元殺し屋、英雄へ転職希望
読んで下さってありがとうございます!
第2話です!
ザイトが旅を開始してから、1ヶ月が経とうとしていた。
会長が持って来た本。その内容に感銘を受け、自身も英雄を目指すと決めた彼はその第一歩として、王国の城下町を目指す事にした。とにかく動かなければ、何も始まらない。
「行ってきます、会長」
会長の墓に挨拶して、彼は旅に出た。そして、今に至る。
(よし、順調だな)
この調子で行けば、あと1週間とせずに城下町に辿り着くだろう。王国には城下町が4つ存在し、自分が目指しているのは西に位置する城下町だ。
小休憩を終え、進もうとしたザイトだが急に臨戦態勢に入る。血の匂いを感じ取ったのだ。感覚に優れているとはいえ、こうもはっきり感じ取れているという事は、流血している対象は近い。
臭いがするとはいえ、ここは森の中。位置の特定は難しく、必死の思いで見つけたとして、魔獣の喧嘩だったら骨折り損この上ない。
(やっぱ、使うべきか)
目を閉じて、深呼吸。そして、再び目を開く。
その右眼は、紅く光っている。彼の眼に宿りし能力、名を「千里眼」と言う。
屋内でさえなければ、地平線という限界まであらゆるものを視る事ができる力。
(さて、どこだ?)
周囲を見渡しながら流血の主を探す。そしてーー
(見つけた)
血を流しているのは、1人の少女だった。その周りを6名程の男が囲っている。その鎧に包まれた見た目は盗賊の類いというよりも、騎士を彷彿とさせた。
(事情は分からないけど、放って置ける訳ないね)
それどころか、「英雄」になる為の第一歩になるかもしれない。そう考えたザイトの口には、自然と笑みが零れていた…
「どうして、この様な真似をするのですか!」
少女は、眼前の騎士達に問いかける。その腕からは血が流れていたが、致命傷とはなり得ていなかった。
「悪く思わないで下さいよ。我々はただ団長の命に従っているだけなんですから」
6人いる騎士のリーダーと思われる男が少女に言う。彼らからすれば、眼前の少女など脅威でも何でもない。腕を軽く斬ったのは、遊びの様なものだ。
「でも、遊んでばかりもいられないんでね。これで終わりにさせて頂きます」
大きく剣を振りかぶる。少女は、死を覚悟して目を瞑りーー
「ぎゃあああ!?」
悲鳴をあげたのは、あまりにも予想外の人物だった。リーダーから最も離れた騎士の男が、首から血飛沫をあげて倒れたのだ。近くにいた男が慌てて駆け寄るが、既に死んでいる。
リーダーが、振り降ろそうとした手を止める。
「何者だ、名乗れ」
5人が一斉に警戒する。すると、森の中からガサガサと音をたてて、1人の少年が現れた。
「名乗る様な事は何も成してないんだけど…」
バツが悪そうに少年ーーザイトは話す。
ザイトが出現したのを見届けとると、リーダーと1人の男が目を合わせ、頷く。その男はザイトの前に立ちはだかり、
「貴様!我らは王国に属する正規の騎士であるぞ!それを唐突に不意打ちするとは一体どういう了見だ!」
恐らく、誰かに見つかった時の対応を決めてたのであろう。仲間が殺されたのにも関わらず、すらすらと口上を述べる。
「正規の騎士様が、こんな所でその少女に何をしているんですか?見た所血を流していますが」
「我らは彼女の護衛を行っているのだ!この流血は今しがた魔獣に襲われた事によるもの!今より手当にかかろうと…」
その騎士が、それ以上口を開く事は無かった。剣を抜き、高速でザイトが斬りかかったのだ。驚いた騎士は剣を抜いて応戦しようとするが、その直前に首を切り裂かれた。驚愕で固まる他の騎士達に対して、
「嘘とかいらないから。全滅したいの?」
その言葉に残る4人が凍りつく。今のザイトの発言は、当てずっぽうではない。彼は左眼に宿る能力を使っていた。その名は、「真偽眼」。
物事の本質を見抜く力を持っていて、具体的な使い道としては相手が言っている事が本当か嘘か見抜く事ができるのだ。嘘をついた人物は赤く染まるので、ついさっきの騎士が赤く染まった時点でその発言が嘘である事は確定なのだ。
そもそもザイトは騎士のリーダーが悪く思わないで下さいよ、と発言した時にはこの場に到着している。
あの場所に居合わせた者であれば誰だってどちらが悪いか理解できる。
「お前達、そのガキをやれ。俺は団長の命令を先にする…ん?」
リーダーが振り返ると、そこにいたはずの少女がいない。地面には足跡があり、逃走した事が見て取れた。
