エピック49【第三試合】
格闘大会三日目の会場、雷号砲の轟音が会場中に響き渡り、観客の声援が一気に高まる、マルスの力強い声がスピーカーから轟く。
「いよいよ第三試合!今回の出場者は!クレティア選手も萌愛選手!」リング脇からはまずクレティアが颯爽と歩み出し、その姿に会場からは歓声が沸き起こる。続いて萌愛も入り口から現れ、柔らかい笑顔を浮かべつつも、眼差しには戦う覚悟がにじんでいた。二人がリングに上がると、周囲の熱気はピークに達し、空気中には緊張感と期待感が混ざり合っていた。クレティアはリングの中央に立ち、対面する萌愛に向けてハキハキと言った。
「ジェレミエル家の中でも突飛した人材、どれほどの力があるのか、手合わせを願う」萌愛は少し頷き、柔らかい笑顔のままでも眼差しは鋭く、ハキハキと応えた。
「ミクスタッド皇位継承者の一人、果たしてどれほどの実力なのか、楽しみにしてますわよ」二人の言葉に、観客の声援はさらに大きくなり、リングの上には一触即発の緊張感が漂い始めた。最初に仕掛けたのは萌愛だ。足元を軽く蹴り上げるようにして、俊敏なソバットをクレティアに向けて繰り出した。その蹴りは速さが特徴で、空気を切る音と共にクレティアの胴元へと一気に迫ってきた。だがクレティアはそのソバットを素早く足でつかみ、萌愛の体を勢い良く宙に掲げてから地面に叩きつけた。大きな音と共に萌愛の背中が接地する瞬間、地面から小規模な爆発が起こり砂塵がリングの上に舞い上がった。観客席からは一斉に驚きの声が上がり、リング周りには爆発の残り火のような熱気が立ち込めた。砂塵がかすんでくると、萌愛はすぐに立ち上がり、体をひねりながら発剣を繰り出した。鋭い風切り音と共に打撃はクレティアの胸元に正確に当たったが、クレティアはただ少し身を揺らすだけで、ダメージはほとんど受けていなかった。
「力はあるけど、この程度じゃ足りないよ」クレティアは唇元をかすかに上げ、再び体勢を整えた。萌愛は一気に身を乗り出し、拳をぐしゃぐしゃに連打するようにクレティアの胸元に打ち込んでくる。だがクレティアはいつも通り涼しい顔で、その攻撃を全部受け流していた。
「さっきから胸ばかりに攻撃してるねぇ~、わざとかしら?」そう呟くと同時に、クレティアは素早く足を蹴り上げ、萌愛の胸元にしっかりと蹴りを食わせた。萌愛は勢い余って後ろに吹き飛び、リングのフェンスにバタリとあたった。するとフェンスからはピリッと青い電流が流れ、萌愛の体に痺れが走った。観客席からは驚きの声と共に、熱い声援が一気に沸き上がった。萌愛はフェンスから離れ、痺れるような痛みを抑えつつハキハキと叫んだ。
「なんで、当たってるのに平気なの?一体どういうこと!」その瞬間、萌愛は足を素早く伸ばしてクレティアの足元に足払いを仕掛けた。だがクレティアは軽やかに跳躍して避け、宙返りするように体を回しながら、萌愛の首元に強烈な跳躍蹴りを食らわせた萌愛は頭がくらくらしながら後ろに倒れ込み、一時的に視界が白っぽくなった。リングの上には風が鳴り、観客の声が遠くから聞こえてくるようだった。萌愛の方の観戦席から、ケルドの声がハキハキと響いた。
「情けないぞ!萌愛!負けた俺たちの分まで背負って戦ってるのか?やられてばかりではないだろう!」その声は会場の騒ぎの中でもはっきりと届き、倒れていた萌愛の肩が少し震えた。彼女は拳を握りしめ、地面についていた手を強く押して、ゆっくりと上体を起こし始めた。視界の白みは少し薄れ、クレティアの姿がまたはっきりと浮かび上がってきた。萌愛は上体を起こし、拳をしっかり握りしめてハキハキと言った。
