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序章 〜邂逅〜

 「……どこだ、ここ?」


 青空の下、目を覚ました少年は辺りを見回しそう呟いた。


 周りは鬱蒼と茂った森。彼が立っているのは、その森の中を通る街道の端だった。


 『まさか、記憶喪失!?』


 そんな事を考えた少年は、自分の名前を口に出してみる。


 「北郷一刀、聖フランチェスカ学園の2年生、だよな。うん、大丈夫だ」


 いや、大丈夫じゃないぞ。そう1人ツッコミを入れる。


 確かに大丈夫ではない。全く見覚えのない場所に、ぽつんと1人でいるのだから。


 「ともかく、冷静になれ。確か昨日は部活でしごかれて……」




 一刀は学園で剣道部に在籍している。元々、彼の祖父が開いている剣術道場で小さい頃から剣術を習っていた事もあり、高校入学と同時に剣道部に入部したのである。


 その剣道の大会が来週に控えていたため、土曜日だった昨日は午後を丸々特訓に充てたのだ。そして、あまりにもヘトヘトになった一刀は、寮の自室に戻るなりベッドの上に倒れこんで寝てしまった。




 「……で、目が覚めたら森の中、と。さっぱり分からないな。……あっ!」


 何かを思い出した一刀は急いでズボンのポケットをまさぐると、携帯電話を取り出した。これなら現在位置は分かるし、何より誰かに連絡をとりたかった。


 しかし、その思いは画面に映し出された圏外の2文字に打ち砕かれた。


 「圏外って、どれだけ田舎だよ」


 ため息をつきながら閉じた携帯電話の画面を慌てて開き直す。


 「2時半!?」


 携帯電話の時計には午前2時31分と表示されている。腕時計を見ても同じ時間だった。


 森に隠れて太陽は見えないが、青空が広がる今が真夜中でない事は分かる。


 『海外、なのか? でも、寝ている間に海外なんて……』




 約30分考えたが、結局答えは出なかった。


 このままここに居てもしかたがないと、取り敢えず歩き出す一刀。その手には、学生カバンと木刀が握られている。カバンも木刀も一刀の物で、彼のすぐ側に落ちていた。


 一刀の実家は剣術道場であり、剣道の道場ではない。それは剣道よりも実戦に即したもので、刀だけでなく殴る、蹴る、投げる等の動きもある。そこで一刀は、小さな頃からこの木刀を使って鍛練を積んできたのだ。


 正直、一刀にとってこれはありがたかった。どこかもわからない場所に1人で放り出されて不安なところに使い慣れた木刀を手にした事で、随分精神的に落ち着いた。


 一方、カバンの中には昨日の授業で使った教科書やノート、筆記用具、それに部活後に食べたお菓子の残り等が入っていた。


 とりあえず、一刀は飴を舐めながら歩き出した。






 一刀が歩いている道はアスファルトで舗装されている訳ではなく、ただの土の道である。スニーカーとはいえ、普段それほど歩き慣れない土の道は、ただ歩くだけで疲れる。


 「しかし、車どころか人1人いやしないな」


 しばらく歩いた所で立ち止まり、辺りを見回す。人影すら見当たらない事にため息をつく。と、不意に人の声が聞こえた。


 良かった、そう思い早足で歩き出した一刀の足は、その直後に耳に届いた女性の叫び声で再び止まる。一瞬の逡巡の後、カバンから木刀を引き抜いた一刀は気配を殺して声のした方に近付いていった。




 一刀は茂みの影から様子をうかがう。


 そこには3人の男と1人の女性。巨漢の男が女性の後ろから羽交い締めにして口を手でふさぎ、小さな男が辺りを警戒し、その間に立つ髭の男はズボンを下ろし、下卑た笑いを浮かべていた。