「逃げやがったな…!俺はあいつを追う!とっととそいつを仕留めて追いかけて来い!」
そう言うとリーダーは少女を追って走り出す。ザイトもその後を追おうとするが、
「てめえの相手は俺達だぜ?」
3人の騎士が立ちはだかった。
はぁ、と溜め息をついて。
「めんどくさいから3人同時に来てくれない?」
「舐めやがって…元よりそのつもりだ!」
3人の騎士が陣形を組んで迫って来る。その陣形は、誰かがやられてもすぐにその穴を埋めて相手を倒す事に特化している。
「行くぞ!」
騎士らしく(?)攻撃開始を宣言して、一気に間合いを詰めてくる3人。ザイトは3人が近づいて来るのを視界に入れると、手に持っていた剣を遥か上空へと投げた。
「もう勝負を諦めたか!」
剣を投げたザイトに対して勝利を確信する3人。内1人が剣を構え、ザイトの首に迫る。その時、ザイトが首の襟の内側に手を入れ、ゴソゴソと何かを取り出した。その取り出された何かは日光に反射して光った。
光が直撃して男が目を細める。その光った何かの正体はーーナイフである。混乱している男に迫り、その首を、一瞬で切り裂いた。
「ガハッ!!」
首を斬られた男がその場に崩れ落ちる。残るは2人だが、男がやられてすぐに別の騎士が迫って来る。その顔には怒気が含まれていた。
「死ねぇ!」
誰かがやられてから即座に仕掛ける事こそこの陣形の強みだ。一気に決着をつけようとするが、
「痛ぇ!?」
男の肩に剣が突き刺さっている。それは、戦闘開始時にザイトが上空へ投げた剣だった。予想外の攻撃にその場にうずくまる。その後ろから最後の騎士が出て来て、こちらへ向かって来る。ザイトは左の服の内側から武器を取り出す。ナイフより長く剣より短い。短剣だ。
騎士が振り降ろした剣を真正面から短剣で受け止める。その瞬間、騎士は驚愕する。
(なぜ、この体格差で。なぜ、この武器の差で押し勝てない!)
彼は全力でザイトを斬ろうと剣を押し込むが、それより先には進まない。それどころか、押し返されつつある。2人の体格には誰が見ても大きな差がある。純粋な力であれば騎士である彼の方が高いはずだ。にも関わらず負けようとしている。
するとザイトがスッと短剣をずらした。それにより騎士の体制が崩れた。その隙を見逃すザイトではない。一気に回り込み、止めを刺した。
後、1人。すると、「うおおおーーっ!」っと叫び声をあげながら最後の1人が走って来る。そして剣を横に構え、袈裟斬りを行う。高速の一撃に対して、ザイトは。
騎士の視界からザイトが消えた。ーー否。消えたのではない。しゃがんでいたのだ。それもただしゃがんだのではなく、膝を折り、自身のからだを地面と水平にして袈裟斬りを躱した。躱した後、即座に立ち上がり、未だ茫然自失としている騎士に短剣で最後の攻撃を行った。これで、3人全員撃破した。
「後は…あの娘を早く追わないとな」
そう呟いて、「千里眼」を発動させた。
「やっと追い付きましたよ。手間かけさせやがって」
喋り方を整える余裕も無いほど息切れした騎士のリーダーが少女を追い詰めていた。少女の方は身に纏っているドレスが泥にまみれている。運悪く転んでしまったのだろう。
「今度こそ終わりだ。死ねえ!」
決着をつけるべく剣を振り上げるが、
「ーーッ!」
剣を握る右手の甲にナイフが突き刺さっていた。
「ぎりぎりセーフかぁ…」
ナイフを投げたザイトがどうにか息を整える。
「てめぇ、どうしてここに。3人は」
「僕がここにいるのがどういう事か分からないんですか?」
「まさか…倒したのか!?あの3人を!?」
3名の騎士がそれなりの強者であった事もあってリーダーは驚愕する。それと同時に、1つの事実を認めざるを得なくなった。目の前にいるこの少年が強者であるという事だ。
「いいだろう、お前を全霊で叩き潰してやる」
最後の騎士が剣を構える。ザイトの方は敵をどうすれば倒せるか思案していた。やはりスマートに倒せるのならナイフだろう。そう考えてナイフを握り直した矢先に、ガションと音が鳴る。見ると、騎士が自身の顔にも鎧を下ろしていた。
(うん、ナイフどころか剣でも突破が難しくなった。そもそも事情も聞きたいし殺す訳にはいかないしね。だったらあれを使うか)
そうやってザイトは首にかけているネックレスに手をかけた。ネックレスといっても骨で出来た勾玉13個をピアノ線の様なもので通して首の後で結んでいるだけの簡素なものだ。その勾玉には小さい切れ目があって強く引っ張るだけで簡単に外れた。