「そうだね、敗退した者の分を背負わないとね!」その瞬間、彼女はカポエラのように体を低くかがめ、足を地面につけるようにして回転駒のようにぐるぐると回転し始めた。その回転の勢いを借りて、両足を交互に蹴り上げ——クレティアの胴元や足元に向けて、速い連続蹴りを繰り出した。空気を切る音がひっきりなしに鳴り響き、リングの上は彼女の回転が描く軌跡で満たされていた。回転する蹴りの一撃がクレティアの胴脇にピタリと当たった、続けて第二撃、第三撃と連続で命中し、クレティアはそうじて初めて身を後ろに引いた。萌愛はその勢いを止めることなく、体勢を前に乗り出すように切り替えて前方連続蹴りを繰り出した。足が空気を切る音と共に一撃一撃がクレティアに届き、今度は彼女の肩や胸元に正確に当たり、クレティアの足元が少しぐらついた。観客席からは「萌愛!」という声援が沸き上がり、ケルドも頷きながら拳を振り上げて応援していた。クレティアは足元を直し、ハキハキと言った。
「やはり底力はあるようだね、だけど、そのくらいでワタシに勝てるとでも思ってるの?」その言葉が終わる前に、萌愛は全体重を乗せて体当たりを一気に繰り出してきた。だがクレティアは素早く体を横に避け、同時に膝を立てるようにして萌愛の腹元に強烈な蹴りを打ち込んだ。萌愛は息を呑むような音を上げ、体当たりの勢いが一瞬で止まった。彼女は手を腹に当て、少し後ろに引きさがったが、すぐにまた目を鋭く開いてクレティアを見つめた。萌愛は息を浅くしながらクレティアに一気に近付き、思いもしない行動で手を伸ばして彼女の手に噛みついた。その攻撃は唐突すぎてクレティアも一瞬驚いて体を動かせず、手から少し痛みを感じて眉をひそめた。
「な、なにそれ!」クレティアが驚いて声を上げる隙に、萌愛はそのまま体を寄せかけて別の打撃を仕掛けようと体を動かした。会場からは一斉に「えっ!」という驚きの声が上がり、誰もがこの突発的な攻撃に呆れ気味になっていた。リングの脇から見守っていたジョンアイデルが、ハキハキと声を上げた。
「反則ではないが…、しかし、クレティア、萌愛、互いに攻防は一進一退ってところか」その視線はリングの上にしっかりと定まり、噛みつき攻撃に驚いた様子もなく、ただ冷静に両者の戦いを分析していた。会場の騒ぎはまだ収まらずだが、ジョンアイデルの言葉からは、二人の底力に対する評価と、今後の展開への期待感がにじんでいた。萌愛はクレティアが手の痛みから気を緩める瞬間を捉え、一気に体を乗り出して目潰しを仕掛けた。指先がクレティアの眼前まですぐに迫り、クレティアは反射的に目を閉じて頭を横に避けた。
「そんな手まで出すのね!」クレティアは少し慌てたような声を上げつつ、後ろに一歩引いて体勢を立て直した。萌愛はこの機会を逃さず、すぐに次の攻撃に繋げようと足を動かし始めた——会場からは驚きと同時に、「かっこいい!」という声援も混ざって沸き上がっていた。萌愛はクレティアが体勢を立て直す前に、足を低く滑らせるようにして股間に向けて蹴りを仕掛けた。その蹴りは速すぎてクレティアには避けるスペースも時間もなく、一瞬だけ表情がゆがんで身をかがめた。
「ぐっ…!そ、そんな…」会場からは一気にショックを受けたような声が上がり、ジョンアイデルも眉をひそめながら「まあ、反則範囲じゃないけど…こいつはなあ」と小さく呟いた。萌愛はクレティアがかがんでいる隙を見つけ、さっと体を乗り出してまた目潰しを仕掛けようとした。指先が再び眼前まで迫ると、クレティアは痛みを抑えつつも反射的に手を上げて遮り同時に足を後ろに引いて距離を取った。
「やめなさいよ、そんな攻撃ばかりじゃつまらないでしょ」クレティアは目元に少ししわを寄せつつも、今度は本格的に戦うような空気を出し始めた。萌愛はその様子を見て唇をかすかに上げ、「つまらないなんて言わないでよ、勝つためなら何でもするんだから」とハキハキと応えた。クレティアは少し頭を傾げ、ハキハキと言った。
