強襲
襲撃者は突然やってきた。そうでなければ意味はない。このために彼が一カ月近く身を潜めていたというのであれば、ビフレスト機関をほぼ一人で壊滅させたというのも頷けてしまう。
俺と然程年の変わらなさそうなヒュウガが、恐らくこの地上に存在した全てのプリズマの誰よりも、その力の有効な使い方を知っていると言ってもいい。
球技大会を前日に控えた秋の日、俺はヒュウガ君と対峙していた。それは決して拮抗と言える状況ではない。彼の固有特殊能力は非常に戦闘向きであった。
「俺の重力操作の味はどうだ。今度は俺がお前を終わらせる」
「無駄だ、君では俺を終わらせられない」
精一杯の力で地面に押し付けられていた身体を持ち上げる。二本の脚では立っていられないので膝立ちがやっとだった。
「だったら終わらせる」
もうなにを言っても無駄だった。彼にはこちらの返答は意味を成さない。俺が抵抗しないのは身体の不調か、それとも謝罪のつもりなのか。そのどちらなのかはわからなかった。
「俺も決めたぞ。もう無抵抗は終わりだ。次に君が俺に触れたらそのときが最後だ」
「お前、あいつだけじゃなく、俺まで吸収するつもりか......!」
「君は吸収しない。因子だけを頂く。まだ身体が無事なら、せめて人間として生きる気はないのか?」
「俺はせめて、最後までナオヤと一緒に生きるつもりだった。あいつがいなくなった後も、同じプリズマとして......」
「そうか......。君たちによく似た人を俺は知っている。同じことを、言っていたよ。俺は......」
結局、プリズマは奪うことしかできない。
「ならお前はここで消えろ!」
「それはできない! この世界は俺が変える。俺以外にはできない。降りるつもりはない」
もう後戻りはできない。押し付けられる力に負けぬよう目一杯力を込めて大きく息を吸い込む。そしてゆっくりと全てを吹き出す。不思議と重い重力を感じなくなる。
「その二人もプリズマだった。でもよ、それは可笑しいんじゃねえかな。俺たちは、なんだ。プリズマだ、人間じゃない。そう、人間じゃないんだよ。あの忌々しきプリズマ因子を身体に打ち込まれたそのときから。
普通の人間は十五年なんて言う短い時間の一生ではない。じゃあ俺達は十五年の寿命と引き換えに何を手に入れた? そうだ。光り人の力を行使する力だ。そのものを生み出すことはできないが、それを自らの意思で使える。この重力操作のような人ならざる力も持っている。そんな奴のどこが人間だ?」
「何が言いたい?」
「お前さ、いっちょ前に、人間みたいに悲しんでいるが、それは違うだろ。人間の悲しみは人間だけのものだ。俺たちがそれを奪うことはできない」
彼が目にも止まらぬ速さで真っすぐに走ってくる。成功した。彼が直接接触してくるならば、こちらも彼の因子を吸収することができる。並の人間であれば彼の移動速度に対応できないだろう。しかし残念なことにレ自身もプリズマであるが故に対応できてしまう。これであればまだジュンやトモユの投げる野球の球の方が速かった。捕らえるのは容易だった。だが大きなアクシデントが発生した。
「うがっ......」
彼の背後に人影があった。そして背中からその人物の左手が突き抜けていた。ヒュウガ君の手は俺に触れる寸前で止まっていた。
「何度も言っただろ、この男に手を出すなって」
見た目は池中ひよりだった。だが人格が異なることはすぐに理解できた。
「カ、カホコ......?」
ヒュウガ君はその正体に気がついていた。しかし俺は一瞬それが遅れていた。その一瞬が大きなミスに繋がった。
自らの貫いた腕を掴み、ヒュウガ君が小さく力を入れる声が漏れたかと思ったその次の瞬間に二人は、そのままの状態で光の粒へと変化していった。ヒュウガ君がひよりごと自らを分解していた。
「お、おい! ヒュウガ君......!」
「お前とこいつを比べたら、どっちを選ぶか。選択を間違える馬鹿じゃない」
辺り一面がまばゆい光に包まれていく。
「例も謝罪も言わない。だがナオヤをその気にさせたんだから、必ずやり遂げろよ」
それだけを彼と彼女は遺して消えていった。俺は気づけば白い世界にいた。
「やり遂げるさ......。ナオヤ君だけじゃない、トモユも俺は......」
「ごめんね、ありがとうね、お兄ちゃん」
やはりこの”白い世界”には俺一人しかいなかった。
ナオヤ君とサリヱは俺がプリズマの時間を終わらせ、ヒュウガ君はひよりと共に消滅。因子は一度に五つ作られる。残りの一つは恐らくカホコが自らがプリズマになるために使用したと考えられる。そのカホコは藤井さんたちと共にあの第九ラボでマイと同時に消滅したものだと思っていたが、意識だけをひよりに忍ばせており、機会をうかがっていたということになる。
