済むが、それでは袁紹軍を勢い付かせるだけ。自軍の士気を上げるためにも、一戦交えてから引き上げる事になっていた。


 「袁紹軍ごとき弱兵共に後れを取る様な者は、我が華雄隊にはおらんだろうな!?」


 応、と喊声が上がる。それを聞いて、華雄は兵達から袁紹軍の方に向き直った。


 「全軍、突撃ーっ! 袁紹軍を蹴散らしてやれ!」


 号令を掛けた華雄は、自ら部隊の先頭に立って袁紹軍へ突っ込んで行った。


 激しくぶつかる両軍。華雄隊四千に対し、文醜隊は一万。数の上では文醜隊が圧倒的に有利だったが、初撃ではむしろ華雄隊が押していた。これは、兵の質の差が原因だった。


 董卓軍や馬騰軍のほとんどを占める軽騎兵は涼州兵と呼ばれ、この当時、最強を謳われていた。


 涼州は良馬の産地である。そのため、他の地域よりも騎馬を揃え易い。また、人々が馬に接する機会も多く、兵達は総じて馬術に長けている。しかし、涼州兵を最強足らしめているのは、実践経験の豊富さであった。


 黄巾の乱があったとはいえ、中原は基本的に平和だった。それに対し、涼州は常に異民族の脅威にさらされてきた。そのため、兵達は数々の実戦を経験し、鍛えられているのである。


 個の戦いでは華雄隊が勝っていた。しかし、数で勝る文醜隊は華雄隊を包囲する様に展開する。その時、氾水関の上で激しく銅鑼が打ち鳴らされた。


 「合図か……。者共、撤退するぞ!」


 華雄の命令を受けた兵達は、素早く反転して後退を始める。文醜隊はそれを追撃するが、わずかに速度が及ばずに追い付かない。そのままズルズルと引っ張られ、氾水関へと近付いて行く。


 「待てーっ! アタイと勝負しろ!」


 背中から響く文醜の叫びを聞いて、華雄はわずかに笑う。そして、右手に握られた戦斧、金剛爆斧を高く掲げた。その直後、氾水関から文醜隊に向かって無数の矢が放たれる。雨の様に降り注ぐ矢の嵐に、文醜隊は次々と倒れていった。


 深追いし過ぎた事に気付き、文醜は部隊を後退させようと号令を出す。しかし、部隊の前部は混乱しており、彼女の命令が届かずに多くの兵が討ち取られてしまう。その様子を見ながら、華雄は悠々と氾水関へと帰還した。


 馬を兵に預けると、華雄は氾水関の城壁上へと向かった。


 「おう、ご苦労やったな、華雄」


 到着するなり、張遼が声を掛けた。


 「ふん、あの程度の敵、どうという事は無い。それより、撤退指示が少し早かったのではないか? 我々はまだやれたぞ」


 腕を組んだ華雄は不満顔だ。だが、張遼とて何の考えも無しに撤退指示を出した訳では無い。城壁の上から戦場を見渡していた彼女には、右翼にいた曹操軍が華雄隊の後方を窺う動きを見せた事が分かった。退路を断たれて全滅、という最悪の状況を回避するために、張遼は若干早いタイミングで撤退指示を出していたのだった。


 その事を伝えられても、華雄はまだ少し不満そうだった。


 「分かっとるんやろな。ウチ等の目的は……」


 「月様が逃げるまでの時間を稼ぐのだろう? 分かっている。だから、お前の指示に従って戻って来たのだ」


 華雄は自分を諭す様に話し出した張遼の言葉を遮る。そして、壁面に立て掛けておいた戦斧を手に取ると、馬面の一番前にまで進む。


 「貴様等がいくら来ようと、月様は私が必ず守る!」


 華雄は連合軍を睨み付けたまま、戦斧を床に突き立てて吠えた。






 後退して来た文醜隊と合流した袁紹軍本隊は、部隊を編成し直すと、本格的に氾水関の攻略を開始した。と言っても、ただ数に任せて正面から突撃するだけ。陥落させられる雰囲気もまったく無いまま、被害のみが広がっていく。


