出会い
床の下降が止まると、3方向に分かれた通路それぞれの壁際に一定間隔で扉だけがいくつも並んでいる空間にたどり着く。やはり武具屋とはとても思えない洋装だったが、だからこそ噂を耳にしてから探しに探し続けた場所で間違いないと実感できる。
少年の後ろに控える男もぐるりとその空間を見渡し、顎にたっぷりと蓄えられたた髭を弄りながら満足そうに小さく唸る。自らの主人が探し求めていた場所を見つけることが出来たということがなによりの理由であったが、それと同時にこの空間の美しさに感心していたからでもある。通路に並ぶ扉は目に入る限り一つとして同じ物はなく、それぞれが美術館に展示されていても納得できるほど素晴らしい出来栄えだったであり、例え武具を求めない者な訪れたとしても満足するだろうと断言できるほどの造りだった。
その様子をしばらく眺めた店主は得意そうに2人の顔を少し覗き込み長くにやりと笑い、手招きしながら左端の通路を進んでゆく。
「お客様は盾をお求めでしたね。案内しますのでついてきて下さい」
「ありがとう」
「それにしても当店で盾をお求めになるとは珍しい。大抵の方は力を誇示する意味合いも兼ねて何よりも剣を購入されらのですがね」
「今は何より身を守るものが必要なんだ。それに剣なんて私にはまだ早すぎると思う」
「素晴らしい心がけですね、これはこちらとしても最大限の敬意を持って商品を紹介しなければ」
そう言いうと店主は通路に並ぶ中でも一際大きく重厚感のある扉の前で立ち止まり、聞き慣れない呪文を唱えながら幾つもあるダイヤルを慣れた手つきで解錠する。
全てのダイヤルを解除すると、見た通りかなり重いらしい扉が鈍い音を鳴らしながらゆっくりと開き始める。少し開いた隙間から中を覗くと小さな部屋の中央にちょこんと置かれた石で作られている人形が目に入る。これがこの店が噂になり、偽物さえ出てくる所以の特別武具と呼ばれる戦闘用奴隷である。これらは人の国で売買される物とはちがい、種族が限定されないので種類が多く、戦闘用と呼ばれるだけの高い戦闘能力を有していることにくわえ、刻印スティグマが刻まれているので生物を模った武具という扱いになるのが大きい。
『刻印スティグマ』とは、特異な経験や環境で生活することによってこの世界の神によって刻まれるその者の存在を決定付ける印だ。これが刻まれている者はその様相に関係なくこの印が意味するものとして扱われる。つまり、今目の前にある石人形も見てくれは人形そのものであるが盾の刻印スティグマが刻まれている以上は盾として扱われるということだ。
そしてこの世界において武具はただ戦闘の道具におさまらず、そのため特別な武具は所持するだけで様々な特権を与えられる。しかしそういった武具を手に入れる為には通常想像を絶するほどの危険と労力が伴ものだ。その点この店の武具たちは金さえ払ってしまえば手に入れることができるので危険も労力もかなり軽減できる訳だ。
「この子はマイクロゴーレムですね。得られる特権はかなりイマイチな部類なのですが盾としての性能はダントツですよ」
「できる限り特権はいいものが欲しい」
「ではこちらの扉に居る餓鬼グールの子はどうでしょう?頭が悪いので盾としては点でダメなので使い物になりませんが、かなり珍しいので特権は素晴らしいですよ」
「使い物にならなきゃダメだろ!?」
「ではこちらの子を。ガーゴイルです!ゴーレムに次ぐ性能に餓鬼グール以上の貴重性ですよ?今ならお城一つ分の価格で提供できます」
「………そいつ確かバカみたいに水吐くだろ?」
「それはもう滝のように」
「私たちの天敵じゃねぇか!なんで持ち主を殺しかねない盾を城と交換させようとしてんだ」
「我儘ですね」
「当然だろ高い金払うんだから」
難しい要望に頭を悩ませながらどの子が良いかと無数の扉を見渡す店主を見て少年はふとあることに気づく。店主は紹介する際に一度も迷わず、今だってどの商品を勧めようか頭を捻っているだけであって、どの扉に誰がいるか全て把握してるのが見て取れる。それに、今まで勧められた奴隷たちは鎖に繋がれているどころか足枷すらつけられていないのだ。
つくづくおかしな店だと少しだけ呆れつつ、店主と同じようになんとなく無数に並ぶ扉を見回してみる。もっとも、自分にはどの扉に誰が入っているか全く把握できていないが一つ感に任せて選んでみることにした。
そうしてるうちに一つの扉が目に留まる。この店にしてはかなり簡素な作りで、平民の民家で使われているような扉だ。独創的な扉が多い中だとこの簡素な扉が逆によく目立つ。
「この扉は?」
「あぁ、すっかり見落としていました流石に素晴らしい目利きですね。そこに立つと危ないぞ」
少年に向かって小さく微笑んだあとに、なぜか扉に警告をしてから取り出した鍵で扉を開くと少年よりほんの少し背が低く、狼の耳を生やした人間の子供が立ちすくんでいた。