そして手に持った勾玉を迫って来る騎士に向かって投げた。そしてその勾玉が騎士にぶつかった瞬間、爆ぜた。
「ぐはぁ!?」
爆炎の中から悲鳴が聞こえる。炎が落ち着くと、中に騎士が倒れている。鎧はほとんど壊れており、騎士本人も重症だ。ザイトはそこに近づいて、
「これはタイタンのネックレスって言って、ある程度の刺激を与えると爆発する魔道具なんだけど、これもう1回喰らいたくなかったら今からの質問にyesかnoで答えてくれる?」
「わ…分かった」
騎士の方もどうやら死にたくはないらしい。そして、2択で答えられる質問を取り付けた時点でザイトは勝っている。騎士が真実を言おうが嘘を言おうが彼に「真偽眼」がある限り2択の質問に対する回答は意味を成さない。
「あそこにいる女の子は偉い身分?」
「あ、ああ」
眼に反応は無い。真実だ。
「君達が計画した事?」
「そ、そうだ!私達が計画した!」
騎士が赤く染まった。嘘という事だ。
「やっぱ団長に命令されたって事か」
「ち…違う!私達だ!私達が」
赤く染まった。まあここまで動揺していると眼を使わずとも分かるが。
「うん、参考になった。ありがとう」
「そ…そうか、なら」
「お礼として、楽に終わらせてあげるよ」
騎士の形相は一気に変わって命乞いをしようと口を開きかけるが、ザイトは気にせず首元からホイッスルの様な物を取り出すと、口に含んで勢いよく息を吹き込んだ。本来なら甲高い音が響き渡るはずのホイッスルから何の音も鳴らない。しかし、異変は確実に起きていて。
「あ…が…や、やめ…」
騎士の肉体が急激に崩れ始める。ハーメルンの笛と呼ばれるその魔道具の力によって、限界まで弱っていた肉体が崩壊を始めたのだ。騎士はしばらくの間呻き続けると、やがて肉体は崩れ去り、塵だけがその場に残った。
「これで敵は全員倒せたけど…大丈夫?」
そう言って命の危機にあった少女を振り返ると、気分が悪そうに蹲っていた。目の前で何人も殺されたのだから当然かもしれないが。次は我が身だと思っているのかもしれない。
「大丈夫。僕は君に危害は加えないよ」
とびっきりの笑顔で、(とは言っても感情表現の苦手なザイトの笑顔はいささか不気味なものだったが)
少女に話しかけた。
ようやく少女がこちらを向いて立ち上がる。その淡い奇麗な水色の髪の毛や、汚れてしまっているものの美しいドレスを着ている事からも高貴な身分を彷彿とさせた。
「えっと…君はどうしてここに来たのか教えてくれないかな?」
「は…はいっ!」
緊張こそしているものの、幾分か落ち着いたらしい少女が問いかけに答えてくれた。
「まず、君の名前を聞いてもいいかな?」
「えっと…私は現センテンベルグ王国王女イフール・センテンベルグと申します」
ザイトは驚いた。偉いであろう事は分かっていたがまさか王国の王女だったとは。ならなぜこんな森の中に王女様がいるのだろう。
「あの…あなたは何者なんですか?」
「ああ、名乗ってなかったね。ザイトって名前で旅人をしてる」
もちろん嘘だが殺し屋だと言う訳にもいかない。
「どうして王女様がこんな所にいるんだい?」
「ある人に誘われたんです。自分の部下を護衛につけるから近辺の森の中を散歩に行って来ませんか?って」
「ある人って?」
「西の城下町を治めている騎士団長のウクラス殿です」
大方、予想通りだ。その騎士団長の目的はまだ不明だが、騎士を自由に動かせて王女に直接自分の意見を通す事ができる実力者など限られている。
(嫌な予感がするな…早く王国に向かった方がいい)
「あくまでも推測だけど、君を殺すよう命令したのはそのウクラスさんだと思う」
「え…ウクラス殿が!?」
よっぽどその騎士団長を信頼していたのだろう、その顔には本気で驚きの表情が浮かんでいる。
(この娘は、優しいんだろうな。だから一国の王女を外へ連れ出すような提案にも応えた)
「王国に戻るんだったら、僕と一緒に帰るかい?」
「え、良いんですか?」
「君が良ければだけど…」
「もちろんです!お願いします!それに、ウクラス殿にも何か言わないと気が済みません!」
(自分を殺そうとした相手に気が済まない、か)
認識の甘さに内心苦笑するが、彼女に頼まれた以上、達成しなければならない。もともと通る予定だった道中に1人増えただけだ。
「それじゃ、行こっか」
「は…はいっ!よろしくお願いします!」
こうして、殺し屋と王女という異色の2人は王国へ向けて歩み出した。
1話目より長くなってしまいました…3話目はもう少し短くできるよう精進します!