「らしくないわね、いつもは楽しんで戦ってる君がそんなこと言うなんて」 萌愛は拳を握りしめ、目をクレティアにしっかりと向けてハキハキと応えた。
「勝たなきゃ意味がないんだ、過去の大会ではいつも敗退してたから…今回は絶対に勝たなくちゃ」その言葉の裏には、過去の後悔と今回への強い決意がにじんでいて、クレティアの表情も少し柔らかくなった。会場の騒ぎは一時的に静まり、二人の息遣いがリングの上に響いていた。その瞬間、二人は同時に体を乗り出して拳を突き出し——ぐいっと力強く拳同士がぶっつかり合った。大きな音が響き、空気がひずむような衝撃が周りに広がった。萌愛の体は少し後ろに反り返ったが、今度は決して引きさがらずに力を込め続けた。クレティアも目を細め、最初の平然さからは一変して、本気の力を拳に込めていた。二人の腕には筋肉が浮き出、リングの上には二つの意志がぶつかり合う熱気が立ち込めていた。拳同士の衝突が収まるやいなや、二人は同時に足を蹴り上げ——蹴りの応酬が始まった。萌愛は右足を横に蹴り出し、クレティアは左足でそれを弾き返す。続いてクレティアが高い回し蹴りを繰り出すと、萌愛は身をかがめて避けつつ、低いソバットを叩き込む。足同士がぶつかる音がパタパタと連続し、それぞれの蹴りは速さも力も増していき、リングの上は二人の足が描く軌跡で満たされた。互いに一歩も引かず、蹴りを交わし続ける二人に、観客席からは息を呑むような静けさが広がった後、大きな声援が沸き上がった。萌愛は蹴りを交わしながらハキハキと叫んだ。
「やはり出し惜しみなんかしてられないね、仕方ない!」その言葉と同時に、彼女の体から強い光が溢れ出し、一瞬のうちに20メートルもの大きさに膨らんだ。姿は二本立ちのように前足を上げ、後ろ足で地面を踏みしめる猫科の猛獣そのもので、金色の毛並みが太陽の下でキラキラと輝き、鋭い牙と爪が脅威を放っていた。リングはその体に圧迫されるように見え、会場からは今までにない大きな驚きの声が轟き起こった。クレティアも一歩後ろに引き、その巨大な姿を見つめる目には初めての興奮が宿っていた。
「獣化ねぇ、別に珍しくはないわ」クレティアはそう呟きつつも、体を一気に緊張させて巨大化した萌愛の動きを見極めていた。すると萌愛は瞬きする間もないスピードで体を前に乗り出し、大きな掌底をクレティアの体にぐしゃっと打ち込んだ。衝撃音が響き、クレティアは勢い余って数十メートル先まで吹き飛び、リングのフェンスをぶち破って会場の壁に激しく叩きつけた。壁からは砂埃が舞い上がり、周りの観客たちは思わず身をかがめるようになった。巨大な猫科猛獣の姿をした萌愛は、掌底の一撃が命中した瞬間に続けて体を回し——鋭い爪の生えた足で爪キックをクレティアに向けて蹴り出した。その足は風を切り、瞬く間にクレティアの眼前まで迫った。だがクレティアは壁から立ち上がり、右手を前に伸ばすとその腕だけが一気に鱗で覆われ——赤黒い竜の腕へと変化した。その竜化した腕でガッと爪キックを受け止めると、火花がパチパチと散り、衝撃で周りの空気が波打った。
「ならば、こんな感じでどうだ?」
クレティアは竜の腕を固めつつ、目を輝かせて萌愛に笑みを浮かべた。萌愛は巨大な頭を少し掻き上げ、ハキハキと声を上げた。
