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光り人の街  作者: 鳴海 秀一
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帰宅

 よく見慣れたものが見慣れない空間に置かれている。その違和感は表し難く、不気味である。しかしそのわけを知ってしまえばそれがどれほど素敵な意味をも持つものか、理解するのは容易かった。決してそんな優しいものではないのだが。

 

 中央に置かれた机の上に一つだけ置かれたものがあった。

 「これ、これってドリルゼノンのラバーストラップ......」

 今年に入ってから何度も目にしていたそれと同じに見える。だが違和感も同時に感じる。

 「ねえ、下に紙があるよ」

 サクラの言う通り、ドリルゼノンが置かれていた場所には紙切れが敷かれていた。そこには父さんの字でこう書かれていた。

 「これをユウに返す」

 その一言で理解した。

 「そういうことか......」

 サクラを退室させて俺も出入り口のすぐ前まで後退する。もうここですることは一つしかない。

 「姉さん、着いたよ」

 意識を集中させる。塩浦レミを実体化させたときのように力を一点に集中させる。力はやがて人の形を取り動き出す。

 それに呼応するかのように部屋全体からも光りの粒が集まる。それは二人分の形を作り出す。一人と二人は互いを見つめ合う。しばしの沈黙の後に三人は再会を喜び、泣き、笑い合う。

 そのあたたかく光り輝く世界を扉の向こうにして閉じる。カチャリという音とともに俺の役目は終わったのだった。力が抜けて扉にもたれて座り込む。

 「これでいいの?」

 「誰があそこに入っていけるんだよ......」

 そのときだった。来客を知らせるベルが家中に鳴り響く。

 

 やっとのことで立ち上がり玄関へ行くと、そこにいたのはハルカだった。今日も今日とて多少のクラシック感を演出する装いをしている。コルセットスカートというのだったか。そしてそれに似つかない大きな袋を抱えている。

 「もういいのか」

 「うん。私は平気だよ。もう大丈夫。ちょっと上がってもいい? それと少しだけ台所貸して」

 何をされるか大体予想はついた。そして企画主も同時に。

 「さばみそだな」

 「そうだよ。流石に少しはちゃんとしたものを食べるべきだと思って」

 そういえば最後に食事をしたのはいつだったか。なんにせよ助かった。

 「あ、厨房には来ないでね。出来たらちゃんと呼ぶから」

 そう言われて俺は居場所をなくした。

 

 桜瀬鄭の周辺を歩き回るなどして時間を潰すことにした。サクラも一緒である。

 「あ、猫だ」

 サクラは野良猫を見つけて駆け寄っていく。行動だけ見れば小学生男児である。相手は三毛猫だった。それなりに肥えているのでどこかの家の飼い猫だろう。

 「久しぶりじゃん、元気してた?」

 おおよそ猫相手とは思えない言葉が飛び出してくる。

 「そういえば、ハルカの家も猫を迎えたんだっけか」

 「もーちゃんだよ。普段は凄く素っ気ないんだけど、ハルカちゃんがちゃんと言えば相手してくれて可愛いって。ねー」

 「あの猫男の子だよな?」

 「ユウに似てるね」

 意味は分からなかったがなんとなく貶されていることは理解できた。


 そうしてようやくお食事会へと招待された。丁度昼時でもあった。屋敷の中に入るよりも前。玄関の戸を開けた瞬間に確かに己の鼻であの匂いを嗅いだ。そしてその予想は的中していた。

 「これは、肉じゃが......」

 「さあ、召し上がれ。さばみそちゃんも一緒に食べよう?」

 恐らく持参したであろうエプロンを上から着たハルカが促す。こうして俺とハルカとサクラの三人で肉じゃがの食事会となった。

 「いただきます」

 一口じゃがいもを口にしてそれは確信となった。

 「お母さんの肉じゃが......。おんなじだ......」

 夢にまで出てきた

 「これを安曇さんから託されてて、ずっと練習してたんだ。ちゃんと作れてるみたいで、よかった」

 ハルカが見せてきたのはお母さんの手書きで作られた肉じゃがのレシピだった。元々は姉さんの大好物であり、俺も同じく大好きだった肉じゃがである。

 「どうして。どうして......」

 まともに食べることができない程に泣いていた。

 「行ってあげたら? いるんでしょ」

 「うん......。ありがとう、ハルカ......」

 離席してあの部屋へ向かう。二人が示し合わせたのは複雑な気持ちになるが、それも今は無視しよう。今だけは、今だけは。

 

