遊泳
日付が変わる。今日も今日とて振替休日であり学校はない。俺以外誰もいない屋敷に着信音が鳴り響く。
「はい、ユウです」
「こんばんは。ちゃんと言えた?」
「言えたよ。言ってくれたよ。ありがとう」
「そう。明日、っていうか日付変わって今日なんだけど。一日使ってゆっくりしたら」
ハルカを遮る。
「明日のことだけど、一日付き合ってくれないか......な?」
男女交際において日付が変わってから当日の予定を抑えるというのはきっと無礼な事だろう。いやかなり失礼だろう。
「うん、いいよ」
明日の朝九時にハルカの家の前に集合することになった。
デートと言えばそうであり、デートではないと言えばデートではない。そんな休日だった。バスを乗り継いで市外、県外へ出る。そうして目当ての水族館に辿り着く。
正直魚に興味があるというわけではない。大きい小さい、赤い青いなどの違いは見て判別できる。しかしその魚がどういう種類でどのような特性を持つのかは把握していない。
だがたとえ小さな水槽の中であろうと、水と遊ぶ魚達を観ていると心が経験のない感覚になる。それがいいものか悪いものかは、やはり判断ができない。それはハルカと一緒にいるという今の状況も影響しているのだろうか。やはりわからない。いくら光り人とプリズマのことを知っていようとも、その他のことについては知らないことの方がまだ多い。
その光り人とプリズマ、纏めて”光り”とでもしておこう。この”光り”についてのことであっても、最初から知っていた事の方が圧倒的に少ない。それは俺の保護者の一人の藤井と名乗った男によって自らも深く関与している”光り”の情報を遮断されていた。それは十五年前の自分たちの不始末に対するけじめのようなものであったと、今は解釈している。
それでも俺はその情報を求めた。知りたいと思った。
「今日は楽しかったよ。誘ってくれてありがとう」
「それはなにより」
行きと同じ集合場所。夕飯時より少し早い時間に解散の運びとなる。
「なあ、ハルカ。一つ聞いていいかな」
特に意味などない質問のつもりだった。そうであってほしかった。しかしやはり何かの意味を込めてしまいそうだった。
「ハルカは、俺のどこを好きになったんだ......?」
「えーっとね、ユウと一緒にいると不思議な気持ちになるからだよ。あったかくなるんだけど、それだけじゃなくて、少し切ない気持ちにも思えるの。でもそれが凄く心が落ち着くの。つ、伝わった?」
「大丈夫だよ。ありがとう」
一人で桜瀬の屋敷へ歩く。家の門が見えてきたところでその前に人影が確認できた。こんな時間に誰だろうかと思ったが、顔が判別できる距離になって合点がいった。
「こんばんは。今日は二人か」
「こ、こんばんは。貴方がP5の」
「桜瀬ユウだ。文化祭のときはありがとう。下洞ナオヤ君と湯本ヒュウガ君だったよね」
行方がわからなかったネクスト三人のうち二人が門の前に立っていた。
「さあ中に上がってくれ。もてなすよ」
二人の背の丈はほぼ同じくらいだった。背丈を抜きに、年齢で言えばジュンと同じくらい。つまり中学三年生程度に見える。しかし肉付きはかなり異なる。いかにも運動部のような方がヒュウガ、細い方がナオヤである。心なしかナオヤは顔色まで悪い。
「あっ、いや」
「僕たちはそのために来たわけじゃないんだ」
おもてなしを拒絶されると、流石に悲しかった。
「どうやら仲良くなりたいわけではなさそうだね」
「理解が早くて助かるよ」
「当てようか。ナオヤのためだな」
「やっぱりこの人はカホコとは違う。兄さん、こんなことはやめようよ」
「いいやなにも変わらない、こいつもカホコと同類だ。ユウ、あんたの因子は必ず回収する」
なぜか帰りそうな二人をとっさに引き留める。
「まだ帰さないよ」
二人を強制的に”白い世界”へと案内する。俺の許可なしにはここから出る事は叶わない。完全な牢獄となる。
「こ、ここは......」
「ラボから転送される際に一度来ているよ。覚えていはいないだろうが。せっかく君たちが出向いてくれたんだ。おもてなしの一つや二つはさせてもらいたいね」
「ぐっ......」
運動部の方は厳ついしわを顔に作り俺を睨んでいる。細い方は寧ろどこか緩んでいる。
「もしかしてナオヤ君は、もう長くないんだな?」
「でもここではそんな気にならない。とても楽だ」
「光り人の力で満たされているからな。というか、ここから生まれているといっていい。人々の意識はここに集まり、力を生み出す」
