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帝都防衛戦 ― 鉄の雨、血の濁流、そして開かれた冥府 ―

空は、神が帝都を見捨てた証拠であるかのように、どす黒い雲に覆い尽くされていた。粘りつくような雨が降り注ぎ、街全体を灰色と朱色の混濁した地獄へと変えていく。火災の煙が雨に溶け、鼻腔を突くのは焼けた肉と、鉄の錆、そして逃げ場を失った市民たちの絶望が混ざり合った異臭だった。


「北門、崩落ッ! 敵影、無数!!」


伝令の叫びが、雨音を切り裂く。直後、大地を物理的に揺らす凄まじい轟音が響いた。帝国の誇る「不落の双門」が、巨大な破城槌の最後の一撃によって内側から爆ぜたのだ。飛び散った数トンの鉄の破片が礫となって、背後にいた帝国兵数十人を一瞬で肉塊に変える。その噴き上がる血飛沫の向こうから、黒い泥のような軍勢が雪崩れ込んできた。


そこにいたのは、軍隊という名の「悪意の津波」だった。


先頭を駆けるのは、一千五百匹にも及ぶゴブリンの群れ。彼らは飢えた獣のように、石畳を爪で掻きむしり、甲高い笑い声を上げながら押し寄せる。錆びた刃物を振り回すその数は、一本の通りを埋め尽くし、建物の壁を這い、窓から侵入し、帝都の動脈を黒い毒液のように塗り潰していく。


「退くな! ここで退けば、貴様らの家族が食われるだけだぞ!」


最前線、砕けた城門の瓦礫の頂に、若き皇帝ゼノンが立っていた。返り血で汚れた頬、肩を切り裂かれたマント。しかし、その手にある帝国の大剣だけは、雨の中でも一切の曇りなく、迫りくる魔物の首を次々と撥ね飛ばしていく。若き皇帝の奮闘は、崩れゆく帝国兵の士気を辛うじて繋ぎ止める最後の一片の希望だった。


だが、ゴブリンの群れの背後から、さらに重厚な絶望が姿を現す。五百体にも及ぶオーク重装歩兵。漆黒の鎧に身を包み、整然と隊列を組んで進むその姿は、ゴブリンの無秩序な暴力よりもはるかに恐ろしい「死の機械」だった。彼らは帝国兵の槍を盾で受け流し、鈍い鉄の斧で、防具ごと人間の肉体を断ち切っていく。


「陛下、ここは我らに!」


その混乱の極致に、二つの影が割って入った。王国からの助太刀――アイリスと、葛城稔である。


アイリスの姿は、この泥塗れの戦場において、異彩を放つほどに美しく、そして苛烈だった。雨に濡れて額に張り付いた金髪、獲物を射抜くような鋭い紅蓮の瞳。彼女は帝国の誇る騎士たちさえ怯むオークの盾列に対し、一歩も引かずに槍を構える。


「シッ!!」


一閃。槍先が空気を切り裂き、最前列にいたオークの眼窩を正確に撃ち抜く。続けざまに放たれた薙ぎ払いは、雨粒を弾き飛ばし、三体のゴブリンを纏めて肉塊へと変えた。彼女の槍捌きは、もはや武芸というよりは、死を紡ぐ舞踏のようだった。


その隣で、異質な「音」が絶え間なく響く。ガギンッ、ボキィッ! という、重苦しい衝撃音。


「……はぁ……、はぁ……ッ!」


血に濡れた宝箱――ミミックを頭部から丸ごと被った男、葛城稔は、帝国から貸し出された無骨な鋼鉄のメイスを振り回していた。彼が一歩踏み出すたびに、ミミックの能力『絶対幸運』が発動する。彼に振り下ろされるはずのゴブリンの剣は、突如として足元の泥に滑った仲間の頭に突き刺さり、放たれた矢はありえない風の悪戯によって、射手自らの喉を貫く。


だが、この圧倒的な物量を捌くために、稔は『身体能力強化』を限界まで引き上げていた。


「ぐ、ああああああッ!!」


ミミックの内側で、稔の筋肉が異常な収縮を起こし、内側から弾ける。一振りごとに、腕の筋繊維がブツブツと音を立てて断裂し、一歩踏み出すたびに足底の腱が引き裂かれるような激痛が脳を焼く。ミミックから滴り落ちるのは、敵の返り血だけではない。稔自身の肉体が、過負荷に耐えきれず流す鮮血だった。


「稔、無理をするな!大丈夫か!?」


「……アイリスさん、問題ありません!」


稔は血を吐きながらも、メイスを振り下ろす。彼のメイスがオークの頭部を叩き潰すたびに、ミミックの牙がカチカチと笑うように鳴った。幸運によって敵の守りは崩れ、強化された暴力がその肉を砕く。二人の連携は、千を超える魔軍の進攻を、その一点においてのみ停滞させていた。


しかし、戦場を支配していた喧騒が、不自然なほど静まり返る瞬間が訪れた。


小鬼の群れと、オークの軍団が、左右に割れて道を作る。その道の奥から、帝都のどの建物よりも巨大に見える影が、ゆっくりと歩みを進めてきた。


人喰い鬼、オーガ。


三メートルを超える巨躯は、返り血で黒ずんだ硬質の皮膚に覆われ、全身にはこれまで屠ってきた帝国騎士たちの頭蓋骨が、勲章のように鎖で繋がれている。彼が手に持つのは、城門をも砕いたであろう、人の身の丈ほどもある黒鉄の棍棒だった。


ただそこにいるだけで、雨の音さえ遠ざかるような威圧感。


魔王の軍勢を、このたった一人の「個」が支配しているのだと、本能が理解させる。


「……面白い『獣』がいるな」


オーガ将軍の、地鳴りのような声が響く。


「箱を被った化け物。貴様の骨は、俺の飾りの特等席に置いてやろう」


ゼノン皇帝が大剣を強く握り直し、アイリスは槍を中段に構え直す。稔は震える脚をミミックの筋力強化で無理やり固定し、血塗れのメイスを持ち上げた。


帝都アイゼンガルド。本当の絶望は、オーガがその巨大な棍棒を振り上げた瞬間に始まった。

ご愛読ありがとうございます!


今、もう一つの作品に力を入れているため、この作品は更新できていません…すみません。


次回はオーガ戦を予定していますが、時間が足りません(涙)

少しでも「続きが気になる!」「頑張れ!」と思ってくださったら、ぜひブックマークやレビューで背中を押していただけませんか?

皆さんの応援というエネルギーがあれば、最高のオーガとの戦闘シーンをお届けできる自信があります。

よろしくお願いします!

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