 「猪々子さん、斗詩さん、氾水関はまだ落とせませんの!?」


 袁紹軍が氾水関を攻撃し始めてから3日。遅々として攻略が進まない事に腹を立てた袁紹は、顔良と文醜を天幕に呼び付け、朝から2人を怒鳴った。


 「でも、麗羽様~」


 「でももへったくれもありませんわ。貴方達は名門袁家の将軍ですのよ。それが、あの様な田舎者すら討つ事が出来ないなどと、恥ずかしいとは思いませんの?」


 甘える様な声を出す文醜に対し、袁紹はピシャリと言い放つ。さらに説教を続けようとしたところで、報告のために1人の兵士が天幕に入って来た。邪魔をされた袁紹は、一目見て不機嫌と分かる顔になった。そんな彼女に代わり、顔良が報告を受ける。


 「麗羽様にお会いしたい、という方が見えているそうなんですが……」


 「忙しいのですから後になさい!」


 予想通りの反応に、顔良は袁紹から見えない様、うつむいてから軽くため息を吐く。そのまま体を兵士の方に向け、顔を上げた。そんな彼女の瞳に、天幕の入り口に垂れる布を捲る人物が映った。


 「だいぶ苦戦している様ね、麗羽」


 そこにいたのは曹操とその護衛である夏侯惇だった。2人は許可も無いのにずかずかと入って来る。


 「べ、別に苦戦などしていませんわ。あんな関の1つや2つ、すぐにでも落として見せます」


 もちろん、袁紹にそんな手立ては無い。あくまで強がりだ。そんな袁紹の様子を見て、曹操はかすかに笑みを見せた。


 付き合いの長い曹操には、袁紹の言葉が強い自尊心から来る出任せである事が分かっている。曹操の笑みは嘲笑だった。しかし、袁紹はそれに気付かず、何の用か尋ねた。


 「氾水関を突破する方法を考えたのだけれど……、必要無かった様ね」


 そう言うと、曹操は立ち去ろうと踵を返した。袁紹は慌ててその背中を引き止める。


 「お待ちなさい!」


 その声に足を止めた曹操。しかし、袁紹の方に振り返ろうとはしない。


 「その方法とは、一体何ですの?」


 「あら、すぐに氾水関を抜いてみせるのではなかったかしら?」


 嫌味混じりに言いながら、曹操は振り返る。ぐっ、と言葉に詰まる袁紹。しかし、それも一瞬だった。


 「……もちろん、手は考えてあります。ですが、せっかく華琳さんが私のため、夜も寝ずに考えてくれた策ですもの。それを聞かずに帰してしまう程、私は薄情ではありませんわ。まぁ、参考までに聞いて差し上げましょう」


 教えて欲しくて仕方が無いのに、よくここまで尊大な態度がとれるものだ。自分の主を見て、顔良は今更ながらにそう思った。


 そのまま横目でチラリと曹操に目をやる。さっきまでと変わらず薄く笑みを浮かべている様を見て、顔良は安堵した。しかし、実際のところ、曹操のこめかみには青筋が立っており、無理矢理笑顔を作っているだけだった。


 何とか平静を装ったまま、曹操は話し始める。


 「簡単な事よ。甲羅にこもった亀は殺せない。亀を殺そうと思えば、首を甲羅の外に出させればいい」


 それを聞いた袁紹は、怪訝そうな顔を曹操に向けた。


 「亀? 亀を殺そうなどとは思っていませんわ。そもそも、どこに亀がいるとおっしゃるつもりかしら。全く、貴方に期待した私がバカでしたわね」


 いかにもがっかりした感じで、袁紹は大きなため息を吐いた。


 当然だが、曹操がしたのは例え話である。亀とは董卓軍、甲羅は氾水関、首は軍を率いる将の事を差している。それを直接的な意味にとられ、なおかつバカにされた。曹操は、はらわたの煮え繰り返る思いだった。


