Go-as-to light
この地球こそひとつの地獄だと前提して生きていた事がある。
死があって永遠がない以上、燃やされたり凍らされたり絞められたり刺されたり落とされたり穿たれたり抉られたりを永遠に繰り返されないわけだから、多分この地獄はマイルドな罪状向けの地獄なんだろうと。
前提して、それを仮定というのだと気づいたのは、高校受験の勉強中だった。
前提してからゆうに十年以上経っていて、今思うと、随分早くからちゅうにびょうを患っていましたねとしか
「木内さん、お食事の時間ですよ」
「あぁ今考えてた文全部ぶっとんだ!」
「木内さん、仕事は退院してからにして下さいね。利き腕治りませんよ」
看護師さんは食事トレーを置いて去った。
「利き腕、て概念は陳腐化しないのかな」
見舞いに来てくれてる同僚が、ご飯にふりかけをかけてくれながら言った。
病院食は味が薄いから有難い。
「世界人口全員両効きになればするんじゃない、陳腐化」
「利き腕は脳の分野だからそう簡単には。
でなくて、時代はサイボーグだよ。ファイバーアームで人工的にもう一本利き手を生やす方が早い」
私の職場はいわゆるベンチャーのWEBPR企業だ。
広告を募って、それと気づかれないように記事を書き、地元系WEB情報誌として配信する。
同僚は同じ媒体で、テクノロジー分野の記事制作を担当している。
今も、ナントカ重工さんのインタビューが早めに終わったとかで、取材ついでに寄ってくれていた。
言い換えれば、帰社しない為のダシに使われている。
ダシとして煮汁を出す身だとしても、こうして個室なんかに閉じ込められてると、来てくださる一人ひとりが有難い。
大部屋は今、流行り病のせいで空いてない。
「科学全盛のきみに話すと笑われそうだけど、聞いてくれ」
私はふりかけ色のご飯を食べながら言った。
「この病院、出る」
同僚の決断は早かった。
院内コンビニでお泊りセットを調達して病室のロッカーに突っ込み、帰社後に再来訪してくれたのだ。
終電もない時刻だが、つまり弊社はそういう会社だ。
「婚約者ですって言ったら特別お泊りオッケーだった! 変な事しないで下さいね、だって! やだー」
「きょうだいでよかったのでは……」
同僚とは同性だ。ナースステーションでどういう具合にどういう噂が広がったか、患者のプライバシーはどの程度尊重されたのか、想像したくもなかった。
「お化けは? でた?」
「おバカ?」
「そら木内さんのことだね」
「あの窓から向かいの病棟見ててみ」
あろう事か、同僚はひいてあったカーテンを全開にした。
中庭をはさんで、向かいは内科病棟だ。
私はすかさず布団を被った。
「バカ! 気づかれるだろ!」
「誰に?」
「お化けだよおバカ!」
「まーたまたま、……た」
同僚の不自然な沈黙に、ああこいつも見たんだ、と思う。
「……なるほど〜〜、出るね〜〜〜」
「見たならもう良いでしょ! カーテン閉めて!」
カーテンレールをカーテンハンガーが流れる音を確認して、私は布団をはねのけ、「出たでしょ!?」と確認する。
同僚はサーカスで火の輪をくぐらされる動物を見た動物好きの子供みたいに、複雑な表情をしていた。
「ひとが。落ちて、でも中庭には何にもなかったね。しかも何回か繰り返した」
「看護師さんに言っても笑われるだけなんだよ」
「そらだって、看護師さんはここで明日も明後日も働いてくんだから」
同僚は、疲れた様子で看護師さんの用意してくれた簡易ベッドに腰掛けた。
超科学ってほんとにあるんだなぁ、とか悔しがりながら。
「お化けさぁ、学生服じゃなかった?」
「死ぬ時どんな服だって良くない? 戦国武将だって死装束だから鎧でお洒落したんだよ」
「子供が投身ってさぁ。この歳になると、余計さぁ」
「毎晩このっくらいの時刻に繰り返すんだよ。早く退院したい!」
「ああー、今日書いてたやつ。地獄だと前提して。あれって」
「そうしないと、怖いから」
「怖いのに毎晩見たの?」
