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光り人の街  作者: 鳴海 秀一
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羽化

 暑さは去っていき、やがて来る寒さの気配が確かなものになっていた。球技大会まで一週間となった。これまで散々ジュンの球技大会の心配をしていたが、それは高等部にも存在し、当然俺も参加することになっている学校行事である。出場種目は卓球。一仕事終えた映画研究会の面々は四人揃って市民体育館に来ていた。ハルカがジュンの相手を、俺はハルカと交代で休憩に入る。

 「ユウが珍しく運動に真剣」

 「ジュンに倣って俺も決めたからな......」

 「なんかするの」

 「まあ......」

 俺はすでにハルカに宣言していた。球技大会の卓球で優勝したら俺の願いを一つだけ叶えてほしい、と。

 「ちゃんとデートしたことなかったはずだから、デートに誘おうかと」

 「それを聞いてもらうために優勝を? 直接デートしてくれ、でいいじゃん」

 「お誘いはしっかりしたいんだよ」

 「律儀ね。見込みは?」

 「一つだけ気がかりなことがある。リュウジだ......」

 「彼人間よね?」

 「そうなんだが、あいつもトモユに男を見せるつもりらしい......」

 「気圧されてる?」

 「かもしれない。今回ばかりは最初から自信がない」

 様々な競技において、俺は絶対ともいえる自信を持っていた。初めて触れるものであっても、その試合中に経験者を突き放せるだけの域に到達できるという自負があった。何度か経験したものであれば一度も隙を与えないこともできた。

 「もしかして未練?」

 「違う。球技大会の前に、トモユを人間にする。記憶も消す」

 「忘れちゃうんだ」

 「光り人、プリズマ、俺のことをな。世界の改編をした後、トモユは普通の女の子になる。本人は人間に戻りたいと言っていたが......」

 「ならその前にちゃんと話をしてみたらいいじゃん」

 

 それからすぐにそのときがやってきた。以前にトモユを呼び出していたことを俺はすっかり忘れていたのだが、トモユはしっかり覚えていた。それが一カ月近く放置されていた 理由は互いに知らなかった。

 平日の放課後に俺とトモユは落ち合っていた。世間で云えば元カレと元カノという関係の俺とトモユだが、針ヶ木劇団の先輩と後輩という関係でもある。だが劇団の話は滅多なことでは話題に上がらない。しかし今日は違った。

 「はいこれ、先輩に渡してなかったから」

 「チケット?」

 「来年劇団でやるの。主演私」

 「来年の一月か......。関係者席か?」

 「今回はそこしか枠ないよ。先輩にはちょっと辛いかもしれないけど、やっぱり先輩には観てもらいたい。色々助けてもらったし、ね?」

 「可愛い後輩の頼みだからな。頑張るよ」

 「ありがとう。みんなも来てくれって」

 「み、みんな?」

 「ユウが最後だよ。三人にはもう配ってあるよ」

 「ああ、そう......」

 「よし、これでまず一つはオーケーね」


 俺はこのとき目の前のチケットに気を取られていた。ある懐かしい記憶に意識が向いていた。加えて驚きを処理しきれていなかった。

 俺を見たトモユはきっと別の考えが頭に浮かんだ脳だろう。次はそっちの番だと、アイコンタクトも送っていたのだろう。しかしそれに気づかない俺に業を煮やしたのか、一つの提案をした。

 「ねえ、勝負しようよ」

 「なにを賭ける」

 訳もなく勝負を仕掛けるトモユではなかった。

 「ジュース一本」

 「それでいいのか」

 「このくらいじゃないと、機嫌損ねちゃうから」

 「そうだな。それがいい」

 バッティングセンター。トモユの現在の彼氏にあたる篠田リュウジは野球が苦手という。幼少期に酷いトラウマがあるとかで、バッティングセンターには余程の用がなければ寄り付かないとトモユは語る。実際に二人で行こうと提案したら断固として拒否された実例があるという。に故に密会場所に指定された。