「噂に聞くドラゴンの力…、なるほどね、でも、全力じゃないでしょ?」その言葉と同時に、彼女は体を横にひねりながら強烈な側面蹴りを繰り出した。鋭い爪が空気を切り、クレティアの胴体に向かって突き進んでくる。だがクレティアは今度は左足を前に出し、その足も金銀と墨色が混ざった美しい鱗で覆われて竜の足へと変化、ガッと側面蹴りを受け止めた。火花がさらに激しく散り、地面までぐらりと揺れた。クレティアは竜化した足を踏みしめつつ、「全力なんてそんなに簡単に出せるものじゃないわ」と笑いながら応酬した。萌愛は巨大な体を一気に躍らせ、顔元に向けて強力な飛び膝蹴りを食らわせに突き進んできた。その勢いはまるで砲弾のようで、空気が鳴り響いていた。だがクレティアは上体を軽やかに横にずらすだけでその攻撃をかすりもしないで避け、同時に竜化した手を伸ばして萌愛の体側に指先を突きつけるようにした。
「急ぎすぎちゃうと隙が出ちゃうよ」クレティアは鱗の輝きを増しつつ、そっけなく言い放った。萌愛は膝蹴りが空いた反動で少し体勢を崩すが、すぐに尾を振ってバランスを取り直し、再び鋭い眼光でクレティアを見つめた。萌愛はバランスを取り直すや否や、尾を地面に叩きつけて体を浮かせ、クレティアの胴体に向けて強烈な蹴りを一気に打ち込んだ。その蹴りは風を切り裂くような勢いだったが、クレティアの胴体はすでに金銀と墨色が混ざった竜の表皮で覆われていた。ガシャッと金属を打ち合わせるような音が響き、萌愛の足からは少し痛みが走った。クレティアはその蹴りをまるで何もないように受け止め、上体を少し前に乗り出して「これでもまだ中途半端よ」と囁くように言った。鱗の表面には蹴りの跡すら残らず、その硬さと防御力に萌愛も一瞬驚いたような表情を浮かべた。萌愛は驚きを隠さず、全身を使って拳や蹴りを一気に連打した。鋭い爪の蹴り、力強い掌底の打撃がクレティアの竜表皮にひっきりなしに叩きつけられ、金属音が轟き続けた。だがクレティアはただ立ちつくして全部食らい、やがて眉をひそめて「イテテテ!だったらこちらも本気を出すわ!」とハキハキと叫んだ。その瞬間、金銀と墨色が混ざった鱗が彼女の全身に広がり——一気に竜化が完成した。巨大な翼が背中から伸び、角が頭頂から突き出し、瞳は鮮やかな紅色に輝き始めた。そして尻尾は、竜のように力強く太くながらも、狐のように先端が柔らかく丸みを帯びた、両者の中間の形をしていた。彼女の姿は今までの倍以上の威圧感を放ち、リング全体がその気配に圧迫されるようになった。萌愛も足を後ろに引き、初めて真の敵としてその竜の姿を見つめ直した。萌愛は巨大な猫科猛獣の姿で目を輝かせ、ハキハキと叫んだ。
「そう、それだよ、それ、見たかったのはこれだ!」その声と同時に、彼女は体を一気に前に乗り出し、大きな掌底をクレティアの胴体に打ち込もうとした。だがクレティアは竜と狐の中間の形をした尻尾を速やかに振り上げ、その太く力強い尻尾で掌底をガシッとはじき返すように反撃した。萌愛は反動で少し後ろに跳ね返ったが、すぐに尾を地面に叩きつけてバランスを取り直し、「なかなかだね!」と笑い混じりに声を上げた。クレティアの尻尾は空気を切り、その勢いからは今までにない強さが伝わってきた——リングの上には、ようやく真価が発揮される二人の戦いの熱気が満ち溢れていた。萌愛は目を一つ細め、巨大な体全体に力を込めて一気にクレティアに向かって体当たりを繰り出した。地面がガクリと鳴り、彼女の体はまるで動く山のように迫り、周りの空気まで圧しつぶすような勢いだった。クレティアは紅い瞳をぎらりと光らせ、竜の翼を少し広げて体勢を固め——その体当たりを正面から受け止めるつもりなのか、または何か奇策を仕掛けるのか、今のところは見当がつかないまま、ただ静かにその猛威を待ち受けていた。萌愛の体当たりが迫る瞬間、クレティアは巨大な翼を一気に広げて地面から飛び上がった。空高く舞い上がった彼女は体を丸めるようにして萌愛の上に逆落ちし——強烈なボディプレスを繰り出した。ドスンッと地響きが起こり、萌愛はまともにその体重を受けて巨大な体が地面に叩きつけられた。砂埃が大空に舞い上がり、リングの床までひびが入るような衝撃が周りに伝わった。