二十一話
翌日。放課後のお菓子作りが楽しみでいつもより早めに登校した。まだ誰も来ていないようで、教室に荷物を置いて廊下を歩いていると、ばったり会った美穂ちゃんが私を見た瞬間走ってきた。
「美穂ちゃんおはよう」
「おはよう。昨日は大丈夫だった?」
「うん。大丈夫だったよ......冥府に帰ってた」
「そうなんだ!楓くんは?」
美穂ちゃんの言葉に、私は何て答えたら良いのか分からず目を逸らす。
「まだ話せてない......」
「あー......そっか。......早く仲直りしてほしい、本当にお願い」
懇願するように頼み込まれた。
「どうしたの!?」
「昨日、真宵が帰ってからさすがに言い過ぎたと後悔したのか、かなり落ち込んでいて......」
「あー......」
「なんかもう......凄かったよ。うん」
そう言って窓の外を見た美穂ちゃんの目が色々と悟っていた。
(一体、何があったんだろう......)
スマホの電源を入れると、軽く十件を超える不在着信があった。
全部変成くんからだった。
メッセージには『ごめんなさい』『言い過ぎた』との文字。
反省はしてそうだ。
教室に戻ると、ちらほらと人が増え始めていた。
自分の席に座り、一限の用意をする。
少しして―――。
「……おはよ」
聞き慣れた声。
顔を上げると、変成くんが立っていた。
目の下には、うっすらクマ。
髪も少し乱れている。
一瞬、空気が止まった。
「……おはよう」
声が、思ったよりちゃんと出た。
変成くんは何か言いたそうに口を開きかけて、でも閉じた。
視線を泳がせ、意を決したように謝罪する。
「……昨日、本当にごめん」
頭を下げた変成くん。
「私も......嫌いって言ってごめん」
「いや、元を辿れば俺が悪いし......今度何か甘い物奢るよ」
「あ、そのことなんだけど、今日の放課後ごーちゃんと一緒にクッキーを作るんだ!」
「へぇ......」
その日のお昼休み、ごーちゃんに仲直りしたことをメッセージアプリで送ると、『速っ!まぁ、良かったじゃん!じゃあ、放課後変成くんも誘いなよ!アタシは全然OKだから!!』と返事が返ってきたので、変成くんも誘うことにした。
翌日、放課後。
閻魔庁の食堂のキッチンは、甘い匂いとバターの香りでいっぱいになっていた。
「よーし!まずはバターを常温に戻しまーす!」
エプロン姿のごーちゃんが、やたら元気に宣言する。
「俺、あまりお菓子は作ったことないんだよね」
「あー、変成くんは家庭料理が得意だよね」
「新婚さんみたいな会話してるよ......」
ごーちゃんが半目で私達を見た。
クッキーのレシピが書かれたページを読みながら材料と道具を確認していく。
テーブルの上には、ボウル、泡立て器、計量カップ。
ボウルの中には小麦粉が入っていた。
普段お菓子作りなんてしないから、上手に作れるか心配。
「......常温って、時間かかりそう」
「確かに......じゃあレンジでチンしようか」
溶かしバターをボウルに入れ、砂糖を加える。
泡立て器を動かすと、シャリシャリとした音がした。
「おっ、良いじゃん!上手」
ごーちゃんが覗き込んでくる。
「ねえ」
「ん?」
「失敗したらどうしよう......」
ぽつりと呟くと、ごーちゃんは手を止めて珍しく少し真面目な顔になり、
「大丈夫大丈夫!失敗したやつはナルシ大王......閻ちゃんに渡せば喜んで食べてくれるから!」
親指を立ててドヤ顔をした。
「五官王、俺は何しようか?」
「変成くんは秦ちゃんのお手伝いお願い!私はその間にオーブン温めておくから〜」
ごーちゃんはテキパキと明確に指示が飛ばしていくと、ようやく型抜きの段階になった。
「五官王ってお菓子作り得意だったんだね」
「まぁ、こう見えて家庭科部だからね!」
「へぇ、家庭科部なんだ」
ごーちゃんが見せてくれたスマホのファイルには、恐らく人間の友達であろう子が数人映っていた。
「これはテスト前、部活でカップケーキを作った時の写真」
そこには美味しそうなチョコカップケーキの写真が何枚も。
「美味しそう!」
「美味しかったよ!」
その時、オーブンのタイマーが軽く鳴った。
「お、焼けたー!」
ごーちゃんがミトンをはめて、天板を引き出す。
ふわっと広がる、甘くて少し香ばしい匂い。
「わ……ちゃんとクッキーだ」
思わず声が漏れた。
丸いのもあれば、少し歪んだ星型、角が欠けているハート。
でも、どれもちゃんと焼き色がついている。
「初めてにしては上手に作れた!」
「うん、焦げてないしね」
変成くんが、少し照れたように言う。
「じゃあ、冷めるまで待ってね〜。その間に……」
ごーちゃんが辺りを見回した、その時。
「良い匂い〜」
キッチンに入ってきたのは宋だった。その後ろには初江王もいる。
「仲直りできたんだな」
「うん!」
「クッキー焼いてたんだ〜!」
宋が興味津々でお皿を覗き込みながら一枚を口に入れる。
「美味しいね〜!」
「冷ましてたんだよー!宋くん、熱くなかった?」
「熱かった」
素直すぎる感想に、思わず笑ってしまった。
「それより、何で二人がここにいる訳?」
「ああ、それはだな......」
初江王はガサゴソと細長い紙を取り出した。どうやら『温泉半額チケット』みたいだ。
「くじ引き堂の店主から貰ったんだ。しかもご丁寧に五枚。秦は一枚当てたと言っていただろ」
つまり......それは......
「温泉旅行できるってこと!?」
「でも、そしたら一人どうするの?あと一人誘う?」
宋が人数とチケットの枚数を数える。
「ん〜......平等王とか?」
温泉街なら甘い物売ってるだろうし、甘い物が好きな平等王を誘っても良いかも。




