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第2章-洛陽編・第4話~劉玄徳~

 「劉備さん、俺達を手伝ってくれないか?」


 劉備の口から、えっ、と声が漏れた。だが、驚いたのは劉備だけではない。翠と蒲公英もそれ以上に驚いた表情をしている。


 一刀が言った手伝いとは、当然だが董卓の救出作戦の事だ。当たり前の様に超重要機密で、他者に漏らすなど有り得ない。思わず止めようとした翠と一刀の視線が交わる。だが、その真剣な眼差しを見た翠は、それまで言おうとしていた言葉を呑んでしまう。そして、1つため息を吐いた後、別の言葉を口から出した。


 「劉備、あたしの話を聞いてくれるか?」






 翠達は劉備達とテーブルを挟んで座り、董卓の人柄から連合が結成される経緯、董卓の脱出計画に至るまで、全てを説明する。最初の内こそ翠が説明していたものの、途中からは、ずっと一刀が喋り続けていた。不安そうだった劉備の顔は、話が進むにつれて明るくなっていく。


 「……と、言う訳なんだ。どうだろう、劉備さん。董卓を助けるのに手を貸してもらえないかな」


 手を貸す、と言っても、特に何をする訳でもない。時間稼ぎが目的である以上、むしろ何もしない方がいい位だ。一刀が指示したのは、董卓軍との戦闘を出来る範囲で回避する事だった。さらには、これまでの話の中で、手伝ってくれた場合の見返りについても話している。決して劉備軍にとって悪い話では無いはずだ。


 「もちろん、私達は御遣い様に協力します。愛紗ちゃん、いいよね?」


 劉備は、当然、と言う感じで関羽達に話し掛ける。しかし、張飛以外の3人は納得していない事が表情から分かった。劉備もそれに気付いたらしく、悲しそうな顔になってしまった。


 「3人は嫌なの? 董卓さんを助ける事には反対?」


 「いえ、そうでは……」


 劉備の問いに言い淀む関羽に代わり、諸葛亮がはっきりと答える。


 「桃香様の掲げられた理想から言えば、馬騰軍に協力して董卓さんを助けるのは当然の事でしょう。提示された見返りから考えても、軍師としては反対する理由はありません。しかし、雛里ちゃんや愛紗さんも同じだと思いますが、北郷一刀さん、私には貴方が信じられないのです」


 諸葛亮の発言を、当然だな、と思いながら聞く一刀。天の御遣い、などと言う肩書きを胡散臭く感じるのは当たり前で、劉備の様に頭から信じる方がおかしい。一刀からしてみれば、裏を疑いたくなってしまう位だ。


 だが、劉備に裏など無い。彼女は黙ったままの一刀を擁護する。


 「御遣い様は絶対本物だよ! それは私が保証する!」


 一刀本人ですら確証の無い事を、劉備は何を根拠にしてここまではっきりと言い切ったのかは分からない。しかし、諸葛亮が言ったのはそういう事ではなかった。


 「桃香様、私は北郷さんが御遣いである事が疑わしい、と言っている訳ではありません。北郷さん自身に信用がおけないんです」


 諸葛亮の隣で、鳳統が何も言わずに頷く。劉備はそんな2人から、一刀の方へと顔を向けた。表情から、一刀が気を悪くしていないか心配しているのがうかがえる。わずかに微笑み首を横に振った一刀は、諸葛亮の言葉に神経を集中させる。


 「先程の軍議の席で、桃香様の事を草鞋売りだとおっしゃっていましたが、北郷さん、貴方はどこでそれを知ったんですか?」


 その言葉の意味が理解出来ず、返答に詰まる一刀。そんな彼に、諸葛亮は愛らしい容姿には似付かわしくない鋭い眼光を放ちながら、さらに言葉をぶつけていく。


 「桃香様が中山靖王劉勝様の血を引かれている事は、桃香様の名を高めるために広めました。しかし、草鞋を売って生計を立てていたのは、私ですら知らなかった事。なのに、一体どうやってそれを知ったのか、教えて頂けませんか?」