「まだ四日しか見てない」
「気づかれるの嫌なんじゃなかったのかよ」
見過ぎ、と同僚が苦く笑った。
笑って、立ち上がると、ロッカーから汗をかいたビールを取り出す。
喉に押し込むように飲む。
まだ冷えてるんだろうか。
「缶ゴミはお持ち帰りで頼む。病院はアルコール禁止なんで」
同僚はジェスチャーで了解を示した。
アルコールで恐怖を緩和できる立場が、羨ましい。
っはー、と缶から口を離した同僚の上唇に、缶の飲み口幅だけ、一列の泡が並んでいた。
すぐにはじけて消える。
「シャワー、ジムでざざっと浴びといて正解だったな」
「ジム寄ったの? こんな時間に?」
「24時間ジムだからね」
「この時間に起きて活動するって身体にいいの? さっさと寝た方が良くない?」
「おまいう」
「一回見ちゃったらだって。定量的データっていうの? 疲れてたのかな、で終わらないなにかが欲しい」
同僚は柔らかく苦く笑った。
アルコールのおかげで、血色が回復してきている。
「猫を殺す類の好奇心だ」
「きみが来てくれて良かった。一人で抱えるのが一番しんどかった」
「じゃあ見るなっつー」
「気づかれるのは嫌だけど、もう二日目くらいから、気づいてない振りも大人としてどうかと思ったんだよ」
「作文のネタにすんなっつー」
「作文じゃない。読者投稿掲示板。考えてもみてよ。アレは現象なのか、お化けの類なのか」
「心霊現象では」
「それは我々にとってであって、当事者にとってはどうかって話。もう当事者そのものが何かって話。
あの学生服のコなのか、ただこの場所の記憶が再生されて我々に見えるだけなのか。
当事者があの子供だとしたら、身を投げる時の記憶も、抱えたままなのかとか」
私が喋る間に、同僚はチビチビやって、2缶目に突入した。
何本空ける気で何本持って来てるんだ。
「木内さんさ、気づかれたくないなら、そういう事考えない方がいんでは」
「誰にもなにも気づかせなかったから、最終的に、こういう現象が起きるような悲壮な事になったんじゃないかと。
入院中で売る程暇だとそういう事を考えるんだよ」
「気づかれたくなかったんじゃないの? あの位の歳のコは、肩肘張るのが仕事だ」
「学生服着るくらいの年齢って、気づけるの? 打ち明ける事の治療的効果とか。一人で抱える事そのもので蓄積される脳神経系への負荷とか。そういうのは医学的にも脳科学的にも定量的データが出てるんだよ」
「みんなググってんじゃない?」
「今のコだったらね。我々と同世代だったらどうか」
「課長が、あの下書き、発想が今っぽくないから没だって。
この世が地獄だって発想の団体や思想はあるし、ググればウィキれるから今のコは小学生くらいで動画で調べちゃうって」
私は呼吸が一瞬止まった。
そういう事は、病室のドア開けた瞬間に教えて欲しかった。
とは言え言いにくいのも、分かる。
分かるから、口をあわあわ動かすだけで、何にも返せない。
同僚も、悪いこと何もしてないのに、申し訳なさそうだ。酒の勢いがなきゃ、成程これは難しい。
「下書きのこと話したら、没だからゆっくり休めって」
「案だけで、没……げんぶつも見てないのに……」
「読者投稿板はさ、本物の読者がなんか投げてくれるかもだし」
「それが出来たら私の仕事はひとつ減るけども……これ以上過疎ったら弊社に広告料はだって……」
その時、見回りの看護師さんが来て、飲酒現行犯で同僚と私はみちっと怒られた。
私は没ショックで、何を言われたかは覚えていない。
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ぼくはきづいていた。
よっかもみられたらきづいていた。
というかよくもまぁみつづけたなと、そのデバガメ根性には感嘆すらおぼえるけどあんまりオススメはしない。
変われるのは肉体の特権だということをぼくはしっているので。
せいぜい朽ちるその時まで、ここにあるむねんをまもろうとおもう。
だれにもきがいにならないように。