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地獄の顔は何度まで?  作者: 安達夷三郎
第一章、ポンコツ閻魔のミス
4/22

四話

「はぁ〜......」

お風呂上がり、自分の部屋のベッドに寝転がってくつろぐ。

今日は入学初日だったし、慣れない環境だったから疲れた〜......。

それに泰くんと一緒にいたから、目立ってしまったし......。

手に持ったクッションを抱え、ごろんと寝返りをうつ。

(住み始めたばっかりだけど、結構落ち着くなぁ)

地獄では、侵入者がよく私の部屋の冷蔵庫を漁った挙句、堂々と勝手におやつを食べているから、あまり一人になれる時間がなかった。いや、元を辿れば侵入者と仕事を放棄してくる閻魔のせいなんだけど。

ふとスマホに目を向けると、夜の十一時を示していた。

そろそろ眠いなぁと思いつつ、喉が渇いたので冷蔵庫へ向かう。だけど、中を覗くと帰り道に買って冷やしておいた飲み物がなくなっていたので、コンビニに買いに行く。ついでに明日の朝食である食パンも。

飲み物は、絶対変成くんが飲んだ。名前を書いていなかったから何も言えない。

次から絶対に名前を書いておく。そう決心した。


(パンと牛乳と......あとそれから)

コンビニに着いた私は、飲み物と朝食に使う材料をカゴに入れていく。お会計を済ませて外に出ると、夜の冷たい風が頬を撫でた。

(やっぱり夜は冷えるなぁ……)

袋を片手に提げながら歩いていると、住宅街の静けさに自分の足音だけが響く。

街灯の明かりがまばらに照らす道を歩いていると、ふと視界の端に――黒い影が動いた。

「......え?」

立ち止まって周囲を見渡す。

でも、何もいない。

気のせい……かな?

そう思って歩き出そうとした瞬間、背後で“カラン”と金属音が鳴った。

思わず振り返ると、道の端に転がった空き缶が一つ。

「......風、だよね?」

そう呟いて誤魔化すものの、背中を汗が伝う。

歩みを早める。

けれど、数歩進むごとにコツ……コツ……と、後ろから足音が着いてくる。

しかも、その音は自分が止まると同時に止まった。

(うわ、いる。絶対いる!)

鼓動が速くなり、喉がカラカラに乾く。

「......だ、誰?」

恐る恐る振り返る。

しかし、そこのは誰もいなかった。

怖くなったので、急いで家まで走る。

玄関のドアを閉めた瞬間、どっと全身から力が抜けた。

「......はぁぁ、怖かったぁ……」

鍵を二重にかけ、チェーンまでしっかり閉める。

「何、どうしたの?」

「早かったねー」

「ぎゃあ!」

声にビクッと驚いて、短い悲鳴を上げてしまった。

(あれ?今、明らかに変成くん以外の声が聞こえた気が......)

恐る恐る顔を上げると、怪訝そうに見下ろしている変成くんの横で、ポテチをつまみながら少年漫画を読んでいる宋帝王(そうていおう)の姿。

「......」

「ん?どったの?」

「何でいるの?」

声を掛けるとポテチをつまんでいた手を止め、私の方を見た。

「えー、知らぬ存ぜぬ。オレただの居候ですよ〜」

「で、何で宋がいるの?」

「バレたか。暇しててさー。ほら、閻ちゃんが亡者達を逃がしたじゃん?だから幸運にも休暇を貰って〜遊びに来た」

「ほーん。......じゃあその手に持っているポテチは何かな?」

「え、ちゃんと自分で買ってきたよ?秦の金で」

「しばくよ?」

ニコッと笑うその顔に、罪の意識はかけらもない。むしろ、『面白いから言っている』というような、軽い悪意がこもっている。

宋は、よく私の家に不法侵入してきて勝手にお菓子を食い漁っているのだ。

「「かーえーれー、かーえーれー」」

変成くんと合唱をしながら手拍子をする。

「ひどーい、それが親友に対する態度なの!?オレ、泣いちゃうっ!」

わざとらしく嘘泣きをする宋。

変成くんはため息をつきながら、手にしていたペットボトルを机に置いた。

「泣くなら外で泣いて。うるさいよ」

「ひっど〜!冷たすぎる〜!秦、見た?この男、心の温度マイナス二十七度!」

「知らない。ていうか、帰って」

私がドアを指差すと、宋はむくれた顔でポテチを抱え、ソファに沈み込んだ。

「え〜……良いじゃん、減るもんじゃないし」

「いや、ポテチは確実に減ってるけど」

宋がソファに寝転び、ポテチの袋を頭の上に掲げてガサガサと音を立てる。

その音が妙にうるさく感じて、私は思わずため息をついた。

変成くんはというと、無言でスマホをいじりながら、時々こちらをちらりと見る。

「……で、変成くん。飲み物、飲んだでしょ?」

「うん」

「即答!?」

「冷えてたから」

「だからって人のを勝手に……!」

「名前、書いてなかったし」

「ぐぬぬ……」

負けた気しかしない。

宋はその様子をにやにやしながら眺めていた。

「あ〜青春だねぇ。新生活って感じするぅ〜。あ、ちなみにこの冷蔵庫、セキュリティ甘いね」

「何で知ってるの!?」

「入ったから」

「こいつ本格的に通報案件じゃない!?」

「やだなぁ、親友じゃーん。ほら、人道には“親しい者の家は自分の家”ってことわざあるじゃん?」

「ないよ?」

気になったので検索バーに打ち込んでみるが、該当(がいとう)することわざはなかった。

宋はそれを聞くと、大げさに肩をすくめて、両手を広げて笑った。

「ほら〜、でも誰かが信じてくれれば事実になるかも〜。あ、二万円ちょうだい。パチ屋ですっちゃった☆」

「......うわっ」

変成くんは無言で目を細め、スマホをテーブルに置いた。

「……秦。そろそろ寝た方がいいんじゃない?」

「あー……でも、さっき変なこと起こったからなー......」

「変なこと?」

変成くんが突然真剣な顔になった。

「さっきの道で、後ろからついてきてたやつ……」

「あ、ごめーん。それオレ」

「――は?」

空気が、一瞬で凍った。

「え、ちょっ……お前……何言ってんの?」

変成くんの声が低くなる。

宋は悪びれる様子もなく、ポテチをつまみながらヘラヘラ笑っていた。

「いや〜、あの時暇だったからさ〜。秦がコンビニ行くって出てっただろ?だから護衛しとかねば!って思ってつけてたんだ。ほら、現世では秦は中一なんだから」

「その中一の財布から二万円盗ろうといているヤツは誰かな?」

「やっべ、逃げないと」

わざとらしく宋が言う。

「ちょっと待って!逃げるな!」

私は慌てて立ち上がって逃げる宋を追いかけた。

「まーでも、本当に気を付けろよ?最近流行ってるらしいよ『女子中学生誘拐事件』」

何それ物騒な名前。

私の足が、ピタリと止まった。

「……は?ちょっと待って、今なんて言った?」

宋は、壁際に追い詰められながらも、ヘラッと笑って肩をすくめた。

「次々に女子中学生ばっかを狙う誘拐犯だよ。犯人はロリコンかな?」

そんなの、流行ってたまるか!!

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