干渉
地面に座り込む俺、涙を堪えきれないハルカ。白い猫。
「これでもない、これでもない」
その幾億を超える光景のどれもが俺の望むものではなかった。
”白い世界”に様々な条件の元に構成された仮想世界を映し出す。俺はその中からたった一つあるかどうかもわからない世界を探していた。俺が望む世界は光り人もプリズマもまだこの時代に存在しない世界。そしてそれは三十年前の首都消滅こそが鍵になっていた。
首都消滅の原因である大沢博士によって人為的にこれらの誕生が早められた。望む世界への改編にはこれを改編しないことには始まらない。そして、「光り人の力では時間に干渉はできない」という変えられない理が存在する。これは非常に厄介である。ならば今この時、この時代から三十年前の間違いをなかったことにする改編を行うしかない。しかしこれは以前までの話。今は異なる。
父である桜瀬栄一が遺した光り人とプリズマに関する調査結果。その手記で、父さんは研究者であった上灘ニルス、大沢博士。そのどちらもが辿り着かなかった新たな可能性。人間の先にいる光り人、光り人の能力を一部再現したプリズマ。さらにその先に、その「真の光り人」はいる。
「真の光り人」は光り人の、人間の新たなる可能性。俺はその可能性に賭けている。波風ハルカという、俺が愛している一人の少女に。
それでも、その新たな可能性を探し出した上でも、望んだ世界は映し出されていない。今俺はこの”白い世界”で未来のシミュレーションをしている。しかしやはり、光り人のいない世界は存在しなかった。
「まだ何か足りないのか」
出せる結論はこれしかなかった。
文化祭のあれこれの表彰式。今行われているのはそれであった。最優秀賞は写真部、特別賞は美術部。我が映画研究会は、受賞なし。その他の企画における優秀な成績を遺した生徒も同時に表彰された。塩浦とハルカもである。
何事もなく放課後になる。今日は少しだけ部室に顔を出した後に会うべき人物がいるからだった。
「二人とも受賞おめでとう」もはや社交辞令である。
「ありがとう。でも、何も賞がないのはやっぱり悲しいね」
塩浦は部室の机の上、保存用の「ガン・デルタ」のパッケージを見つめる。
「そうか? 俺は満足したぞ。大満足だ」
嘘ではない。一番見てもらいたかった人たちには大好評だったのだ。それ以上何を望もうか。
「ユウがそういうんだから、いいんじゃない、エリちゃん」
「賞だけがすべてじゃない。それに今度はみんなの作品が観てみたい」
ハルカの言葉で塩浦も笑顔を取り戻す。
「ありがとう、二人とも。二人が、ジュンが協力してくれたお陰だ」
「その文化祭の打ち上げ、土曜日にするからね。今度こそ主役はどっか行かないでよね」
「ああ、わかったよ。なんだったら縛り上げてくれ」
「わ、私はうまく縛れないよ?」
「そこは突っ込むところ。そんな趣味ないでしょ」
「俺もない」
部室に作られた製作物を入れる用の棚に「ガン・デルタ」を片付ける。
「次回作は何作るの?」ハルカが言う。
「いや、次回作は考えていない。それこそ俺以外のみんなが中心になって作るべきじゃないのか。俺は観てみたい」
「私たちが?」
「来年の文化祭までには新作が欲しいだろう。近いうちに会議だな」
「今しないの?」
「今からだとまともな案はすぐ出てこないさ。各自案を練る時間が必要だろう。それじゃあ」
「あ、ちょっと待って」ハルカに引き留められる。
振り向くとハルカは手に手紙を持っていた。
「これ、サクラちゃんから預かってたの。ユウに渡してくれって。全員分貰ってた」
俺以外の者には既に行き渡っているらしい。
「そうか、ありがとう」
「帰るのはいいけど、土曜日の打ち上げには絶対参加だからね? ハルちゃんが家まで行くよ?」
「その前に向かうよ」
今度こそ打ち上げの約束を取り決めて、俺は部室を後にした。目的の人物の元へと向かう。その人物は昇降口で待ち合わせをしていた。当然彼女にも写真部の活動があるが今日は 俺と同じように早々に切り上げてもらっていた。
「悪い、待たせたか」
「ううん、大丈夫だよ。なんだか久しぶりだね、先輩」
「その先輩はもうやめてくれ」
「あのね、ずっと言いたかったの。お母さんのこととか色々」
言わなくてもいい、とは言えなかった。
「ありがとう」
照れくさくなって、自分でもよくわからない顔しかできなかった。変な気分だった。
「それと、私のことも。もう大丈夫」
「その私のこと、トモユ自身のことなんだけど......」
言え、言うのだ。これから君をただの人間にするんだ、と。
「君を......」
「トモユー!」
「リュウジ君だ、ごめん。また今度!」
トモユは行ってしまった。階段から降りてきたリュウジの元へ駆け寄っていった。
「振られた?」
今度はジュンだった。
「ちげーよ。来たんなら行くぞ、特訓」
市民体育館、とでも呼称した方がいいのか。市民に開放された運動施設。有料で卓球場も使用できる。一時間五百円。
「悪いが、今日はこの二人も一緒なんだが」
「どうも、お邪魔します」
二人そろって深々と頭を下げる。
「ナオヤ君、ヒュウガ君」
「ジュン君」
二人はすぐに打ち解けたようだった。ヒュウガは早速俺と交代でジュンの特訓相手になっていた。本人談では卓球は初めてということだが、確かにセンスがあった。球にしっかりと回転をかけているし、台上技術も習得が早い。ジュンが手加減をしているわけではないというのに、既にジュンは負け越し始めている。
「ヒュウガは上手いな」
「肉体派だからね」
「君は、今はともかく昔も違うのか」
「違うよ。物心ついたときにはもうプリズマだった。だから」
最初からそういう事らしい。
「体を自由に動かしたくはならないのか?」
「なるかも」
「そっか」
俺にはそれ以上話を続けることはできなかった。沈黙を球の音が埋めていくだけだった。自分でもなぜそのことを質問してしまったのか、よくわからなかった。傲慢であるということか。
しばらく振りに一人になって家まで歩く道で、俺はあることを思案していた。今日受け取ったサクラからの手紙の内容についてだった。彼女が伝えたかったことは一つだけだった。いずれ回復するのだから、わざわざ手紙で伝えることなど、あまりなかったということだろう。
家に着き例の手紙を自室の机に広げる。これは由々しき事態と言っていい。これまでの常識を全て疑う必要がある。俺のこれまでの考えも全て破棄しなければならない。
そしてなぜこのような事態になっているのかもわからなかった。これは父さんの手記にも、ニルス博士の研究成果にも記されていない事項だった。今この地上に光り人とプリズマの研究者はいない。頼れる人物は誰もいない。俺はこの問題にどう立ち向かえばいいのか。その答えをずっと出せないでいた。
手紙にはただこう綴られていた。「他の時間からの干渉者アリ」と。




