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地獄の顔は何度まで?  作者: 安達夷三郎
第二章、入学早々、目立っちゃってます
8/25

八話

『通行人が次々と襲われる事件があり、警察は―――』

テレビのニュースキャスターがマイク片手に現場と思われる道路を背景に立っている。

テレビの音声が入っていたのか、電話越しに美穂ちゃんの声が震える。

『また出たんだ。連続通り魔』

「通り魔?」

『知らない?最近話題になってたの。無差別に人を襲うんだって』

「へぇー」

(物騒な世の中だな〜......)

『今日、遊びに行く予定だったけど、どうする?』

「大丈夫だよ。今回は人出の少ないとこじゃないから大丈夫だと思うけど」

「そら危機感なさすぎでしょ」

リビングで寝落ちしていたらしい変成くんが、毛布から頭を出して言った。腕時計を確認し、そろそろ出ないと待ち合わせ場所に間に合わない時間になっていたので、私は電話を切って荷物を持った。

「あ、おはよー。変成くん」

「はいはい、おはよー」

頭を掻きながらもぞもそとと毛布から這い出た変成くん。眠そうに欠伸をしている。

「殺人鬼がうろついてる街中をスイーツの為だけに出歩くの?流石だね。それともただ頭が悪いだけの馬鹿なの?」

「だ、だだ大丈夫!!もし亡者だった場合は地獄に堕としたら良いだけだから!」

「他人だった場合は?亡者じゃない場合はどうするの?ねぇ?」

ぐちぐちと文句を行ってくる変成くんを振り払い、待ち合わせ場所へ急いだ。

「おはよー!ごめん、遅れた」

「良いよ良いよ。私もさっき来たから」

駅のホームで待っていた美穂ちゃんに手を振りながら駆け寄る。

「スイパラ、楽しみだね!」

「うん!!」

今日、私と美穂ちゃんはスイパラというスイーツ食べ放題のお店に行く。地獄にはなかったから、楽しみっ!

ホームを通過し、電車に乗る。

「ふわぁ……朝の電車って、眠くなるよねー」

吊り革を握りながら欠伸をかみ殺す。

「あはは、確かに!そういや、朝ご飯抜いてきた?」

「もちろん!」

周りは私達みたいに遊びに行く人達でいっぱい。

スーツの人、スマホいじる人、イヤホンつけてる人。

なんてことのない、普通の朝。

―――の、はずだった。

ガタン、と電車が大きく揺れた。

ざわざわと周囲が騒ぎ出す。

車内放送が入るかと思ったけれど、何も流れない。

そのとき、ドアの前に立っていた男がゆっくりと顔を上げた。

フードを深くかぶり、目の下にはクマ。手には―――黒い金属の筒。

「全員、動くな」

空気が凍った。

嘘でしょ。よりにもよって、こんな日に!?

「スマホは出すな。警察にも通報するな」

男の声は意外と落ち着いていて、それが余計に怖い。

「人質は......お前で良いか」

私の腕を掴み、黒い筒のような物を私の頭に突き付ける。

「え......?」

「あぁ、その恐怖に染まった顔、良いですねぇ」

「ま、待って!何でそんなことするの......?」

「どうせまた地獄に戻るくらいなら、少しでも人を殺したいじゃないですか!」

犯人はアーハハハ!と笑っている。

(......さっき地獄がどうとか言ってたし、閻魔が逃した亡者の一人かな?)

「っ……!やっぱり、亡者じゃん!!」

思わず声が出た瞬間、男―――いや、亡者の目がギロリと光った。

「おや?分かるんですか、私が“こちら側”の人間だと」

「そ、そりゃまぁ……なんとなく?」

「あははっ、良いですねぇ。貴方は冥府の王ですか。良いですねぇ、もっと怯えてください。もっと、もっと……」

ぞわり、と背筋を氷の指で撫でられたような感覚。

黒い筒がぐっと額に押し付けられる。金属の冷たさが、肌の上に現実を突きつけた。

美穂ちゃんは真っ青になって震えている。

……と、その瞬間。

ザッと刀が亡者の胸に刺さった。

視線を動かすと、車両の隅に立つ青年が一人。

黒と赤を貴重(きちょう)とした道服(どうふく)に、肩より短く切り揃えられた赤髪の下から覗いた目。

「全く......何をノロノロしている」

その声の主は......