 そんな事とは微塵も疑っていない袁紹と文醜の横で、顔良は顎に手を当て何事か呟いている。と、何か得心がいったのか、その顔はパアッと明るくなる。そして、


 「ありがとうございました、曹操さん」


 と、頭を下げた。


 「……細かい事は、貴方が考えなさい。じゃあ、失礼するわ」


 それだけ言い残し、曹操と夏侯惇は立ち去った。2人が消えた天幕で、顔良は全く話の見えていない袁紹達に説明を始める。


 一方、天幕の外では、曹操が後ろを歩く夏侯惇に声を掛けた。


 「春蘭、貴方には私の言った事の意味が分かったかしら?」


 突然の問いに、夏侯惇はドキリとする。


 「……もも、も、もちろんです、華琳様」


 こんなどもり方をしては、分かってない、と言っている様な物だ。足を止めた曹操は、夏侯惇の方に振り返ると意地の悪そうな笑みを見せた。


 「なら、答えてもらおうかしら? でも、間違っている時は、分かっているわね?」


 狼狽する夏侯惇。その顔を見た曹操は、溜飲が下がる思いだった。






 氾水関の上に立つ張遼は、袁紹軍の動きが昨日までとは違う事に気付いた。何も考えずに突撃だけを繰り返していたのが、今日はある程度離れた場所に整列している。何を始めるつもりか、じっと観察していると、一斉に何かを叫び始めた。てんでばらばらな事を叫んでいるため、何を言っているのか、ハッキリとは分からない。しかし、どうやら華雄の武を罵り、辱めている様だ。


 挑発。張遼は袁紹軍の目的をそう見抜いた。正面からの正攻法で突破出来ない以上、何らかの策を用いて来るのは当然だった。


 張遼は横にいる華雄に目を遣る。だが、彼女には全く意に介した様子が見えない。むしろ、彼女の部下の方が気にしている様だ。数時間もしない内に、兵士達は袁紹軍への怒りを口にし始めた。


 「華雄将軍! あんな奴等に好き放題言わせておいて、よろしいのですか!?」


 血気に逸る部下の問いに、張本人である華雄は冷静に応じる。


 「無論、腹は立つ。だが、我等の目的は何だ? 言ってみろ」


 「……董卓様を御護りする事、です」


 部下の1人が答えた。うつむいているその様子から、華雄の言わんとしている事は分かったのだろう。


 「そうだ、董卓様を御護りする事が全て。それに比べれば、私の勇名などどうでもいい」


 そう言うと、華雄は部下達に背を向ける。そんな彼女の様子に安心する張遼。


 「ほんなら、こっちは任せるわ。ウチは周辺の偵察に行って来る」


 張遼は部下数人を引きつれて氾水関から出て行った。






 「斗詩~、全然効果無いじゃんか」


 1日罵倒し続けても、董卓軍は全く氾水関から出て来る様子を見せなかった。すっかり疲れ果てた顔で、文醜は顔良に文句を言う。


 「おかしいなぁ。緒戦で自ら部隊を率いて打って出たから、絶対自分の武勇に自信を持っている、と思ったのに」


 当てが外れた顔良は、少し困り顔だ。


 「アタイがあんな事言われたら、間違い無く飛び出すけどな」


 「もう、文ちゃんが引っ掛かってどうするの」


 呆れた発言をする文醜に、顔良はため息混じりに返した。そうしながら、明日は少し攻める方向を変えてみよう、と思った。






 翌日も張遼は周辺の偵察を行っていた。氾水関の裏門から出て、崖の上へと赴く。下を見れば、袁紹軍が何やら大声を上げている。張遼には、何を言っているかまでは分からない。だが、前日と変わらず挑発をしているのだろう、と予想していた。


 「意味もあらへんのに、御苦労な事や。……って、何しとんねん、あいつ!」


 張遼の目に飛び込んで来たのは、勢い良く開かれた氾水関の城門と、そこから駆け出す騎兵の群れ、そして、先頭を駆ける華雄の姿だった。予想外の事態に、張遼は今来た道を慌てて引き返した。


 裏門から氾水関に入るなり、1人の兵が張遼の傍に駆け寄ってくる。そのまま報告を始めるが、張遼はそれを遮った。


 「上から見て分かっとる。それより、どういう事や?」


 「それが、奴等、今日は華雄将軍ではなく、董卓様の事を辱めて……」


 「それで、頭に来て飛び出した、っちゅう訳か。全く、アイツと詠はどんだけ月の事が好きやねん」


 張遼は眉間にしわを寄せて呟く。その様子を見て、どうすればいいか、兵士は恐る恐る尋ねた。


 「ほっとく訳にもいかんやろ。張遼隊、出陣準備をせい! 華雄を助けに出るで!」


 張遼の掛け声に、部下達は喊声で応える。


 「こうなった以上、氾水関はもうもたん。指示しとった通りに撤退準備をせえ。洛陽と虎牢関に早馬を送るんも忘れんなや」


 張遼の傍にいた兵も返事をし、その場から離れて行った。


 こうして氾水関の戦いは、激しく動き出すのであった。

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