 一刀の体から、焦りで一気に汗が吹き出す。軍議の時に何の反論も無かったので、すっかり油断していたのだ。


 しかし、この状況は現実と言った事が違っていた時以上に、一刀にとって都合が悪かった。違うだけなら、適当な事を言った、と言う事にでもして誤魔化せる。だが、知り様の無い事を知っている、となれば、そう言う訳にもいかない。一刀は頭をフル回転させて、上手い言い訳を考え始めた。


 そんな一刀の横で、翠が気配を消してゆっくりと立ち上がった。そのまま、柱に立て掛けてある銀閃に手を伸ばす。テーブルを挟んだ反対側では、同じ様に関羽が青龍偃月刀を手にしている。2人はそっと天幕の入り口に近寄ると、お互いの呼吸を合わせるように目を見て頷きあった。


 「誰だっ!?」


 関羽は大声を発すると共に、入り口に掛かっている布を左手で跳ね上げた。と同時に、2人は入り口の闇に向かって武器を突き出す。ガギィッ、と金属同士のぶつかる激しい音。ここに至って、一刀達はやっと翠達の動きに気付いた。


 天幕の外には人影が1つ。だが、一刀達の位置からは、誰であるかまでは分からない。それも気にはなったが、一刀の興味は別にあった。


 翠と関羽の一撃を、人影の直前で防いでいる1本の槍。この時代において、最強と言ってもいい2人の攻撃を止めた人物とは誰なのか。そんな事を思っていると、入り口の影から全身を白を基調とした服に身を包んだ少女が現われた。


 「やれやれ、危ないところでしたな、白蓮殿。私がおらねば、今頃その身は骸と化していましたぞ?」


 そんな物騒な事を、少女はあっけらかんと言う。一方、言われた側の人物は、腰が抜けたのか、その場にペタンと座り込んでしまった。


 「ぱ、白蓮ちゃん!?」


 大声で叫んだ劉備は、慌てて入り口の外に座っている人物に駆け寄った。一刀がよく目を凝らして見てみれば、心配そうな顔の劉備に介抱されている人物は、先程の軍議の席で見た公孫賛だった。


 『そう言えば、劉備と公孫賛は同じ私塾で学んだ仲だったな』


 そんな事を思い出しただけで、一刀の興味はすぐに槍を携えた少女の方に戻った。相手もそれに気付いたのか、翠と一刀に視線をやると名乗り始める。


 「初めてお目にかかるな、錦馬超殿、御遣い殿。私は公孫賛殿に客将として世話になっている趙雲、字は子龍と申す」


 一刀の後ろでは、名前を知られていなかった蒲公英が小声で文句を呟いている。それが気になってしまい、一刀は趙雲が薄く笑った事に気付かなかった。


 「ところで、公孫賛殿。我々の話、聞かれましたか?」


 武器を下ろした関羽が小声で尋ねる。それに対し、公孫賛は劉備の顔を見ながら、すまない、とだけ答えた。


 とっさに槍を持つ手に力を込める翠。しかし、関羽と趙雲に制止されてしまう。さらには、劉備までもが公孫賛を庇った。


 「馬超さん、白蓮ちゃんなら大丈夫だから! ね、白蓮ちゃん。私達に協力してくれるよね?」


 劉備の純粋な瞳と、翠の殺気に満ちた眼に襲われた公孫賛には、首を縦に振る以外の術は無かった。


 公孫賛と趙雲も天幕内に招き入れ、再度今回の作戦を説明する。とは言え、細かい動きを決める必要は無いので、説明自体は10分も掛からずに終わってしまう。その後は、すっかり雑談の時間になった。