 すぐにでも飛び出そうとした一刀。だが、小さな男の手に握られている物を見て体が止まる。


 真剣。


 鈍く輝くそれは、正しく真剣だった。


 一刀にとって馴染みのある日本刀とは違い、ゲームに出てくるロングソードの様な両刃の直刀。その刀身には血が着いたまま放っておいた為に、所々錆が浮いていた。


 緊張で固まった体、恐怖で萎えた心、しかしそれらは涙を流す少女の表情によって回復する。一刀は大きく息を吐いた。


 「止めろー!!」


 3人の男の視線が叫び声のした方に注がれる。次の瞬間、髭の男の顔面にカバンが直撃した。ズボンを膝下まで下ろしていたため、バランスを崩して派手に転ぶ髭の男。


 「アニキッ!」


 小さな男はそう叫んで髭の男の方を見る。茂みから飛び出した一刀は、その隙を見逃さずに木刀を振り下ろす。


 流石に頭部に打ち込む事には抵抗がある。そのため、一刀は剣を持つ右手を狙い、見事に打ち込んだ。


 骨の折れる嫌な音。一瞬遅れて響く男の叫び声と剣の落ちる音を聞きながら、残る1人、巨漢の男の方に向き直る。その男は捕えていた少女を放し、ちょうど腰から剣を抜こうとしているところだった。


 「はあっ!!」


 気合い一閃、一刀は巨漢の男のみぞおちに突きを放つ。胃の中の物を吐き出した後、巨漢の男は前のめりに倒れた。


 一刀はひとつ大きく息を吐き出すと、倒れている少女の方に近付いた。


 「大丈夫?」


 警戒心を解く様に、微笑みながら体を屈める。その笑みにつられて緩みかけた少女の表情は、一瞬で再び強張る。


 「う、うしろ……」


 その言葉で振り返る一刀。そこには、さっきカバンをぶつけた髭の男が剣を振り下ろさんとしていた。振り返る勢いのまま木刀を横に振り抜き、それを回避した一刀は2、3歩下がって間合いを取る。


 「ガキが、なめた真似しやがって。ぶっ殺してやる!」


 怒りに任せ、激しく攻撃を繰り出す髭の男。隙だらけのその攻撃は、普段の一刀であれば簡単に反撃に移れただろう。たが、髭の男の放った“ぶっ殺す”の言葉に、彼は飲まれていた。


 ただの脅し文句とは意味が違う。何しろ、相手の持っている武器は真剣である。急所に当たれば即死、そうでなくても失血でじわじわと、という可能性もあるのだ。


 その死への恐怖が動きを鈍らせ、相手の攻撃を大きくかわさざるを得なくなる。結果、反撃の機会が失われてしまっていた。


 『くそっ! 落ち着け、俺!』


 剣を払い再び距離を取った一刀は、気持ちを奮い立たせようとする。


 「チビ! デク! いつまで寝てやがる!」


 髭の男の言葉に、一刀はハッとして振り返った。


 小さな男は腕を押さえたままうずくまり、巨漢の男は未だ突っ伏したままだ。


 「死ね! ガキが!」


 視線を切った隙を突き、剣を振り下ろす髭の男。それを一刀は木刀で十字に受ける。手入れもしていないのだろう、ぼろぼろに刃こぼれしていた剣は、木刀の半分辺りまで食い込んだ所で止まった。しかし、髭の男は構わず押し込む。


 このままでは折られる、そう思った一刀は、相手を押すような前蹴りで引き離す。


 「ぐっ……!」


 相手との距離を取る事には成功した。だが、その反動で木刀は折られ、木刀を折った剣が一刀の蹴り足をかすめた。


 痛み自体は大した事はないが、裂けたズボンから見える血が、一刀に再び死を想像させた。だが、それと同時に冷静にもなる。


 一刀は短くなった木刀を構える、と見せかけて髭の男に投げ付けた。相手の体勢が崩れた隙に、少女の手を取り逃げ出す。


 「逃がすかっ!」


 走り出してすぐに太股の裏に痛みが走り、一刀は転んでしまう。髭の男の投げた石が当たったのだ。心配そうな顔で、少女は一刀の脇にしゃがみ込む。


 「手間ぁかけさせやがって」


 にじり寄る髭の男。一刀は少女を守る様に、自分の体を2人の間に入れた。その行為に大した意味が無い事は分かっている。それでも、そうせずにはいられなかった。


 「2人まとめてあの世へ行きやがれ!」


 これまでか、一刀は死を覚悟して目を閉じた。ガキィッ、と激しい音が響く。だが、痛みはない。


 一刀がゆっくりと目を開けると、そこには剣を止める十文字槍。そして、それを片手で操る長い髪の少女が立っていた。




 後に互いを支え合う事になる少年と少女。2人はこうして出会った。今はまだ、少年は少女に守られるだけであった。

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