険しい道を選んで進む
登山家とか、なんで厳しい山を登るのか。
そこには達成感とか、成長を感じられるからといった意味が、ちゃんとあるんだと思う。
安易な道を余人は進む
誰もが知る道、迷いようのない道
いつも誰かが前を歩いていて、その後ろをついていくだけ
わたしはその道を使うのをやめた
何故なら魂が衰弱するから
快楽や安心は、弱い心を腐らせる
厳しい道のり、険しい山を登って生きよう
わたしはあえて 孤高の道を進む
そうでなければ、わたしはわたしに 背いてしまう
そうなれば
わたしが手にする あらゆるものが
嘘にまみれ、価値を失ってしまう
安易に、嘘偽りの道を進むのをやめよう
気楽だからと、互いに嘘をつきあうのをやめよう
人の顔色をうかがいながら生きるより
たとえ険しい道だとしても
その道の先を行く人に
いつか巡り会いたいから
いまもまた、この険しい道を歩む人とすれ違う
「やあ、あなたもこの道を進んでいるんですね」
「ええ、あなたも」
たったそれだけの言葉で通じ合う
それだけで、わたしたちは わかりあえるのだ
この道を進む人は、強くあろうと生きており
そうした人というのは、自分と相手を同じものだと知っている
この道で出会う人が
わたしと同じ 異邦の人だと知っているから
互いの国のことなど関係なく
わたしたちは険しい山道を
たった一人で進んで行くのだ