 「にゃ〜? 話は終わったのか?」


 それまでテーブルに突っ伏して寝ていた張飛は、真面目な話が終わると同時に目を覚ました。






 1人で天幕を出た一刀は、劉備軍陣地の隅にある草原の上に腰を下ろした。諸葛亮から逃げ出したかったし、それ以上に周りが女の子のみ、と言う状況の居心地が悪かったのだ。


 「そう言えば、学園もこんな感じだったな」


 星空を見上げて呟く。一刀が現代日本で通っていた聖フランチェスカ学園は、元が女子校だったために男女比率が物凄く偏っていた。1クラスに男子1人が基本だった程だ。


 ふと、一刀は気付いた。久しぶりに現代の事を思い出した事に。この世界に来た当初は、毎日の様に思い出していたものだった。


 「母さん達、元気にしてるかな……」


 そんな物思いに耽る一刀は、背中から声を掛けられた。


 「御遣い様っ。何してるんですか?」


 一刀が振り返ると、そこには劉備の姿があった。にこやかな表情で一刀に近付く劉備。しかし、一刀の顔を見た途端、その足ははたと止まる。


 「何か悲しい事でもあったんですか? そんなに涙を流して……」


 そう言われて、一刀は自分が泣いている事に初めて気付いた。咄嗟に劉備に背を向けて涙を拭う。そして、再び振り返ると笑顔を見せる。


 「何かあったんですか?」


 劉備は心配そうな顔でゆっくりと近付きながら、もう一度尋ねた。


 「ホームシック、じゃなくて、故郷を思い出してたら、少し淋しくなっちゃってね」


 自分で言いながら気恥ずかしくなり、劉備から視線を外して星空を見上げる。そんな一刀の隣に、劉備は膝を抱える様にして座った。肩と肩が触れ合う位の距離に、一刀の胸は高鳴る。さらに、真名の通りの甘い香りに鼻腔をくすぐられ、恥ずかしさで居たたまれなくなった一刀は体半分距離を取る。


 しばらく沈黙が続いた後、怖ず怖ずと劉備が口を開いた。


 「天の国のお話って、聴かせてもらってもいいですか?」


 もちろん。そう言って、一刀は劉備の方を向いた。


 「天の国の暮らしは、どんな感じなんですか? やっぱり平和で、皆幸せに暮らしてますか?」


 よっぽど天の国に興味があるのか、劉備は瞳を爛々と輝かせて尋ねてくる。それに対し、一刀はまたもや空を見上げ、思い出しながら話し始めた。


 「うーん、俺の暮らしていた国は平和だったかな。でも、他の国はそうじゃなくて、よその国と戦争してたり内戦状態の国もあるんだ。それに、独裁者の圧政に苦しんでいる人達もいる。結局、どこだろうと、いつの時代だろうと、人間の本質は変わらないのかもしれないな」


 えっ、と劉備から驚きの声が漏れた。その声を聞いて一刀は、しまった、と思う。未来から来た事はずっと秘密にしていたのに、思わず口が滑ってしまった。


 しかし、劉備が驚いていたのはそこではなかった。


 「御遣い様、人間なの!?」


 一瞬、ボケかと思う様な問い掛けに、一刀の方が驚きの声を上げてしまう。


 「じゃあ、病気や怪我に苦しんでいる人を助けたり、日照りに困っている場所に雨を降らせたりとか出来ないんですか?」


 ずい、と劉備は顔を近付ける。一刀は若干気圧され、上体を大きく後ろに引いた。


 「そんな、神様や仙人みたいな事、出来る訳ないよ」


 一刀がそう言うと、劉備はあからさまにがっかりした表情になり、元の様に膝を抱える。あまりの落ち込み様に、一切非が無いはずの一刀の心は罪悪感で一杯になった。


 再びしばらくの沈黙の後、劉備は呟く様にゆっくりと話し出した。


 「私は皆が笑って暮らせる世の中を作りたいんです」


 それは劉備の想いだった。


 「皆で手と手を取り合って助けていける、弱い人が苛められる事が無い様な、そんな世界。でも、黄巾の乱の時、曹操さんから言われたんです。……そんなのはただの理想、甘い夢の様な物だ。何の覚悟も無いくせに理想を語るな、って。御遣い様も、そう思いますか?」


 劉備は不安そうな瞳で一刀を見る。おそらくは、彼女自身も分かっているのだろう。だからと言って、諦める事は出来ない。これが劉備の戦う理由、劉備が今ここにいる理由だからだ。


 そう感じた一刀は、頭の中で慎重に言葉を選ぶ。だが、劉備はその沈黙を肯定と受け取ったらしい。ハァ、とため息を吐くと、暗く沈んだ表情で自分の膝に顔を埋めた。


 「やっぱり私って、駄目なんだなぁ。理想ばっかりで、現実が見えてない。さっきだってそうだもん」


 一刀達が董卓救出計画を説明する前、諸葛亮は劉備に真実を黙っていた理由を話していた。


 劉備の治める平原県は、袁紹が牧を務める冀州の隣、青州の州境に位置している。そのため、もし連合への参加を断れば、董卓と通じている、などと難癖を付けられかねず、行き掛けの駄賃とばかりに、攻め滅ぼされる可能性はかなり高かったと言える。