初江王(しょこうおう)!!」

「はぁ......またお前か」

呆れながら私を見て呟く初江王。

初江王も同じく十王の一人。自分にも他人にも厳しいが、大の動物好き。刀を投げたのも彼だろう。

「これ以上罪を重ねるな。これ以上罪を重ねるなら、お前がいたとこよりもっと重いところに堕としてやろうか?」

「......地獄は怖くないです。何百年もいましたから」

亡者はにやりと口角を吊り上げ、私の頭へ黒い筒の口をぐっと押しつけた。

初江王はそれでも引かない。

「そうか。だが」

「地獄に還るのは、アンタだけだよ」

その言葉と共に、電車の窓が大きな音を立てて蹴破られた。

その蹴りはその勢いのまま亡者に直撃した。そのお陰で私は解放される。

乱入してきたのは、変成くん。

「楓くん!?何で!?」

「私が呼んだ」

初江王はスマホをひらひらと振ってみせた。そして小さく「楓......?」と呟いている。

「……あのさ、本当にフラグ立てるのやめてくれる?」

変成くんは額を押さえながら、ため息をついた。

「まさか本当に事件に巻き込まれるとは思わなかったけど……いや、むしろ“トラブルメーカー”というか」

「そんな亡者ホイホイみたいに言わないで!?」

「事実を言っただけだけど」

「あのねぇ......」

言い合う私達を他所に、初江王は床に倒れた亡者を一瞥(いちべつ)する。

「まぁそんなことはさておき、お前に衆合地獄は軽すぎたようだ。だから今回は特別に、もっと重いところに堕としてやろう」

初江王がそう言った瞬間、閻魔帳から金色に輝く細い紐が現れ、亡者を縛る。

紐を解こうともがくが、もがく程にきつく締まっていく。

亡者の喉から、苦悶のうめき声が漏れた。

金色の紐は、生き物のようにゆっくりと締まり、肌に焼き印を刻むような光を放っている。

人間には紐が見えないので、突然苦しみだしたように見えることだろう。

「叫喚地獄は嫌か?ならば、地獄での刑期を終えて、来世では真人間になることだな」

「真人間じゃない奴が真人間て......」

「うるさい!ばーか!!」

変成くんが声を抑えて吹き出し、それに言い返す初江王。

「―――はいはい、静かにしなよ。審判中に騒ぐなんて、珍しいね」

「お前が笑うからだろ!!」

ページをめくる音が止まり、彼の指先が一枚の札の上で止まった。

そこには、まだ新しい墨で書かれた名前。

「......無差別殺人鬼だったらしいな。被害者は二十七名。その遺体を羊肉だと偽りながら精肉店を営み、死因は事故死か......」

変成くんは気絶した美穂ちゃんを抱き上げて座席に寝かせる。

私は亡者に聞こえるように叫んだ。

「大人しく地獄に戻るか、変成くんにボコボコにされて地獄に行くか、どっちか選んで。答えなかったら強制的に変成くんにボコられるよ!!」

笑顔で亡者に近付く変成くん。

亡者は変成くんに余程トラウマを植え付けられたのか、「ひぃ......」と声にならない悲鳴を上げている。

変成くんの靴音が一歩近づく度、壁際へと這うように下がっていった。

(一体、この亡者に何をしたんだろう......?)

気になるけど、怖いから聞かないでおこう。

「判決を下す。第四の地獄、叫喚地獄」

バチン、と弾けるような音がしたかと思うと、亡者の姿は一瞬で霧散(むさん)した。

「あ、美味しいとこ取られた」

「うるさいぞ、秦広王!!」

なんて軽口を叩いていると、周りの人のコソコソ話が聞こえてくる。

「え、何が起こったの?」

「マジック的な?急に消えたし......」

「怖すぎん?通報しちゃったんやけど......」

「まぁ、人体切断マジックとかあるもんね......」

何それ、現世ではマジックで人体切断するの?怖すぎん!?

あと、めっちゃ冷静だね?逆に怖いよ......。

電車がゆっくりと減速し、やがて目的の駅のホームに停まる。

ブレーキの音が響き、ドアが開く。

外からは警察官や駅員たちが駆け込んできた。

「大丈夫ですか!?怪我人は!?」

警官達は普通にお喋りをしていた私達を見て、口をあんぐり開ける。

他の乗客の人は失神してるか泣き出していた。

「えっと......犯人は?」

「あー......」

(地獄に還したなんて、言えないからなぁ......どうしよ)

初江王がぼりぼりと頬を掻きながら、真顔で言った。

「もう逃げた」

「逃げた!?」

「窓を割って...」

初江王は変成くんが蹴破って侵入してきた盛大に割れた窓を指差す。

警官の一人が声を上げ、慌てて無線に手を伸ばした。

「犯人逃走!近隣駅に―――」

別の警官が私達のところに来て、「もう大丈夫だよ」と言ってくれた。

気絶した美穂ちゃんは頭を押えながら起き上がり、「う〜ん......夢?」と寝ぼけている。

電車立てこもり事件は夢だと思ってくれたようだ。その方が都合が良いので、そのままにしておいた。

覚えていても、良いことはないからね。余計恐怖を植え付けてしまうだけだから。

その時、救急隊が駆けつけてきて、負傷者の確認を始めた。

私は邪魔にならないように少し下がって、美穂ちゃんに話しかける。

「おはよ〜」

「ねぇ、真宵」

「ん?」

「スイパラ、どうする?」

「あ」

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