萌愛は息を呑むような音を上げ、一時的に体が動かなくなるような痛みを感じたが、すぐに鋭い牙を剥いて「くっ…これが本気か!」と声を轟かせた。萌愛が体を起こそうとしている隙を突いて、クレティアは竜化した太い足を伸ばして彼女の胴体をギュッと掴んだ。その力は圧倒的で、萌愛は掴まれたまま抵抗することもできず、クレティアは翼を大きく羽ばたかせて空高く飛び上がっていった。会場の観客たちは頭上を見上げ、二人の姿が雲の中まで消えかけるのを見つめて息を呑んだ。そしてその瞬間、クレティアは足を緩め——萌愛を真下の地面に向けて落とした。巨大な猫科猛獣の姿が疾風のように落下し、地面に激突する前に萌愛は尾を空に振って体勢を調整しようとしたが、速度はあまりに速くて衝撃音が轟き、地面に大きなクレーターが生まれた。砂埃が渦巻き、周りの建物までガクリと揺れた。萌愛が地面に激突した瞬間、クレーターの中からまたも小さな爆発が起きて炎と煙が立ち上がった。爆発の音が会場中に響き渡り、観客たちは一斉に息を呑んで様子を見守った。煙が薄れると、そこには気絶した姿の萌愛が横たわっていて——巨大な猫科猛獣の姿は消え、元の人間の姿に変身解除していた。彼女の髪は少し乱れ、服にも破れた跡が見られるが、呼吸はまだしているようだった。クレティアは翼を羽ばたかせて地面に降り立ち、萌愛の横に近づいて少し頭を傾げた。
「…やっぱり君は強かったわ。今度はもっと楽しんで戦おうね」その声は柔らかく、竜化も徐々に解け始めていた。会場からは一時的な静けさの後、勝者であるクレティアへの声援と、萌愛への心配の声が混ざって沸き上がった。マルスはリング脇からマイクを掲げ、力強い声でアナウンスした。
「勝者、クレティア選手!波乱万丈だった一戦だったが、最終的に制したのはクレティア選手だ!」その言葉と同時に、会場中にブザーの音がギーッと鳴り響き、戦いの幕が正式に閉じられた。クレティアは萌愛の額に軽く手を置いてから立ち上がり、観客席に向けて小さく手を振ると、今までにない大きな喝采と声援が轟き起こった。スタッフたちが慌ててクレティアのもとに勝利の花束を持ってきたり、萌愛を担架で運び出そうとしたりする中、リングの上には「一つの勝利」と「次への約束」が満ちていた
スタッフたちが担架を近づけようとした瞬間、萌愛は少し体を起こして肩をすくめた。
「はぁー、あれだけの手を出したのにまた予選敗退かぁー、もう高みに登れないのかなぁー」その弱々しい囁きに、クレティアは足取りを止めて振り返り、ハキハキと声を上げた。
「自分らしさを失ってる今の君は高みは目指せないよ」言葉を残して彼女はそのまま試合会場を後にしていった。萌愛はその背中を見つめ、「自分らしさ…」とひっそりと繰り返す。周りの声援も喧騒も一時的に遠く聞こえ、彼女の心にはクレティアの言葉が深く残っていった。スタッフたちが少し距離を置いて様子を見守っているとき、突然空気がひずみ、アスモディンが萌愛の前に静かに現れた。黒い羽根のような衣装が風になびき、彼女は頬杖をついて萌愛を見下ろしながら皮肉っぽく呟いた。「柄でもないことをしたわね、大天使の名を冠するもの」
萌愛は少し体を起こし、眉をひそめてハキハキと応酬した。
「アンタに言われたくないわよ、堕ち夢魔」その言葉にアスモディンは薄笑いを浮かべ、足元に座り込んで「お姉様の言葉、耳に入ったのかしら?『自分らしさ』ってのは、大天使としてのプライドよりも大事なのかしらね」と、さらに追い打ちをかけるように言った。萌愛はその問いに答えず、ただ地面を見つめ続けていた——空気の中には、過去の因縁と今の迷いが混ざり合っていた。アスモディンは腰を浮かせるように少し体を動かし、ハキハキと声を上げた。
