森の武具屋にて
黒いマントで全身を隠して愚痴をこぼす少年と、その後ろを歩く執事であろう初老の男は、風に揺れる木々の囁き声に混じって小さく響く金属の音と足元の感覚だけ頼りに月明かりすら届かない暗い森を進む。
金属の音が音が次第に大きくなり、それが風音よりも大きく聞こえるようになるほど歩いたところでようやく目的の店が目に入る
「なんだってわざわざこんな森に」
「売り物が特殊な物ですからあまり人には見つかりたくないのでしょう。その点この森はうってつけなのですよ」
小屋そのものは古いと言うのに、看板だけはよく手入れされており、自らを主張するかのようにキノコやを含めた様々な植物に加え、昆虫やトカゲなどが光源となるおかげ不自然に周囲を照らしながら掲げられた大きな看板に少年はついため息をついてしまう。
「悪趣味にも程があるだろ」
「好みは人それぞれですよ。最も客を招くにはもう少し大衆向けのデザインの方が良いとは思いますがね」
悪態を吐きながら古ぼけた扉を開けると、店の名に反して武器や鎧はなく、あるのは机に向かって作業を行う店主であろう女と、いくつかの扉のみだ。
少年は武具屋を訪れるのは初めてだったが、ここがとても武具屋を名乗るべきには見えなかった。
「これは随分と珍しい。いらっしゃいませ、歓迎しますよ」
店主の女は来客に対して丁寧に応えつつも目は向けはせず、店内は暖かいとはずなのに椅子にかけてあったらマントを羽織り素肌を隠してしまう。ただの冒険者や兵士であれば理解が及ばず眉を顰めてしまうような店主の行動を見てもこの2人は特に反応せず、それどころか少し感心したような表情を浮かべて店内を進む。先程まで不満と疑いに満ち、重々しかった少年の足取りもスキップでもするのではないかというほど軽くなっている。
少年はこことあるものを手に入れる為に数ヶ月間様々な武具屋を訪れたのだが、そのうち殆どが過大評価された店か、客引きのためのデマだった。今回訪れたこの店も、元々珍しい武具を集めている冒険者から聞いた噂程度の情報を元に訪れた店だったのだ。たがら看板を見た時にまたハズレを引いたと感じたのだが、この店主の立ち振る舞いを見るに当たりであることが確定したようなものだ。
「こんな時間にわざわざ来てくださったお客様におもてなしの一つもなしでは申し訳ない。ニンニクをたっぷり刷り込んだ残り物の干し肉でも出しましょうか」
「ここは武具屋だろ?食い物なんか誰が」
「それは残念。このにとっておきのものがあるのにお気に召しませんでしたか」
そう言っていつの間にか傷つけたのか血に染まる指を客に見せつけると、黒いフードの中からはっきりと唾を飲む音が響く。
本気で襲うつもりはないのだろうが今にも飛びかかりたい気持ちを必死に様子だ。それが面白いのか、店主はわざと誘うように指をくるくると回して男を煽ってやると、どんどんと男の息づかいが荒くなる
「はしたないですよ坊ちゃん。貴方もあまり揶揄うのはよして下さいませ」
「ごめんなさい、珍しいくて何より可愛らしいお客様だったのでつい。
さてと、今回は何をお求めですか?お客様」
「この店ではとりわけ特別な武具を取り扱っていると聞いていますので、その中でもこの方がつかう盾を幾つか見繕っていただきたいのです」
そこまで聞くと店主の女は細い笑みを受けべて背後の棚に所狭しと積まれている本の内一つを軽く傾他直後、床全体が下がっていく。この状況に少年はますます気分が高揚し、ついさっき遊ばれたというのに微塵の不満もなくただ目を輝かせ、到達を待つ。
これからどんなものを見せてくれるのだろうかという期待が胸に広がって無意識に鼻歌まで歌い出してしまうものだから、自分でも少しガキっぽいなと思ってしまう。だからと行って興奮は治るわけもなく、むしろより一層高揚してしまう。
「着きましたよ、当店自慢の特別武具庫です」
床の下降が止まりガラリと変わった店の様相はやはり武具屋とはかけ離れていたが、求めていたままであった。少年は期待と感動にに胸を躍らせながらぐるりと店全体を見渡す。