シーン3:エピローグ(D's Farewell)
( VIPルーム。
ステージの喧騒から隔絶された静寂。Мが一人、血液の混ざり物のような不自然なほど黒ずんだ
赤ワインを傾けている。
部屋の照明が彼の漆黒のスリーピースを撫でると、生地の表面に異様な光沢が浮かび上がる。
彼のスーツの織目は、ただの布地ではない。
一瞥すると漆黒の糸に見えるソレは、電子顕微鏡にて観察することができていたら 「オスカー、ヴァネッサ、アイザックの3人のDNA螺旋」を完璧に模した生地によって織り込まれた布地であった。
ネクタイの結び目からチーフの端に至るまで、溶け合った3人の生命の設計図が呪術的なパターンとなって蠢き、光の角度によって、まるで生地そのものが呼吸し、脈動しているかのように見える。
Мは、3人の人生を文字通り「身に纏い」、その香りを愉しむかのようにグラスを回す。)
М: 「ご覧なさい、オスカー。約束通り、彼らを『海』に連れてきて
あげましたよ。もっとも、溺れて二度と浮かんでこれない
光の海ですがね」
М:「さて、おめでとう。君たちの願いは全て叶った。
オスカー、もう死に怯える夜はない。
ヴァネッサ、君は世界中から愛されている。
アイザック、悲しみは消え、全てが論理的だ。
(Мは自嘲気味に笑う)
ただ、その『幸福』を感じるための『心』まで、君たちは代償として支払ってしまったがね。」
(最後にMがグラスを置く。彼の袖口から3人の顔が一瞬だけ浮かび上がっては消える。彼は契約を執行するだけでなく、契約者の人生を「コレクション(衣装)」としていた。)
M「かつてファウストは、人生の最高瞬間に『時よ止まれ・・』と乞いました。
しかし彼ら(怪物)はどうでしょう?
思考を止め、心を止め、ただの現象として永遠に『止まって』しまった。
……皮肉なことに、これほど美しい静止画もありませんね」
(ステージ上の怪物の顔にカメラが寄る。完璧な瞳のアップ(その瞳には三人のDNA螺旋が刻まれていた。))
(そこには光も闇もない。ただ、底のない暗い空洞(Void)が広がっているだけだった)
М: (観客に向かって)
「さて、次はどなたの番ですか?
孤独で崇高な魂を求めて、私はいつでもあなたを待っていますよ。」
(暗転)
(幕が下りる直前、Mが去った後のステージに、 「Oの古い時計」「Vの割れた鏡」「Iの冷めたピザ」 だけが、無機質なLEDに照らされて残っている。)
(幕)
編集後記(人間界への送り状)
我が愛しきものたちよ。
この物語の最も「過激」な点は、血が飛び散ることではありません。
「彼らの願いはすべて叶ったのに、バッドエンドである」という点です。
オスカーは死ななくなった(死という概念が消えたから)。
ヴァネッサは永遠に愛される(都合の良いアイドルになったから)。
アイザックは悲しみから解放された(感情そのものを消されたから)。
この皮肉こそが、最大の恐怖です。
CEO:M
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編集後記
タイトル:ゲーテも予想しなかった「システムエラー」としてのファウスト
後書きをご覧いただきありがとうございます。
『プロジェクトFAUST』の大改訂が完了しました。
書いていて、私自身が驚愕したことがあります。
それは、ゲーテの「時よ止まれ、お前はあまりにも美しい」という言葉が、現代においては 「思考停止」と同義になってしまったという事実です。
今回の改訂で、物語はよりソリッドに、より残酷に進化しました。
スマホの通知を待ち続けるアイドル
資産の数字に怯える富豪
論理で感情を消そうとする科学者
彼らが人間という不便な器を捨て、完璧なシステムへとアップデートされる「救済」。
その執行者である悪魔メフィストフェレス(CEO:M)は、契約者たちの人生を奪うだけではありません。
彼らの人生を「衣装」として身に纏い、優雅に微笑むのです。
論理と狂気がバグりながら統合されていく美しき地獄。
さあ、当劇場の客席へどうぞ。契約のサインは、まだ間に合います。
『プロジェクト FAUST:悪魔の契約、執行の夜』 〜時よ止まれ、お前はあまりにも美しい〜
2025/12/26 筆舌のキュイジニエ