「ココで壊れてもらっては困るわね、君も歯車の一つだから」その言葉は皮肉っぽさよりも、どこか真剣な調子が混じっていて、萌愛はやっと地面から目を上げて彼女を見つめた。
「歯車…?何の話してるの?」と囁くように問いかけると、アスモディンは再び薄笑いを浮かべ、指で空をなぞりながら「後でわかるわ。今はただ、『自分らしさ』を思い出すだけでいいのよ」と言い残し、そのまま空気のひずみと共に姿を消していった。萌愛は一人になり、「歯車…自分らしさ…」と繰り返しながら、まだ痛む体を支えて立ち上がろうとした。アスモディンは萌愛の前から姿を消した直後、アルカシティの広場にそっと現れた。太陽が照りつける石畳の上に立ち、黒い衣装が風にそよぎながら、彼女は空を見上げてハキハキと声を上げた。
「ジョンアイデルが選ぶことには文句は言わないわ、だが、できればアテシも選んでほしいけどね」周りを通りかかる人々は、その不思議な風貌の人物に少し目を留めるも、すぐに歩みを進めていく。アスモディンは指先で髪をかきあげ、「選ばれる側になるのか、それとも…」とひっそりと呟き、広場の中央に建つ大きな時計塔を見つめ続けた。風がその声を運び去り、空には何か大きな変化が訪れる予感が漂っていた。クレティアは会場を後にして広場へと歩み寄り、つぶやくように言った。
「しかし萌愛との戦いはノーダメではないからね…ん!?あそこにいるのはアスモディン?」
その視線の先、アスモディンの近くにはドミネストが佇んでいた。ドミネストは低い声でアスモディンに問いかけ、その声は広場の風に乗ってクレティアの耳にも届いた。
「アスモディン、お前に問おう、お前は誰に認められたい、ミクスタッド全員かそれともジョンアイデルだけ、或いは両方、はたまた、国や世界にか」アスモディンは時計塔を見つめたまま、少し肩をすくめてハキハキと応えるような調子で言った。
「ふふ、突然なんだけど?認められる先って、そんなに選べるものなのかしら?」クレティアは隠れるように建物の陰に身を寄せ、二人の会話を静かに聞き続けた——ドミネストの問いには、単なる好奇心以上の重みが感じられた。ドミネストは胸を張り、ハキハキと声を轟かせた。
「我は拒まん、お前のことは認めてるんだぞ、お前は悪ではない、闇を抱えても進もうとしてる」その言葉が広場に響くと、アスモディンはやっと時計塔から目を逸らしてドミネストを見つめた。薄笑いが消え、瞳の奥には少し驚きと、誰にも見せないような柔らかさが浮かび上がった。
「…認めてる?そんな大げさなこと言わなくてもいいわよ
「大げさじゃねえ」ドミネストはガッツリと頭を振り、「お前が歯車だと言ったように、俺たちも全部、同じものの一部だ。闇だろうが光だろうが、進む姿は誰にも負けない」建物の陰から聞いていたクレティアも、その言葉に少し頷き、心の中で萌愛のことを思い浮かべた——「認められる」と「自分らしさ」、二つの言葉が奇妙に重なり合っていくような気がした。アスモディンはドミネストの言葉を聞いて、体が少し震えるのを感じた。銀髪が風になびき、彼女は手を胸元に置き、ひっそりと呟いた。
「な…何この気持ち…ジョンアイデルに抱く気持ちに似てるんだけど」その声は小さくて震えていて、今までのハキハキさや皮肉っぽさはどこにもなかった。ドミネストはそんな彼女を見つめ、「似てるってことは、お前が俺に対しても、同じように『何か』を抱いてるってことだろ?」とまっすぐに問いかけた。
アスモディンは答えられずにただ目を伏せ、胸の中で揺れ動く気持ちに戸惑っていた。建物の陰のクレティアも、その様子を見て心が締まるような感じがして——闇を抱える者も、光を求める者も、誰もが「認められたい」という同じ想いを抱いているのだと、そう実感した。




