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光り人の街  作者: 鳴海 秀一
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開錠

 十年前に出会った少女は光り人へと覚醒する因子を埋め込まれ、その五年後に因子によってプリズマとして傀儡となった少女と接触。力の暴走により負傷した上に記憶喪失になる。数か月前に出会った少年と心を交わし、自身の晴れ舞台を観る約束は叶わなくなった。

 更にその四年後。記憶をなくした少女は再び少年と再会する。傷だらけの少年を救いたいと願った少女は記憶を取り戻し、力に覚醒する。その覚醒は敷かれたレールを脱線し、誰の思惑からも最も遠い地点へと到達する。少女が狙われることを危惧した少年は最後の力で彼女の記憶に蓋をする。その過程で少女は真の光り人へと覚醒する。また同時に少年は分解と再構成の極意を会得する。少年は彼女から力を奪うことで今後誰であろうと彼女に危害を加えることが無いようにと自らにその力を移す。そしてその命を終えた。はずだった。少年は再び動き出す。真の光り人の力は強力故に改編が行われるまでに時間を有する。改編が行われた時には死体だった少年は死の事実そのものを書き換えられて動き出した。そして少女に関する記憶のほとんどを失っていた。

 少年の最後を見届けた白い猫は少女の中へ。猫は二度と彼女が力に覚醒することのないように抑制をする。やがて一年が経ち二人は再び巡り合う。互いに大切な記憶を知らぬまま。

 少年と猫の働きによって少女は二度と光り人には覚醒しないはずだった。しかし少女は少年を救うに至らなかった事実を知った。それをきっかけに、今また少女は光り人へと覚醒した。それだけでなく光り人として最上である”白い世界”まで到達した。間違いなく彼女は”真の光り人”へと成った。


 だがまだ足りない。最後の改編にはまだまだピースが足りない。一度天乃に戻る必要もある。今はこの”白い世界”ともお別れをしなければならない。

「ハルカ、俺は必ずまた天乃に戻る。その前に片付けなければいけないことがある。わかってくれるか?」 

「待ってるね」

 それだけ残してハルカは”白い世界”から姿を消した。俺も同じように元の世界へと帰還する。俺が流れ着いた水際。そこは人の気配のない廃墟の裏だった。建物は老朽化が激しいためか、立ち入り禁止のロープで封をされている。洋風の建築らしいが詳しいことはわからない。三階建てであること、窓は一面全て吹き飛んでいることがわかるだけだった。この場所も旧首都からそこまで離れているわけではないはずなので、三十年前の首都消滅で被害を受け今日までこのまま、というところだろうか。俺がいるのはそこの庭とでも言うべきか。庭は卓球ができる以上の広さがあった。そこに姉さんが宿っていた桜の樹がある。

 天乃はすぐ近くに矢米川が流れ、ここでは首都湾がすぐそこにある。どちらも水が近いことに変わりない。しかしこちらは潮の香りがほのかに感じられる。

 俺は海に行ったことはほとんどない。海で泳ぐなり遊ぶといった目的で来たことは一度もない。そのために潮の香りも朧気である。しかしそうであるのはそれのためだけではなかった。あの”白い世界”に到達してから、正確には分解と再構成を成功させてから、嗅覚の衰えを感じていた。明確に衰えを感じているわけではない、しかし確かに鈍くなっていた。もっともその嗅覚もサクラが治してくれたために獲得できたものである。成ったことが原因か、それともプリズマとして終わりが本当に近づいているのか。それはわからなかった。


 建物の中を見る気にはならない。となれば後は彼しかいなかった。

「ねえ、ニルス博士。コツを教えてくれたことは感謝してる。父さんに情報を残してくれたことにも感謝してる。だけど、やっぱり完全には信じられない」

「聞いてもいいかな」

「藤井さん、舟次郎さんって言った方が伝わるかな。舟次郎さんをプリズマにしたからだよ。自分の研究者としての欲に負けたから」

「なるほど、確かに私自身がプリズマになるべきだった。厚意に甘えた」

「博士は光り人になったの?」

「そうらしいが、もうどうやったら解放されるのかわからない。君のお姉さんは君に移った。娘はいなくなった。きっと私はもう許されることはない」

「俺はあなたが許せないけど、ここまでは望まない」

 愛したもののために人の域を超えた祖から始まった種だというのに、この者は取り残され続けているというのだ。これが人類が進化の末にたどり着く結末だとは。

「老人を気遣う前に、自分の心配をするといい。行くんだ。私は研究者だ。光り人が人類の未来を照らすと信じたから、私はこの道に進んだんだ」

「わかった、俺も光り人を信じている」

 こうして俺は上灘ニルスと別れた。きっともう会うことはないだろう。


 俺は再び”白い世界”に入っていた。ここを介することでヒロトさんと同じようなことができる。廃墟から瞬時に天乃へ戻ってくることができる。矢米川の下流側。首都へと続く橋があった付近にいた。この他にも矢米川の上を通る道は二つある。一つは第九ラボのそばを通る橋。もう一つは 天乃ヶ原方面に架かっている。いずれの橋もすでに使われなくなって久しい。首都消滅時の余波により使用が禁止され、向こう側へと渡る用事も無ければ、そうする人もいない。光り人とは無縁の世界にいるというのはそういうことだ。