 今回の勝負は十球のうち得点の高い方が勝ちというシンプルなルールで行われた。結果はトモユが勝った。

 「前より弱くなってない? それとも手加減した?」

 「手を抜いたつもりはない。弱くはなったかもしれない」

 「それじゃあ、約束通り買ってきてね」

 バッティングセンター外の自動販売機にて御所望のスポーツドリンクを進呈する。トモユの元へと戻る。ベンチには座らずにいるとトモユが口を開く。

 「はぁ、生き返る。ところで、本題ってなんだっけ?」

 「トモユ、プリズマの因子を俺にくれ」

 「それって、プリズマから人間になれ、ってことだよね」

 プリズマ因子を失ったプリズマはもうプリズマではない、ただの人間である。

 「確かに、私はプリズマの力も、固有特殊能力も全然使ってこなかったよ。だからその点は人間になっても不自由はないと思う。だけど、持っていたものをいきなり失くすのは、本当にきついよ。それをもう一度味わうのは、やっぱり怖いかも」

 知っている。トモユは決して自らの欲のために、プリズマとして振舞うことはしない。初めからそうでなかったかのように、息を殺して人のフリをして生きて来ていた。だが、これまでのように偽れなくなる日がやってくる。

 「あいつにはまだ言っていないんだろ。秘密を抱えたまま生きていくのか」

 「それもそう。いつかは話さなきゃいけないってわかってるよ。だけど」

 「まあ、怖いよな。俺も同じなんだ」

 漸く座った、とでもボヤかれそうで、間髪入れずに続ける。利用者は他には誰もいない。自然と声が小さくなる。

 「俺は、いずれこの世界を丸ごと改編するつもりだ。それでやっとこの世界から光り人とプリズマを消すことができる。でも、その前にトモユを人間に戻したい」

 数秒の間があってトモユが返す。 

 「こっちの都合は無視?」

 「忘れたのか、プリズマには寿命がある。俺もトモユも、もうその十五年をとっくに過ぎているんだぞ」

 トモユの表情の変化は見逃さなかった。畳みかけるならここしかない。

 「やれることは、やれるだけやっておきたいんだ。最後の改編のときには、改編事項を可能な限り少なくしておきたい」

 「プリズマのままでいたって、いいことなんか何もない。他のプリズマはどうだ。藤井さん、ヒロトさんはこの十五年間をカホコを止めるために費やした。あかねえは十五年前の後悔を抱えたまま生きていた。ネクストの三人もそうだ。カホコの目的のために利用されるだけの人生だった。この先君が何年生きるかは、俺にはわからない。だけど、その人生の中で君が不幸になる原因が、光り人とプリズマであることが、堪えられない」


 いつだったか、まだトモユと出会って、それほど日が経っていない頃。なにも特別なことはなかったはずの、なんでもない一日の一瞬のことだった。あの日のことを、どうして俺は今でもはっきりと思いだせるのだろう。トモユの口から聞かされた、将来像の話だった。

 「人間だね」

 「俺は違うよ」

 トモユが大きく息を吐き出す。

 「自分のことって、本当にわからないもんなんだね」

 ベンチから立ち上がるトモユ。

 「いいよ。私を人間にして」

 「トモユ......」

 「あ、カホコと言えばだけど」

 視線を泳がせて、何かを回想しているようにみえた。もしかしたら、俺と同じ日のことを、と少しだけ期待していた俺がいた。

 「カホコが私の身体を乗っ取っていたことがあったって、前に言ってたよね」

 「あ、ああ。それがどうかしたのか?」

 「どうして、私じゃなくてカホコだって気づいたの?」

 「それなら簡単なことだよ」

 俺も立ち上がる。トモユの左手を取って正面で向かい合う。右手を取る前に質問に答える。

 「本当のトモユなら、子供を授かって母親になりたいっていう、自分の夢を忘れるわけないからな」


 俺が呼び出した男がバッティングセンターに到着した。

 「思ったよりもかかったな。彼女様は夢の中でお待ちかねだぜ」

 「お前何かしたのか」

 「そんなことはしていない。ただ、少し喧嘩したとでも言うべきかな。しばらくは俺も近づかない。トモユの方も、俺に近づけないでくれよ」

 それだけを伝えると俺の役目はもう残されていなかった。このバッティングセンターにも来ることはない。

 俺はすぐにこの場から一歩でも動くべきだった。立っていたのはトモユが気を失っていたベンチの隣だった。

 「だ、誰?」

 トモユが気がついた。そして俺を見てそう言ったのだった。 


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