表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/18

出発の朝

「ホタルさん! 待って〜!」


 翌朝。


 迎えに来てくれた領主様の馬車に乗り込んで、さぁ出発。と思ったら、通りの向こうから聞き覚えのある声が。


「ホタルさん! 俺、なんにも聞いてないっす!」

「ちょっ、リシア君、声が大きい。まだ朝早いんだから」

「あっ、ごめんなさい」


 慌てて自分の口を両手で塞ぐのはふわふわツンツンの黄緑色の髪と深緑の目が特徴的な青年。若干二十歳にして町一番の道具屋リシア君。ごく普通の日本人である私が宝飾師としてやっていけているのは彼が魔力を補充できる石板を発明してくれたお陰だったりする。それ以外に彫金の道具も作ってもらっているし本当にリシア君には頭があがらない。


「で、どうしたの? こんな朝早くに?」


 とはいえ最近は石板の調子もいいし、お願いしている道具もない。特に言っておくことはないんだけど。


「どうしたの? じゃないっすよ! フィアーノに行くなんて聞いてないっす!」

「えっ、あっ、うん。言ってないけど。誰に聞いたの?」

「言ってないけど、じゃないっすよ~」

「やっぱりね~。リシア、貸しだからね」


 きょとんとする私をみてうなだれるリシア君。それを見てにやにやとするセレスタ。どうやらリシア君にフィアーノの話をしたのはセレスタみたいだけど、貸しってなんだ?


「ホタルさん! 遠出するときは言ってください!」

「へっ? なんで?」

「なんで? じゃないっす! 何かあったらどうするんすか! ホタルさん、この世界のこと知らないでしょ!」


 いやいや、私、もう三十二歳だよ。大人だよ。確かにこの世界に来てから日は浅いけど、何かあったらってどんだけ心配性なのよ。ってか、リシア君の方が一回り以上も年下だし。思わず苦笑いしてしまった私をリシア君がジト目でにらみつける。可愛いな、おい。


「はぁ~。ホタルさんは危機感なさすぎっす」

「リシア、頑張れ~」

「セレスタさん! 絶対面白がってるでしょ!」

「うん」

「はぁ……」


 なおもうなだれるリシア君。よくわからないけど悪いことしちゃった?


「えっと、なんだか、ごめんね」

「何が悪いかわかってるんすか!」


 しまった。とりあえず謝ってみたけど藪蛇だったか。


「いや……わからないです」

「はぁ」


 何度目かわからないリシア君のため息。


「ホタルさん! 俺はあなたの相棒ですよね?」


 急にキッとこちらを見るリシア君にびっくりする。キラキラの深緑の目に見つめられてドギマギしてしまう。セレスタやジェードもそうだけど、この世界って本当に美形揃いなのよね。髪も目もカラフルだし。のっぺり平坦な醤油顔、黒髪黒目の自分の地味さが辛い。


「えっ、あっ、うん」

「だったら出かけるときは報告する! いつ帰ってくる予定なんすか?」

「えっと、往復六日。先方のアポイントは取れているって話だからすぐ会えると思うけど」


 詰め寄るリシア君に思わず答えてしまったけど、相棒の話と出かける時の報告って関係ある? いや、確かにリシア君にはいつもお世話になっているし、元の世界にしかない道具とかリシア君にとっては謎でしかないはずなのに嫌な顔一つせずに作ってくれて感謝しているし、相棒だと思っているけどさ。

 

「じゃあ、中一日と考えて七日で帰ってくるんすね?」

「あっ、いや、折角だから少しフィアーノの町も見てきたいなぁって。貝殻とか海沿いにしかない植物のスケッチとかもしてきたいんだけど」

「それは今度俺と行ったときでいいっす!」

「えぇ?」


 なんでそうなる? 往復六日だよ。何度も行くのは面倒じゃん。っていうか、リシア君は道具屋でしょ。デッサンとか関係ないし、フィアーノに用事もないでしょ。第一、一緒に行く予定なんてないよね? 言い返そうとした私をジェードの言葉が遮る。


「ホタル、そろそろ行かないと」

「あっ、そうだ! ホタルさん、これ!」

「えっ? 何?」


 リシア君から手渡されたのは手の平に入るくらいの長方形の物体。つるり、ひんやりとしたそれは石を切り出して研磨したものみたい。乳白色の地に紫と緑のマーブル模様がきれいだ。とはいえ、なぜ渡されたのか全くわからずに首を傾げる私にリシア君が自分の手元を示す。そこには同じ石板があった。


「ホタルさん、それ、耳にあてて」

「? こう?」


 言われるがまま耳に当てる。とリシア君も同じように自分の手元の石板を耳にあてる。


「聞こえるっすか?」

「えぇ!」

「うわっ!」


 聞こえてきた声に驚きの声を上げる。と同時にリシア君が耳元にあてた石板をおもわず離す。


 いや、目の前にいるんだから声が聞こえるのは当たり前でしょ。って、そういう話じゃなくて。


「もしかして、これ、電話?」


 そう、リシア君の声は耳にあてた石板から聞こえてきたのだ。もちろん、この世界に電話なんて存在しない。確かに電話の話をしたときに面白そうに聞いてはいたけどさ。まさか私の話だけで作っちゃったの?


「残念ながら電話じゃないんす。これはホタルさんと俺が持っている二つの間で話ができるだけ。でも、どんなに離れていても使えるし、空気中の微量な魔力を動力にしているから魔鉱石いらずっす」


 魔鉱石っていうのは乾電池の魔力バージョンみたいなものね。私の石板も魔鉱石の魔力で動いているんだけど、それすらいらないって。っていうか、こんなものあっさり作っちゃうなんて。本当に計り知れない子だわ。セレスタからリシア君は町一番どころか王国一の道具屋と言われているって聞いたことあるけど確かにうなずける話だ。


「一日一回は必ず連絡すること! 耳にあてると起動するようにしてあるんで、そのまま話せば大丈夫っす! 俺から連絡したときは石板が光るんで」

「いや、子どもじゃないんだから」

「しなかったらめっちゃ怒るっす!」

 

 真剣な顔で言うリシア君に呆れてしまう。いくらなんでも心配しすぎでしょ。って言おうとしたんだけど。


「ホタルさん、本当にそろそろ行かないとまずいよ」

「ホタル行くぞ」

「気を付けて行ってくるっすよ~」

「えぇ~」


 反論する前に馬車が走り出してしまった。私、そんなに頼りないかなぁ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