 天乃は至って平穏そのものである。数日前にすぐそばの第九ラボで起こった惨事などつゆ知らずといったところか。だがそれでいいのだ。三十年前の首都消滅から今日に至るまでの全ての光り人が絡む出来事は普通の人には関係のないことなのだ。巻き込まれた人たちも大勢いるがそれらはすべて光り人の力が存在するが故のことだ。そしてその問題に終止符を打つ力が俺の手の中にある。


 土手を歩いてあの場所へと向かう。陽の高さからしてまだ午前中だろうか。あまり暑さの変化が感じられず九月とは思えないが八月の一番暑い時よりは幾分かましな方である。土手に人はいないらしい。活気は感じられず流れる水の音と土の匂い、草を揺らす風が身体で感じられた。

 土手を中ほどまで進んだとき、前方に人影を認めた。

「あんた、携帯どうしたの」

「元気そうでよかった」

 塩浦とジュンだった。

「携帯はこうなった」

 二人の前にボロボロになった携帯を差し出す。紛失はしなかったものの水没と川底の石にでも打ち付けられたのか、外見は酷く損傷していた。傷は数えきれないほどついておりそのほとんどが塗装をはがしているのか、銀色の傷跡になっていた。指で触ると鋭く引っかかる。画面は保護シートを貫通しており、ひびが入っている。当然のように電源もつかない。ただし単なる充電切れかは判別できない。

「わかった、修理には出しておくから」

 塩浦が俺の携帯に手を伸ばす。

「待った、これは俺が持っていたい......」

「わかった。新しいのはこっちで用意するから」

 二台目までそんなことはできない。このボロボロの携帯は三人から贈られたものである。

「いいから、人の厚意はなんとやらよ」

 結局折れてしまった。押し付け業でも始めたらいいのではないか。

「好きだな」

「ユウもね」

「だよね」

 発言の意味は分からなかった。

「落ち着いたらちゃんとハルちゃんに会ってあげてよね」


 二人との会話はそこまで長引かなかった。すぐに解放されて再びあの場所を目指す。そう、俺は桜瀬鄭の門の前までやってきた。

「やっと連絡してきたと思ったら、人使いが荒いんじゃない?」

 門の陰から話しかけられる。声の主はサクラだった。

「荒事になることは予想ができていた。失くしたら困るからな。この家の鍵も、あの閉ざされた部屋の鍵も。というか、なんでまだ人間のままなんだ」

 俺は文化祭の前日にサクラに肉体を与えた。それは文化祭期間中しか持続しないはずだった。なのにまだサクラは肉体を持ったままである。その日のうちに帰ってこれなくなることは想定していなかったので、肉体を失った後のサクラがどうなるかは頭になかったのだが。

「それより、言うことなんかないの?」

「え、わかんないんだけど」

「ただいま、でしょ」

「た、ただいま。待たせてごめん」


 屋敷の中は文化祭直前から変化がない。俺とサクラが使っていた場所は埃除けの白い布を取り除いている以外は使用していない。

「ここでしょ、お姉さんの部屋って」

 サクラもすでに理解していた。閉ざされたこの部屋こそが俺に秘匿されていた桜瀬ミユキの自室。

「鍵を」

 サクラから鍵を受け取る。これを受け取ったそのときは今日ことになるとは思ってもみなかった。いつか平和な時がやってきて、今は会えない藤井さんと一緒にこの家に戻るものだと信じていた。その藤井さんはもういない。藤井さんと一緒になりたかったあかねえもいない。藤井さんの親友のヒロトさんもいない。

 安曇さんはその藤井さんから託されたと言っていたか。この鍵が秘匿されている理由があるとしたらそれはきっと桜瀬夫妻の実の娘という一点だけではないはずである。そこから導き出される推論は一つだけ心当たりがある。以前はこの部屋を開けることができなかった。それは必然だとそのときは納得したが、今なら理由がわかる。きっと、この先の景色に耐えられないから――。


 鍵穴に差し込む。ゆっくりとノブを回す。カチャリと音がする。少々カーテンが開いていて眩しさに目を細める。目が馴染んで、部屋の中央に置かれた小さな机の上に置かれたあるものが視界に飛び込んでくる。


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