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灰の剣と、星を宿す少女  作者: formalin
3/7

剣と亜人

月明かりの下、小さな護送隊が進んでいた。

鎖につながれた少女が、馬車の中でうつむいている。長い銀髪と、尖った耳――エルフの血を引く証だ。

ジークは茂みから飛び出し、護衛兵の武器だけを叩き落とし、素早く制圧した。

「何者だ!」

兵士の一人が叫ぶ。ジークは無言で、大剣を振るう。金属がぶつかり合う鈍い音と、剣が空を裂く風切り音が響く。ジークは最小限の動きで兵士たちの攻撃をかわし、その手から武器を払い落とした。

兵士たちはジークの圧倒的な実力に恐怖し、一斉に後ずさりする。

「て、撤退だ! こいつは手がつけられん!」

一人が叫び、残りの兵士たちも蜘蛛の子を散らすように森の奥へと逃げ出した。

ジークは逃げ去る兵士には目もくれず、馬車に向かう。

「借りるぞ」

鎖を切ると、少女は驚きと警戒の入り混じった視線を向けてきた。

ジークは無言で、少女の顔を観察する。銀髪の下から覗く尖った耳。エルフの特徴だ。だが、それだけではない。白い肌に隠れるように見える、小さな牙の痕。

「……エルフと、吸血鬼の混血か」

ジークの言葉に、少女は目を見開いて戸惑った。

「……なぜ、それを」

「お前が噂の亜人か」

ジークの問いに、少女は一瞬ためらい、静かに頷いた。

「はい。……軍の方ですか?」

「取引だ」

ジークは、それだけを告げる。

少女は彼の冷たい眼差しから、目的が自分を利用することだと察した。しかし、同時に、ここから逃げ出せる唯一の機会であることも理解した。だが、彼女はためらいながらも尋ねた。

「……取引の内容は」

「俺がお前を連れ出す。その代わり、お前は俺に魔法を授けろ」

少女はジークの目をじっと見つめた。その瞳の奥には、憎悪と後悔が渦巻いている。彼女はかすかに身震いした。

「あなたのその感情、私が持つ力で増幅すれば、とんでもないものが生まれるでしょうね」

ジークは何も答えなかった。

そのとき、遠くから複数の足音と、松明の光が見えた。

「増援だ……!」

少女が顔色を変える。逃げ出した護衛兵が放った狼煙に、近くの駐屯地から兵士たちが駆けつけたのだ。

「時間がない。どうする?」

ジークが短く問いかける。

少女は覚悟を決めたように、強く頷いた。

「……かしこまりました。よろしければ、人目を避けた方がよろしいかと」

森の奥。

護送兵を撒き、二人はしばらく歩いた。

ようやく落ち着ける場所を見つけると、少女は緊張した面持ちで話し始める。

「私の能力は、噂とは少し違います。魔法の力を**“引き出す”**ことができます。眠っている才能を開花させたり、別の系統の力を発現させたり……」

ジークの視線が、わずかに熱を帯びた。

「その力で、俺に魔法を」

「やってみましょう」

少女は両手をかざし、淡い光をジークの胸へと送り込む。

だが光は水に落ちた火花のように、すぐに消えた。

「……あれ?」

少女は眉を寄せ、もう一度魔力を集める。今度は少し強く。

だが結果は同じだった。光は触れた途端、吸い込まれることもなく霧散する。

「おかしいです……こんなこと、初めてでございます」

その声には戸惑いと、かすかな恐怖が混じっていた。

「どなた様の魔法の器でも、何かしらの反応は必ずあるはずなのです。強弱の差こそあれ、全く反応がないなど……」

ジークの表情が、わずかに苛立ちを帯びる。

「……どういう意味だ」

「私にも、わかりません」

少女は首を振った。

「ただ、故郷にいる長老様なら、何かご存じかもしれません。魔法の器の成り立ちや、その特異な状態について……」

ジークは舌打ちし、背を向けた。

「つまり、無理ってことか。じゃあな」

「お待ちください!」

少女の必死の声が、ジークの足を止めた。

「長老様のもとへ、私をお連れいただけませんか。もし、そこで理由がわかれば、きっとあなたにも魔法を……」

ジークは振り返り、目を細める。

信じない。 彼はそう心に誓った。しかし、彼の目に映る少女の必死な瞳は、かつての仲間の姿と重なって見えた。この少女を信じるわけではない。ただ、**「魔法の力」**という、あの夜の絶望を打ち破るための唯一の可能性を、見過ごすことができなかった。

「取引成立だ。ただし、裏切ったら容赦しない」

「かしこまりました」


少女は、一歩前に進み、改めてジークを見つめた。

「私、イリスと申します。あなたの名前は?」

ジークは一瞬、答えをためらった。誰にも心を開かないと決めたはずだった。だが、彼女のまっすぐな瞳は、かつて仲間に向けた信頼の光を宿していた。

「……ジーク・ヴァルマーだ」


こうして、剣だけの男と亜人の旅が始まった。

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