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最期の査定(ファイナル・オーディット) ―鉄の帝都、未回収の嘘―

帝国の心臓部「黒鉄城」の謁見の間。


静寂が支配する中、稔は一歩前へ出て、皇帝ゼオンに深く、そして完璧な角度で一礼した。


指先一つ、視線の高さ一つに至るまで、日本の厳しいビジネスマナーが叩き込まれた所作。それは「不審な異邦人」を一瞬にして「格上の交渉者」へと変貌させる、彼なりの武装だった。


「陛下。貴重なお時間を頂戴いたします。まずは、帝国の未来に関わる『資産運用報告書』を」


稔は、震える手で剣を握るアイリスや、不安げなフィオナを背中で制した。彼は恭しく、それでいて淀みのない動作で書類を捧げ持ち、近衛兵を介して皇帝へと提出した。皇帝の傍らで、大臣が鼻で笑う。


「紙切れ一枚で何が変わる。異邦人よ、その程度の端書きで我が帝国の法と伝統を覆せると本気で思っているのか」


「端書き、ですか。……いいえ。これは『異常値』を記した真実です」


稔は、表情を変えずに言葉を継いだ。


「陛下。帝国が長年、王国に対して抱いていた不信感の正体……それは王国の非礼ではなく、内部での組織的な中抜きでした。帝国の軍備予算、その一割が『予備費』の名目で消えている。調べたところ、その資金は王国の関税に消えたのではなく、帝都の地下に築かれた『秘密の離宮』の維持費へと流れていました」


ゼオン皇帝の眼光が、一段と鋭さを増した。


「酒、肉、女。……大臣殿、あなたの私生活は、この報告書にある帝国の赤字額と見事なまでに一致しています。あなたは帝国の繁栄を願う忠臣を演じながら、その実、国の血管を啜り、王の座を奪うための力を蓄えていた。粉飾決算を行う企業でも、ここまで大胆な『横領』は致しませんよ」


「貴様ぁぁっ! 妄言を……!」


大臣ーーガランドが吠える。だが、稔は冷徹な視線を外さない。営業マンが、絶対に引けない商談で使う「相手を射抜く」瞳だ。


「さらに。ここからは『契約主の確認』に移らせていただきます。陛下。大臣殿が買い漁っていた品々の中には、人間界には存在しない、魔界に生息する植物から精製された『麻薬』が含まれていました」


稔の言葉に、謁見の間がざわめいた。魔界の麻薬は、使用者の精神を蝕み、魔族の傀儡に変えてしまう禁忌の代物だ。


「そして、その取引に使われていたのが、これです」


稔が指を鳴らす。

ミミックが見えない触手を伸ばし、大臣に迫る。

その瞬間、大臣の懐から、禍々しい紫色の光を放つ『魔法の水晶』が転がり落ちた。


「魔界との通信に使われる水晶。……それ、今も懐に隠していましたよね? 相手は魔王軍の幹部――黒崎氏でしょうか」


「なっ……!」


「ミミックは、お宝が大好きでしてね。お宝が近くにあるとわかるんですよ」


「おのれ、おのれぇぇ! 葛城稔!」


正体を晒されたガランドは、もはや忠臣の面影など微塵もなかった。彼は懐から禍々しい輝きを放つ「転移の魔石」を取り出し、床に叩きつけた。


一瞬の閃光。

ガランドの姿は消えたが、それは城外の商業区へと、わずか数キロ移動したに過ぎなかった。


「……逃がしたか!」


アイリスが叫ぶが、稔はすでに窓枠に足をかけていた。


「いいえ。……私にとって、返答のないまま商談を打ち切られるのは、最も耐え難い侮辱ですので。こい、ミミック」


稔の声にミミックが反応する。

虚空が歪み、ミミック本体が稔の頭部を直接丸呑みするように出現。そのまま禍々しいフルフェイスの兜へと変じた。

それは鎧ではなく、稔という人間を核にした、一つの「暴力的秩序」の顕現だった。


「稔……貴公、その姿は一体……!」


驚愕に目を見開く皇帝を背に、稔は窓の縁に立った。彼の脚部には影の触手が絡み合い、異様なまでの筋肉密度を誇る「走るための器官」を形成している。


「陛下。……この案件、必ず『完遂』させてみせます」


「……許可する。葛城稔。……あの裏切り者を、地の果てまで追い詰めろ」


ゼオン皇帝の冷徹な許諾を背に、稔は地を蹴った。


ドォォォォン!!


爆音と共に、稔は一条の黒い雷光となり、城の壁を垂直に駆け降りた。


眼下に広がる鉄機都市アイゼンガルド。


路地裏を、馬に乗って必死に疾走する大臣の姿。


それを屋根から屋根へと跳躍しながら追う稔の視界には、もはや逃げ道など映っていない。


(ターゲット補足。逃がさない…!)


石畳を蹴り、音を置き去りにする速度で街を駆け抜ける稔。


三十八歳の元営業マンが、鋼鉄の街で、魔王軍の手先を追い詰める「死の追撃戦チェイス」を繰り広げる。

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