つまりネクストはこれで全員が消えたことになる。これは非常によろしくない。因子の数が足りない。最後の改編には最低でもプリズマ因子が五個必要になる。今俺が集めた因子はサリヱ、ナオヤ君、トモユの三個である。俺自身の因子を合わせても一個足りなくなってしまった。
因子を新たに製造する方法もない。こうなってしまっては一個足りない状態であってもサクラが復活した時点で強行するしかない。
「もしもーし」
覗き込むハルカに驚いて後頭部をぶつける。昨日のことに気を取られていたが、今は球技大会に集中するべきだった。
「大丈夫?」
「あ、ああ。これから試合か?」
「違うよ、ユウの番だよ。私はその後」
ハルカもエリも女子の卓球に出場することになっていた。ジュンの方は会場がそもそも違うので応援には行けない。しかし試合状況はメールで逐一エリに送信されてきていた。順調に勝ち進んでいるとエリは言っていた。ジュンは中学の体育館で、俺たちは市民体育館の大競技場で行われていた。普段はバドミントンやバレーボールなどが行われるような場所であるが、そのほかの競技は高校の体育館で行い、卓球はこちらに飛ばされた形になる。
「二回戦目、頑張ってね」
「おう」
以前のようなキレはなくなっていた。想像以上に失点を重ねてしまい五点も取られての勝利だった。これは精神的なものだけではないと感じていた。明らかに身体機能にも異常が出始めていた。俺に残された時間はいよいよ僅かとなっていた。
試合に勝った俺は、一年生の待機場所へ戻るところだった。そこで不意に声をかけられたので振り向いてしまった。
「溝沼先輩」
「えっ」
振り向いてしまったのはその名前で呼ばれることが、今の今までなかったからである。そして振り向いてしまったことをすぐに後悔した。
「やっぱり、溝沼ソウスケ先輩ですよね?」
須澄トモユであったからだ。この場合は南トモユと呼ぶべきか。
「あれっ、溝沼ソウスケさんで間違ってないですよね?」
「き、君は......?」
「私、針ヶ木劇団で劇団員をやってます、南トモユです。あ、南トモユは芸名で、本名は須澄トモユって言います。同じ舞台にも立っていたはずなんですけど、覚えていませんか?」
ここでようやく理解した。俺はトモユの因子を吸収する際に、光り人とプリズマに関する記憶を消去した。同時に俺にまつわる記憶の全ても消去していた。しかしトモユには溝沼ソウスケというもう一つの接点があったのだ。劇団に行けば俺が現役だった時期の資料が残されている。
「いや、人違いだよ」
「じゃ、じゃあこの前のは、あなた?」
「この前?」
「バッティングセンターの前で会いましたよね」
「ああ、そうかな。そっちは俺だよ。も、もういいかな?」
一刻も早くこの場を去りたかった。以前に関係が変わったとき以上に気まずさを感じていた。
「あ、待ってください。あの、よかったらお昼一緒に食べませんか。リュウちゃんのために作ったものが、かなり多くできてしまったので」
「それは、先客があるんだが」
「だったら、せめてその人たちも一緒に」
そして勝負のときはやってきた。
「悪いが勝たせてもらうぞ」
「譲るつもりはない。本気で勝たせてもらうぞリュウジ」
リュウジの戦法は典型的なドライブマンだった。強烈な縦回転を球にかける攻撃型戦法。対する俺はやはりカットマンであり防御型と呼べる。俺の立てた対策案は持ち前の、返球の際に発揮される精密なコントロールを駆使し相手のリズムを崩し、球を支配する。そして相手のスタミナ切れを狙い、ミスを誘う。王道と言えば王道ではあるが、一番手堅いと言えるものだった。
そしてこれまでの試合で彼の弱点も見抜いていた。彼は自陣のバック側に来たボールに僅かに食いつくのが遅れている。それも台のセンターラインに対して鈍角になればなるほどそれが顕著になる。要はネットに近く、台の横に抜ける球ほど弱い傾向にあった。
それは結果として半分正解半分不正解だった。俺は狙ったポイントに球を落とすことはできても、リュウジの対応にミスがそれほどなかった。そして俺は彼のカウンターに完全に対応できていなかった。どうにも本調子とは言い難かった。
シューズが擦れる音と打球音だけが空間に響く。試合も終盤に差し掛かる頃、集中力が切れてしまいフェンスの向こうにいる応援の生徒が目にはいた。そこにトモユがいた。
それが目に入ってしまったのだ。