 姉さんの部屋の戸を開く。そこには先程と同じ景色が広がっているだけだった。先程と違うのはドリルゼノンのストラップが部屋から消えて俺の手の中にあるだけだった。


  「ごめん、間に合わなかった。でも、いいんだ」

 そうやって精一杯の笑顔で卓に着くことしかできなかった。

 「......そっか。でも、三人ともユウに感謝していると思うよ。続き食べよう?」

 「うん」

 「ところで、ユウはいつさばみそちゃんにサクラちゃんじゃないかって聞くの?」

 気管に入りかけてむせる。

 「ちょ、ちょっと。それ言っちゃったら意味ないじゃん」

 「駄目だよサクラちゃん。ユウのペースだと何年も待たされかねないよ。イニシアチブ」

 「じゃあ聞くけど、ユウはいつから気づいてたの?」

 「いつからっていうか、何となく。安曇さんのアパートの俺の部屋は中まで上がった人は数えるほどしかいないから、そこで実体化しているんだから。自ずと」

 「やっぱりか。だったらそれこそ早く聞いてよ」

 「ほらぁ」

 「ごめんなさい」

 「それじゃ、これからもよろしくねサクラちゃん」

 「こ、こちらこそよろしくお願いします」

 

  「ごちそうさまでした」

 「凄くおいしかったよ。料亭開ける。波風庵?」

 「そう? ありがとう」

 「流石味覚王者」

 「なんだそれ」

 「いや文化祭で優勝したんだよねぇ」

 「だからそれが何かを」

 どうやら本当に味覚の優劣を決めるだけらしい。高級食材当て、原材料当てなど。その全てで全問正解をたたき出したのはハルカだけだったらしい。一体どういう舌をしているのだ。流石に興味が湧いてきた。

 「そりゃ凄いな」

 「明日の全校集会で改めて表彰されるよ」

 「表彰か。たしか塩浦もだよな。カラオケか」

 「のど自慢だよ」

 何が違うのか。

 「とりあえず、明日は学校来れそう?」

 「行けるよ」

 「じゃあ明日迎えに来るからね」

 「方向逆だろ」

 「いいから明日は私に叩き起こされて」

 承諾するしかなかった。ハルカはたまに押しが強くて断れない。

 

 ハルカを家まで送った帰り道をサクラと並んで歩く。随分と話し込んだのでもう陽が沈み始めていた。

 「もう夕飯の時間だな。さっきまで昼だったはずなのに」

 「作ってくれた肉じゃががあるけど、他のにする?」

 「俺はあれがいい」

 「じゃあ私もそうする」

 「明日の朝は」

 「握ってくれたおにぎりがあるよ。お昼の分もある。おかずは作って持っていくって言ってた。もう通い妻だね」

 「おいおい」

 「顔赤い」

 「段階があるでしょうが段階が。ちゃんとしたデートもしてないはずなんだけど?」

 「じゃあ誘えばいいじゃん。もうどこにだって行けるよその身体」

 確証はないがサクラがそういうのであればきっとそうなのだろう。それがもう少し早ければ一緒に合宿に行けたのにと思わなくもない。

 「どこか行きたいところとかないの」

 「海かな」

 「海ないもんねこの県」

 「いや、最後に見た海があれじゃあ嫌ってだけで」

 開けて地平線の先までなにも妨げるもののない開けた海が見たかった。湾内に浮かぶ新首都の眺望は断言するが風情がない。そんな海が最後に見た海では嫌なのだ。

 「行けばいいじゃん。東の果てか、南の大洋か」

 「南かな」

 「じゃあ早速明日学校で誘っちゃいなよ」

 「......なんて言って誘ったらいいんだ」

 デートもいいが、それと同時にプリズマとしてやるべきことも残っている。そちらも忘れずに進めなければならない。

 だとしても今はもう少しだけ彼女と一緒にいたいと思わずにはいられなかった。


 本日鈴懸高校は一日中、文化祭の片づけに充てられている。クラス企画に参加していないも同然の俺はそれでもいいのだが、ハルカと塩浦は平気だったのだろうか。ジュンの方は元々休日らしいが。

 明日からはまた普通の日常に戻っていくのだ。朝起きて、家を出て、学校に行き、授業を受けて、昼を共にし、午後は授業中に舟を漕ぎ、放課後は集まって駄弁る。そうして家に帰り、夜を過ごして眠りにつく。それでいいのだろう。それが一番なのだ。それがこの天乃には似合う。どれだけの人ならざる者がいようと、消えようとも。人は生活を止めない。


 俺は、今のこの天乃がいいのだ。きっと四月からの生活がなければ俺はまた天乃に戻ってくることはなかった。きっと、あの日は波風カナだったハルカと出会っていても、何も言わずに姿を消していた。


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