 しかし、劉備が洛陽の実状を知れば、いくらその危険性を説いたところで、連合への参加は認めなかっただろう。だから、諸葛亮は鳳統や関羽と謀り、劉備に真実を伝えないまま連合に参加させたのだった。


 「そのうち、皆に愛想尽かされちゃうんだろうな、きっと」


 「そんな事はないよ」


 自虐的になる劉備を慰めようとする一刀。その言葉に対し、劉備は少し寂しそうに笑って首を横に振った。


 「だって私、何にも出来ないから。愛紗ちゃんや鈴々ちゃんみたいに強くないし、朱里ちゃん達の様に頭も良くない」


 「なら、俺だってそうだよ。武力じゃ馬超の足元にも及ばない。軍師としてだって、諸葛亮みたいに深謀遠慮がある訳じゃない。俺の方こそ、中途半端で何も出来ない」


 2人は揃ってため息を吐く。そうして、お互いに顔を見合った。


 「……プッ。アハハッ」


 どちらともなく笑い出す2人。そのままひとしきり笑い合う。


 一刀は不思議な心地好さに包まれていた。今日初めて会った劉備に、誰にも話した事が無い様な本音を話している。笑い過ぎて溢れた涙を拭う劉備を見ながら、これが彼女の持つ力なのだと感じていた。


 「さっきの話だけど、俺も理想だと思う。現実はそんなに甘くない」


 笑顔だった劉備の表情が曇る。


 現代から来た一刀には、劉備の掲げる理想がいかに現実的で無いかが分かる。少なくとも、これから千八百年の間は、人間は世界中至る所で争いを繰り広げる事になるからだ。


 「でも、凄く素晴らしい理想だと思う。劉備さんは間違ってないよ」


 しかし、そんな一刀だからこそ、劉備のこの考えに心を惹かれる。本当にそんな世の中になれば素晴らしいだろう。そして、劉備には、もしかしたら、と感じさせる雰囲気があった。


 「本当ですか?」


 劉備は顔色を窺う様に、上目遣いで一刀を見上げる。


 「ああ、俺だってそんな世の中になれば、って思う。俺に出来る事なら協力するよ」


 一刀が笑みを浮かべて言うと、釣られる様に劉備も笑った。そして、勢い良く立ち上がる。


 「私、頑張ります! 愛紗ちゃん達と一緒に、幸せな世の中を作るために」


 もし、この世界に来て最初に劉備に出会っていたらどうなっていただろう。きっと、彼女の理想のために生きようとしたのではないか。立ち上がった劉備を見ながら、一刀はそんな事を考えていた。


 ふと、目の前に綺麗な手が差し出される。劉備の手だ。イメージ通りの柔らかくて優しい手を掴み、一刀も立ち上がる。


 「ありがとう、劉備さん」


 「桃香、私の真名です。預かってもらえますか?」


 劉備は月明かりの下でも分かる位に頬を染めている。まさか、出会ったその日に真名を許されるとは思っておらず、一刀は正直驚いた。しかし、大事な物だからこそ、他人に許すのには理由や勇気がいる。その事をすでに理解している一刀は、劉備の正面に立って姿勢を正した。


 「ありがとう、桃香。なら、俺の事も、御遣い様、じゃなくて、一刀、って呼んでくれないか? 俺達は同じ世界を目指す仲間なんだから」


 「……はいっ。よろしくね、一刀さん!」


 劉備に満開の笑顔の花が咲いた。






 一刀が劉備と共に天幕へと戻ると、すでに公孫賛と趙雲は自分達の陣へと帰ってしまっていた。翠と蒲公英も引き揚げるために天幕の外に出て、一刀の事を待っていた。


 「まったく、どこ行ってたんだよ」


 文句を言う翠の横で、関羽が劉備に心配そうに声を掛けている。


 「姉上、何か変な事はされませんでしたか?」


 「もう、大丈夫だよ。愛紗ちゃんは心配性なんだから」


 不安そうな表情の関羽に、劉備はあっけらかんとして答えた。そんな彼女に一刀は挨拶をして帰ろうとする。


 「じゃあ、桃香。俺達も戻るから」


 その言葉を聞いて、関羽は驚愕した。そのままの驚いた表情で劉備の顔色を窺う。劉備が笑顔で答えているのを見て、関羽は彼女が真名を許したのだと悟った。だが、納得は出来なかった。


