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灰の剣と、星を宿す少女  作者: formalin
2/7

渇望の剣

ディルガルドは、人間至上主義を掲げ、亜人を

徹底的に弾圧し、排除する国。

セフィアは逆に、亜人至上主義のもと、人間を

支配する国。

アルカディアは融和と共生を目指し、様々な

種族が入り混じる。

そして、ヴァルガンは人種や出自に関係なく、ただひたすらに個人の実力のみを重んじる軍事国家。

あの夜、虐殺から唯一生き延びたジークは、ディルガルドを追われ、ただ西へ、西へと流れた。たどり着いたのは、弱肉強食の理がすべてを支配する軍事国家、ヴァルガン。しかし、その国是は、常に秩序と国益を最優先とする。故に、秩序を乱す**「力なき者」**に対しては、種族を問わず、容赦ない制裁が下されることもあった。


数年後。

ジーク・ヴァルマーは、荒れた戦場と裏社会を渡り歩く孤独な傭兵になっていた。

賞金首を狩り、報酬を受け取り、次の仕事を探す――ただそれだけの、乾ききった日々。

彼の心には、あの夜の炎と、仲間の血の匂いがこびりついていた。

この日、ジークが訪れたのはヴァルガンの街だった。

中心広場には、大勢の人間が集まり、熱狂的な歓声を上げていた。広場に設置された晒し台の上では、数人の獣人と、鎖に繋がれた人間が並んで見せしめに処刑されている。

「力なき犯罪者どもに鉄槌を!」

兵士の一人が叫ぶと、さらに大きな歓声が上がった。

ジークは、その光景を遠巻きに見ていた。獣人の絶叫、人間の断末魔、兵士の嘲笑、そして民衆の熱狂。それは、かつて彼がいた戦場で耳にした、人間軍の声そのものだった。

(……亜人も、人間も、何ひとつ変わらない)

彼の脳裏に、火刑に処された老いた魔導士と、首を刎ねられた獣人の姿が重なる。そして、バルザから教わった**「力を持つ者が仲間のために振るう」**という言葉が、虚しく響いた。

ジークは無言で広場を後にした。彼の心は、凍てついた氷のように固く閉ざされていた。

しかし、街の片隅には、異なる光景もあった。

薄暗い酒場のカウンターでは、人間の傭兵が獣人の仲間と肩を並べて酒を酌み交わしている。

互いに罵り合いながらも、その顔には確かな信頼の笑みがあった。

その様子を、ジークは静かに見つめていた。種族は違っても、背中を預けられる仲間。かつての自分たちの姿が、そこにはあった。

(……どうして、こうなった)

彼の胸に、再び無力感と後悔が燻る。

この日、彼の標的は“赤眼のカース”だった。

幾つもの町を襲い、炎と土の魔法で兵士を葬った危険な魔導犯罪者。懸賞金は破格だった。

人目のない森の奥。互いの姿が見えた瞬間、戦いは始まった。

土塊が飛び、炎が唸る。ジークは迷いなく大剣で火球を両断し、足元から突き出す石槍を跳躍でかわした。

カースは冷たい笑みを浮かべた。

「剣一本で俺に勝てると思ってるのか」

その言葉に、ジークは短く答える。

「勝てるさ」

魔法を操る敵との戦闘は、幾度となく経験してきた。だが、カースの術はこれまでとは一線を画していた。一つ一つの攻撃が、殺意と熟練を帯びていた。そして、ジークの脳裏には、あの夜の人間軍の魔法使いの顔がフラッシュバックする。

(忌々しい…!)

身体が、あの夜の痛みを記憶しているかのように疼いた。

ジークは防戦一方だった。魔法を完全に防ぐことはできず、何度もかすり傷を負う。カースの放った火球がジークの左腕を焼き、熱い痛みが走る。そして、彼の顔色が変わったのは、カースが足元から突き出した土の槍に、ジークの身体が貫かれかけた瞬間だった。

咄嗟に身を捻ったジークの脇腹を、土の槍がかすめる。

その形状、そしてその一撃の殺意に、ジークの脳裏にあの日の光景が鮮烈に蘇った。

巨大な魔槍が、バルザの胸を貫いた、あの夜。

その槍の殺意、仲間を失った絶望。

(ふざけるな……!)

身体が、あの夜の痛みを記憶しているかのように疼いた。

土の鎖が足元から伸びた瞬間、ジークは常人ではありえない速度で踏み込み、鎖を断ち切った。体勢を崩したカースに一気に詰め寄る。

「終わりだ」

大剣が振り下ろされ、炎の盾ごと叩き割った。カースは防御が間に合わず、火花と血しぶきが同時に舞う。赤い瞳は、ジークの冷たい眼差しを最後に映し、光を失った。

ジークは深く息を吐き、剣を振って血を払う。

魔法に対する苛立ちは、一向に消えない。仲間の命を奪った忌まわしい力。しかし、その力への渇望も、また胸の奥で燻っていた。

もしも、あの夜、自分に魔法の力があれば、拘束術にかかった仲間を助けられたのではないか? そうすれば、バルザは死ななかったかもしれない――。そんな無意味な仮定が、ジークを苛む。

酒場で戦利品を換金した後、ジークは妙な噂を耳にした。

「聞いたか? “魔法を授ける亜人”がいるらしい」

「授ける?」

「ああ。生まれ持った魔法を強化したり、別の系統を付け足すこともできるとか。軍が独占しようと、どこかの施設に幽閉してるらしいぜ」

ジークは無言でグラスを傾けながら、耳を傾け続けた。「魔法を授ける」。その言葉が、彼の中に燻っていた渇望を揺さぶる。しかし、彼はすぐにその考えを打ち消した。信じない。期待しない。それが、この世界で生き抜くためのルールだった。

だが、その夜、噂の亜人が護送されているという街道へ向かう足は、誰にも止められなかった。

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