二話
それから閻魔庁で発掘したバーベキューセットや材料を運んだりして、ようやくお肉を焼いていく。
変成くんが笑顔で私の袖を引く。
振り返ると、彼は既にお肉を串に刺す作業に集中している。どうして彼が『焼き方係』になってるんだろう。
「......んま!」
「うめぇ!」
「このしいたけ、ちょーだい」
「焼きとうもろこが欲しい人は、手を上げるんである」
そんな平和(?)な空気をぶち壊すように、のんびりした声が響いた。
「――あ、そうそう。誰か僕の代わりに、逃げ出した亡者を送り返してくれないかな?」
閻魔だ。地獄の王が、お肉の匂いに紛れてとんでもないことを言い出した。
その場にいたみんなが、ぴたりと動きを止める。誰も目を合わせない。沈黙が痛いほどに広がった。
「いやー、秦が良いと思うよ」
一番最初に裏切ったのは変成くんだった。
「は!?何で私!変成くんの方が手際良いじゃん!」
「じゃあ、オレはパスー」
「お前やれよ」
「いや、お前がやるんである」
面倒な職場特有の押し付け合いが始まる。閻魔の尻拭いなんて、誰だって御免だ。
閻魔は頭を搔きながら、まるで面倒ごとを整理するかのように言った。
そもそも、閻魔のせいだからね?
「じゃあ、指名しまーす。秦広王と変成王ね」
「「は?」」
気の抜けた返事が見事にハモる。
今、完全に聞き間違いじゃないよね?ねぇ、誰かフォローして。
そんなことを思いながら、自分の取り皿にお肉を移した。火が通り過ぎて固くなってしまった肉ほど悲しいものはない。
「だって、最近君達、仕事してないでしょ?」
「......チッ。バレてたか」
「変成くん、そこはもうちょっと粘ろうよ」
「ちなみに、亡者は中学校にいるみたいだから、生徒として潜入してきて〜」
閻魔の言葉に、私と変成くんはまた固まった。
「……え、今なんて?」
「だから〜、生徒として潜入してきて。制服も用意しといたから!」
そう言ってニッコニコの閻魔は、どこからともなく紙袋を取り出す。中には――
学生服と、女子用のセーラー服。
「待って、それ、まさか……」
「もちろん秦広王はこっち!」
「嫌だよ!!」
即答した。何でセーラー服を着なきゃいけないの。罰ゲームにも程がある。
「えー、似合うと思うけどなぁ」
変成くんがニヤニヤしながら男子の制服を広げる。
「変成くんは着るんだね!?」
「だってこっちのが楽そうだし」
「おかしいでしょバランス!」
閻魔はそんな私達を見て、満足そうに頷いた。
「お願い!全部の亡者を送り返してくれたらお給料アップするから!ね?」
その後、お給料アップを条件に渋々、私と変成くんが担当することになった。
「何で私達があの馬鹿上司の尻拭いしないといけないんだろ......」
廃工場の鉄骨の上に座りながら、ぶつぶつと文句を言う。
「もう地獄道と化しても良いんじゃない?」
「ダメだよ!?」
すかさずツッコミを入れる。変成くんは隣で足をぶらぶらさせながら、まるで遠足の休憩中みたいな顔している。
まったく緊張感がない。亡者を探しに来てるのに、何でこの人はそんなに楽しそうなんだろう。
地獄では平然としてたくせに、人道に来たらテンション上がるとか理解不能。
「……で、亡者の反応は?」
「んー、まだ。多分、近くにいるはずだけど......」
「何?双眼鏡持って、まだ見つかんないの?」
「うん」
軽く悪態をついてくる変成くんの言葉をスルーし、持っている双眼鏡を鞄に片付けた。
(夜ならいると思ったんだけどね〜......いなかった)
かれこれ三十分くらいはこうしているよ。
もう、やめやめ。今日は疲れた。
「で、どこ泊まる?」
「......」
閻魔から『あ、仕事が終わるまでは帰って来なくて良いからね〜』と、言われてたんだった。
(え、最悪)
「......で、えーっと、最低でも2LDKの部屋が借りたいと」
「「はい」」
手元の書類をめくりながら数枚の見取り図を確認している。
はい、不動産屋さんに来ております。
亡者探し、完全にどっか行きました。
「こことかどうでしょうか?」
男性が差し出したのは、郊外の築二十年のアパートの間取り。
「駅から徒歩十五分、スーパーまで五分……」
「ま、俺は何でも良いけど〜......」
ふわぁ......と眠そうに欠伸をする変成くん。
そして見取り図を逆さまに持って眺めていた。
(それじゃ上下逆だから、部屋の広さも何も分からないよ......?)
不動産屋さんの男性が、営業スマイルを崩さぬまま説明を続ける。
「こちらのお部屋は、日当たりも良くて、静かな環境が特徴ですね」
「へー、良い物件ですね!」
「でしょ〜?」
「...で、これ事故物件なの?」
変成くんのひと言で、その場が凍りついた。
「条件が良いのに、この値段......明らかに事故物件でしょ」
「で、で、ででで出ませんよぉぉ?」
一瞬で営業トーンが裏返った。
うん、絶対なんか出るなこれ。
「まぁでも。そういうの、逆にお得じゃない?」
「え?」
「だってほら、入居者少ないなら、家賃下げてもらえるかもしれないし」
「いやいやいや、値引きキャンペーンとかいらないから!でも、できたら家賃半値が良い」
最近、お金が消えていく......。
そんなことを言い合っていると、不動産屋さんが小声で呟いた。
「……実は、以前ちょっと“音”の報告が……」
不動産屋の言葉を最後まで聞かず、変成くんは話しだした。
「まぁ、別に何でも良いや。ここで良いでしょ」
「確かに」
何でも良い、何でも良いから早く横になりたい。
「じゃ、契約書ここにサインお願いします」
不動産屋さんが差し出したボールペンを受け取り、ため息をつきながら名前を書いた。
こうして私達は、“訳あり”な部屋に入居することになった。