「なるほど、あたたかい」
「ナオヤ君のこと、君からも聞かせてもらいたい。いいかな?」
「わかった。ナオヤが受け入れてるなら、争う理由はない」
「ありがとう」
すでに日は沈んでいる。それは天乃であろうと、この廃墟の街であろうと変わらなかった。大きく異なるのは人が一人もおらず、全てが三十年前から時間が流れていないということだった。
「ここが、旧首都......」
いずれこの場所には来る必要があると思っていた、しかし今この時点だとは想像していなかった。桐林ニュータウン。首都消滅の所謂、爆心地。この地で大沢博士がプリズマの能力を模した爆弾を炸裂させたことで、この国は大きく傾いた。
建物は劣化が進んでおらず恐らく当時のままである。倒壊した建築物は特に見受けられない。自然もほとんどがそのまま残っている。
だがやはり人が一人もいない。いるのはプリズマとなった者だけである。この人が存在できないこの地で、彼ら三人は生きてきたというのだ。
「それじゃあ、君が他の機関の施設を」
「ああ、機関全部潰さなきゃ意味ないからな」
それは藤井さんの役目だったと聞いていたが、彼が事を起こす前に機関は壊滅していたと教えられていた。
「でもナオヤ君は、そのときからすでに因子に振り回されている、と」
「そうなんだ。カホコの計画が消えた以上、因子はどうでもいいよ。だけど兄さんがね」
「どうにかなるなら、どうにかしてやりたい。俺よりはあんたの方が詳しいと思った」
と言われても実力行使はやめてほしかったが。まあそれもいいだろう。
「確かに俺は因子を身体から切り離すことは可能だ。だがそれは因子が丸々残っている状態だけだ。君の場合、因子そのものが欠損しているのかもしれない。足りない因子の分を補うようにもうなっているんだ、身体が。その状態から因子を抜きとるとどうなるかは、予想がつかない」
こういう問題はサクラに助言を仰ぎたかった。しかしそういうわけにもいかない。サクラが目覚めるまで耐えてもらうしかない。
「だが、痛みを和らげることくらいなら」
「ありがとう」
あくまで因子を取り除くことしか現状はできない。
広場に出た。恐らくこの場所が桐林ニュータウンの中心になるのだろう。以前閲覧した資料にもこの広場の写真が掲載されていた。電機は一切来ていないはずなのに辺りは仄かに明るい。
「やっぱり、ここだったんだな」
中央に策で囲まれた部分がある。それは三つが横一列に並んでいる。左右両端は土だけだが、中央には苗木がある。
「この桜の樹がどうかしたの?」ナオヤが訊ねてくる。
「ここに植えられていた桜の樹をそれぞれ見てきた。二つとも別の場所にあるが、どちらも季節問わず花をつけていた」
あの久遠劫の桜の樹は元々はここにあった。それを友好だのなんだのと理由をつけて他所へ持ち出したのだ。
「見てみたいな......」
「見に行けるさ、一つは天乃にあるんだから。明日学校が終わったら行こう」
彼は広場の日陰になる場所に設置されていたあるものの方へと歩いていく。
「これは、ピアノ......」
「暇なときにはいつも弾いているんだ。一曲、聞いてほしい」
彼の演奏はそれはそれは見事なものだった。いや、正直に言うと音楽の良し悪しもわからない。
「俺も少しは勉強しておくべきだったかな」
「どうして?」
「君の演奏の一割もわからなった」
「わからなくてもいいんだよ。僕は聞いてくれる人が増えたことがとても嬉しいよ。でも、より多くのことを学ぼうとすることも、それはそれでいいことだと思う」
「なんか、くすぐったいな」
お互いの顔を見て笑い合っていた。これには驚いていた。初対面同然の彼とここまで打ち解けるとは考えられなかった。
「ねえ、ユウ。また誘ったら、来てくれるかい?」
「それはもちろん」
俺は感じていた。彼らがなぜ人ではなくプリズマであるのだろうか。
「おい、そろそろあんたは帰った方がいいんじゃないか」
ヒュウガが戻ってきていた。彼にはある頼みごとをしていた。
「見つかったか?」
「ああ、だが中には入れない。まさかカホコの親父さんの研究施設がここの地下にあったとは」
「まだ断定はできない。中身を見ないことには。君の言う通り今日は解散するよ」
当然帰りは”白い世界”経由である。
「あ、ユウ!」
「ん?」
「また明日!」
まるで子どものような笑顔だった。
「うん、また明日」




