亜人の血
森の中、小さな焚き火のそば。
ジークは無言で剣の手入れをし、イリスは静かにその様子を見つめていた。
昨夜の出来事から、二人の間に言葉はなかった。
ジークが静かに剣を鞘に収めた時、イリスがぽつりと呟いた。
「……あなたの目は、悲しい色をしていますね」
ジークの動きが止まる。彼は何も答えず、イリスを冷たい眼差しで見つめ返した。
「……す、すみません」
イリスは慌てて謝った。しかし、彼女は怯えることなく、続けた。
「私の里では、エルフは純潔を尊び、吸血鬼を穢れた、卑しい存在だと考えています。里の中でも、吸血鬼の血を引く私は忌み嫌われ、いつも一人でした。里の長老様だけは私を理解してくださっていましたが、だからこそ、いつか里を出て行こうと思っていたんです」
彼女は俯き、辛そうに続けた。
「里を出て、人間と亜人が共存するアルカディアに向かおうとしていたんです。そうすれば、私はきっと…...」
そこで言葉が途切れる。
回想
イリスは、幼い頃の記憶をたどる。
彼女が里の子供たちと遊ぼうとすると、彼らは 一斉に離れていった。
「来ないで! 穢れた血の持ち主!」
大人たちも、彼女を見る目は冷たかった。
「あれが、吸血鬼の血を引く忌み子か…」
その言葉が、ナイフのように胸に突き刺さる。
彼女はただ一人、森の奥へと逃げ込む
しかなかった。
彼女は、唯一の安らぎだった長老に問うた。
「長老様……どうして、私は半分吸血鬼なの
ですか? どうして、皆と同じじゃないのですか?」
長老は優しく微笑み、彼女の頭を撫でた。
「この国は亜人至上主義だが、私は差別を好まない。全ての種が平和を分かち合うことを願っている。お前は、エルフの優しさと、吸血鬼の強さ、両方を受け継いだ素晴らしい子だ。私にとって、お前は、いつか世界を融和へと導く象徴になるかもしれない、そんな希望なのだよ」
その言葉だけが、彼女を支え続けた。
ジークは何も言わず、ただ静かに剣を鞘に収める。彼自身は、種族や出自で直接的な差別を受けた経験はない。しかし、彼の脳裏には、混成部隊の仲間たちが「不浄」と罵られ虐殺された夜、そしてヴァルガンの街で、人間の傭兵と獣人の仲間が肩を並べて笑い合っていた光景が鮮明に蘇っていた。
焚き火の光に照らされた彼の横顔は、一瞬だけ、かつての少年の顔に戻っていた。
「……長老様のもとに行けば、きっと魔法を得る方法がわかります」
イリスの言葉に、ジークはゆっくりと顔を上げた。
「エルフの里は、亜人至上主義の国セフィアにあるはず。ヴァルガンから南へ向かうことになるな」
「はい……でも、大丈夫でしょうか?」
イリスは不安そうに顔を上げた。
「セフィアは、亜人至上主義の国です。あなたのような人間は、里はおろか、国境を越えただけで、差別や排斥の対象になるかもしれません。それに、軍に追われているかもしれないのに……」
ジークは動じることなく、冷たい声で答える。
「構わない。裏切らなければ、それでいい」
彼の言葉に、イリスは一瞬だけ怯えた表情を見せた。だが、すぐに決意の眼差しをジークに向けた。
「絶対に、裏切りません」
彼女の言葉に、ジークは微かに頷く。彼が彼女を信じたわけではない。ただ、彼女の揺るぎない覚悟の中に、かつてバルザが彼に向けた信頼の光を見たのかもしれなかった。
こうして、剣だけの男と、過去に傷を負った少女の旅は、再び歩み始めた。