 「ど、どういうおつもりですか!? なぜ、こんな奴に真名を預ける様な真似を!」


 「こんな、って、一刀さんは御遣い様なんだから……」


 関羽の語勢にたじろぐ劉備。しかし、関羽は構わず続ける。


 「そもそも、此奴が本当に天の御遣いかどうかなど、分かったものではありません! この様な胡散臭い格好、それこそ自称しているだけです。私はこんな奴……」


 その時、関羽の背後から低くどすのきいた声が響いた。


 「おい、いい加減にしとけよ。一刀の事は、あたしの母様が認めたんだ。その一刀を辱める事は、母様を辱めるのと同じだ」


 怒気を隠そうともせず、翠は関羽に詰め寄って行く。しかし、関羽も引きはしない。


 「何を言っている! 第一、貴様等が先に桃香様を辱めたのではないか! こちらが文句を言われる筋合いは無い!」


 2人の間に不穏な空気が流れる。翠はさらに前に出ようと一歩踏み出す。


 「あがっ……!」


 その瞬間、綺麗なラインを描く翠の顎が跳ね上がった。ポニーテールにまとめた長い髪を捕まれたためだ。筋でも違えたのか、首を押さえながらうずくまった翠は、恨めしそうな顔で髪を引っ張った人物、一刀を見上げた。


 「何やってんだよ。関羽は別に、琥珀さんをなじるつもりがあった訳じゃ無いだろ。これからは味方として戦うんだから、そんなにいきり立つなよな」


 一方の関羽には、劉備が優しく声を掛ける。


 「一刀さんの言う通り、私達は皆の幸せのために戦う仲間なんだから、仲良くしよ? ね?」


 それぞれ言い含められ、2人は黙ってしまう。しかし、お互い納得出来ていない事は態度と表情で分かる。


 まいったな、と思いながら一刀は2人を見る。これからの事を考えれば、仲良く、とまではいかなくても、しこりを残しておきたくはない。


 「まったく、愛紗は頭が固いのだ」


 いくぶん軟化して見えた関羽の表情は、張飛の一言によって再び強ばる。しかし、張飛はまったく気にする様子も無いまま、関羽の前を鼻歌混じりに歩いて一刀に近寄る。


 「桃香お姉ちゃんが真名を許したのなら、鈴々もお兄ちゃんに真名を許してあげるのだ」


 張飛の言葉に驚く関羽。そんな彼女を見て、これ以上話をこじらせたくなかった一刀は、


 「ありがとう、鈴々」


 と言って、張飛の頭を軽く撫でた。幸せそうな張飛の笑顔に、関羽は何か言う気力を失ってしまった。






 自陣へと帰る間も仏頂面をしている翠に、蒲公英が声を掛ける。


 「お姉様、いい加減に機嫌直したら?」


 「んな事言ったって、あいつが悪いんだぞ。だいたい、何でお前はそんなにのほほんとしてられるんだよ」


 一刀自身、のほほんとしているつもりはないが、そう思われてもおかしくない位に落ち着いている事は自覚していた。何となくだが、関羽が自分の事を嫌っている理由が分かったからだ。


 もちろん、一番の原因は軍議の席で劉備を辱めた事だが、それだけではなく、劉備の事を本当に大切に思っているはず。だからこそ、自分の様な得体の知れない者を近付けない様にしたのだろう。


 一刀がそう感じる事が出来たのは、以前にも同じ事を経験しているからだった。翠も一刀と初めて会った時には、関羽と同じ様な対応をしていた。一刀の保護に反対したのも、大切な母親や領民から怪しい人物を遠ざけたかったためだ。


 その事を翠に告げると、彼女は驚いた表情をして黙ってしまった。


 再び歩き出す3人。夜風に吹かれながら、一刀は不意に思い出した。


 「あっ、そうか」


 わずかに呟いたその声は、2人には届かない。頭の隅に引っ掛かっていた事が解決し、一刀の足取りは少しだけ軽くなった。

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